R18恋愛官能小説 青山倉庫

掌編

02. 欠けているもの


「知らないよ、そんなの」
 あたしは喫茶店の窓際の席で、冷めたコーヒーを二つ挟んで悠人と向かい合ったまま、いつものよくわからない話に耳を傾ける。テーブルの上に散った砂糖を指先で集めながら、悠人は哲学の話をする。人は欠けたモノを探して生きていて、それが見つけられる可能性があるのは今の僕たちのような境遇にある僅かな人たちだけで、それがたとえ見つかったとしても手に入れることはできないと悟るだけ。葵、君に欠けているのはなんだい。
「知らないよ、そんなの」
 あたしはもう一度言う。悠人は冷めたコーヒーを飲んで、首を傾げる。
「俺の話、聞いてなかった?」
「聞いてたけど、今はどうでもいい」
「なんでそんなに不機嫌なんだよ」
「不機嫌じゃないわ」
「不機嫌だよ」
「不機嫌じゃない」
「どうして怒るんだよ」
 窓の外を急ぎ足で通り過ぎるスーツの群れ。バスのロータリーに鳩の群れが降り立ち、向かいの家具屋は年中閉店セールの幟をはためかせる。あたしは店員を呼び止めて、冷めたコーヒーを下げて貰う。
 悠人と知り合ったのは、学内誌のサークルに誘われたことがきっかけ。あたしを誘った加奈子は悠人のことが好きだった。加奈子とは高校の時から仲良しで、同じ大学を受験して、一緒に合格発表に出かけたことを、喫茶店の外に見える桜の木を見ているとおもいだしてしまう。
 一緒にサークルに入って、あたしたちは学内のゼミや学部を取材して回る間に、悠人のちょっとした所作から加奈子が片想いだと知った。悠人は難しい話を好み、あまり加奈子に話を合わせようとはしない。あたしは最初遠巻きに見ているだけだったけど、『楽勝教授』の取材中に、彼は持ち前の優しさや気遣いを加奈子ではなくあたしに割り当ててくれていることに気づいた。あたしが鈍感で気づかなかったのが悪いのだけど、悠人の贔屓は徐々にそうやって露骨に態度にあらわれるから、よく覚えていないけどあたしは加奈子の気持ちを考えて少し迷惑に感じたかもしれない。
 学園祭の前の日、加奈子が悠人の鞄に何かを忍ばせるのを見てしまった。加奈子は見た目はギャルっぽい子だけど、根はまじめだし、少し古風なところがあって、メールで告白してくるような男の子には見向きもしない。あたしは加奈子と入れ違いになり、ひとり部室に取り残されると、今まで気づかなかった嫉妬心が芽生えた。あたしはどこかで自分を誤魔化して、加奈子の手紙を後で悠人に渡せばいい、そう言い聞かせて、あたしは震える手で加奈子の手紙を簒奪してしまった。
 その日の打ち上げで、あたしは酔った振りをして、悠人にアパートまで送らせて、成り行きに任せた。

 悠人があたしを愛してくれていたのかは分からないけど、だけど最初の気持ちは徐々に薄れていたのは確かで、それ以上にあたしは一番大切な友達を失って、以前加奈子にぶつけていたような無粋な話を悠人から聞くようになって、あたしは何かいろいろなものが失われていくのを感じる。それは不機嫌じゃない。まるで生き血を抜かれるような脱力、倦怠。あたしに残されているのは醜い虚栄心だけ。

 そんな風に感じるようになってからだいぶ経つけど、あたしは悠人に自分から切り出せなくて、今日も悠人はあたしをアパートに連れ込んで、あたしに覆い被さって、ひたすら上下に揺れる。何かにすがりつくような声で喘いで、その声が天井に反響して誰か別のおんなの声に聞こえて、すごく怖い。悠人の肩にしがみつく。そしてその動きを数える。百まで数えて指を折る。そのうち悠人の動きが激しくなって、あたしのなかで果てる。

 欠けているモノなんてない、なにももとめていないから。

 汗だくの悠人が「え?」と聞き返す。あたしは黙ってそっぽを向く。望んだり求めたりすることに飽き足らないこの男に、あたしの気持ちは一生分からない。
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