R18恋愛官能小説 青山倉庫

ぼくと妹とガラスの少女

第8章「キス」

 ぼくは陸上部に入った。
 学校のグランドは短距離なんかには向いていないので、市民体育館のグランドで練習する。体育館は山の麓に立っていて、アスレチックコースがある。そのコースで、冬になると先輩たちと電動ガンでサバゲーをやっていると津田が教えてくれる。
 先輩からぼくは短距離はダメだから長距離をやれと言われた。マラソン大会で九十六位になったことは黙っていた。赤茶色のグランドの一番外側を、津田と一緒に走る。同じクラスの丸山はぼくより走るのが遅くて、少し前を走っているように見えるけど周回遅れだ。
「綾川、お前の姉ちゃん、すげーかわいいよな」と津田が言う。
「かわいくないよ」と答える。
「カレシとかいんの?」
「さぁ、いないんじゃないかな」
「仲悪いの?」
「悪くはないよ。よくもないけど」
「喧嘩する?」
「怒られることはあるけど。喧嘩しても負けるもん」
「よえー」
 津田はラスト一週で早くもスパートをかける。ぼくも一生懸命ついていくけど、だんだん離されていく。喋りながら走って体力を使い果たした。津田は一年の頃から陸上部だから、スタミナが違いすぎる。
 脚の感覚がなくなって、やっとゴールする。津田が水筒を投げてくれる。落としそうになる。
「おれんちさぁ、兄貴いるんだけど、めちゃ仲悪いぜ。週一回はマジ喧嘩してるもん。兄貴がうちの店継いだら、俺多分家から追い出されちゃうよ、まじでやべーよ」
 ぼくは津田の横でストレッチを始める。丸山が目の前を通り過ぎて、津田がラストぉと声をかける。スパートをかける余裕はなさそうだ。私服のOBの先輩が近づいてきて、ぼくらは挨拶する。
「おっ、津田くぅーん。今日もかっこいいねぇ」と先輩は言う。
「なんですか失礼な」と津田。
「新しい彼女?」と先輩がぼくを指差す。
「こいつ男ですよ」
「うっそ?」
 ぼくは下を向いてもじもじしてしまう。小学生の頃は髪が長かったからよく間違えられたけど、中学生になってまで言われるとはおもわなかった。
「なんかきみかわいいな。よく女の子に間違われるだろ」
「はい…」
「ねぇ、このスパイク買わない? ほとんど使ってないんだけど、足のサイズは?」
「二十四です」
「あ、一センチ大きいや。津田くぅーん、きみ二十六だよね」
「え、俺ですか? 二十八だっけな」と言って、津田は後退する。
「横浜ロードレースで入賞したときに履いたやつなんだよ、安くしとくよ」
「いや安物じゃないんですか?」
「なに言ってんだよ。アディダスタイガーだぜ」
「アシックスタイガーじゃないんですか?」
「いくらで買う?」
「五百円」
「てめえ、なめてんのか」
 先輩は津田をヘッドロックして、げんこつでぐりぐりする。丸山がやっとゴールして、地面にへたりこむ。短距離のメンバーが荷物を抱えてやってきて、先あがるねと言う。先輩が短距離の大森を捕まえて、またアディダスタイガーを売りつけようとする。
 ぼくと津田と丸山はグランドの隅に座り込んで、来る途中のローソンで買ったお菓子を食べる。津田が鞄からタブレットを取り出す。学校ではスマホや携帯は禁止されてるけど、タブレットは授業でも使うことがある。地面に置いて、宇受売学園というサイトを開く。ジュニアアイドルのサイトだけど、金魚鉢学園とも呼ばれていて、この学校は実在するという都市伝説がある。津田は生徒一覧からハーフっぽい子を選んでタップし、ことぶきちゃんがかわいいんだよとか言う。ぼくの知ってる子はいないけど、丸山はアイドルオタクだからとても詳しい。女の子の出身校とか好きな食べ物とか趣味とか特技とかあれこれ説明してくれる。
「この子、お前のあれに似てるじゃん、こないだの」と言って、丸山が津田を指差す。
「ああ、ミカちゃん?」
「そうそう、ミカちゃん。あれって、彼女?」
「そうだよ」
 津田はうまい棒を頬張る。津田はかっこいいし、性格もいいし、スポーツや成績が突出していいわけじゃないけど悪くもなかったから、男子からも女子からも好かれる。ぼくは男子から好かれる。丸山は両方から嫌われる。気の毒だ。
「セックスしたぜ」と言って、津田は親指を立てる。
「マジで?」と丸山。
「中二にもなったらするだろ普通」
「普通かぁ…?」
「丸山、お前童貞だろ」
「うっせハゲ死なすぞ」
「セックスの味が忘れられないぜ」
「お前も田中二世になればいいんだよ」
 丸山はお菓子のくずを投げつける。津田は笑いながら飛びのく。
「綾川は童貞?」と津田が聞く「俺のために童貞守ってくれてる?」。
「きもちわるい」とぼく。
「そんなわけねーよな。お前モテるもんな」
「全然モテないよ」
「お前、女に高嶺の花だと思わせてるんじゃだめなんだぜ」と津田が言う。
「タカネノアナってなに?」とぼくは聞く。
 空が曇り始めて、雨粒がぽたぽた。
「雨降ってきた」と丸山が立ち上がる。
 ぼくらは急いで荷物を片付ける。ぼくらは傘を持ってきていない。ぼくと丸山は困らないけど、津田のエロ専用タブレットが濡れてしまう。
 ぼくらが下り坂まで走ると、市民体育館の中で練習していた女子バレー部と出遭う。みんな傘をさしていて、麻美が手招きする。ぼくらは傘に入れてもらう。章子と目が合って、頭を下げる。ぼくらは三列になって、下り坂を歩く。
 あれ以来、章子とはあまり喋っていなかった。同じクラスだから、他愛のない話はするけど、章子はあの日のことに触れない。麻美にも言ってない。ぼくが麻美と喋るとき、お父さんやお兄さんのことに触れないのと同じだ。
 総合体育館入り口のバス停で、バレー部の子たちはばらばらに帰宅する。丸山と津田は、コンビニ寄ってくと言って、ローソンに走っていく。ぼくと麻美と章子は浄水場の方に歩く。ぼくと麻美と章子は、幼稚園の帰りに歌ったりおしゃべりしたけど、同じ道を同じ子たちと歩いてるのに何を話していいかわからない。ぼくはお腹すいたねと言う。麻美がそうだねと言う。会話が途切れてしまう。
 ぼくが話題を探してるうちに、あの横断歩道の前に着いてしまう。ぼくと麻美は振り返って章子に手を振る。章子はぼくの袖を引く。
「ちょっといい? ちょっとだけ」
「うん、でも…」
 麻美はあたし先に帰るね、じゃあねバイバイと言って行ってしまう。ぼくは章子と一緒に横断歩道を渡る。写真屋さんの軒先に入る。結婚式の写真が飾ってある。章子は傘をさしたまま。
「こないだは、ごめんね」
「うん、いいの」
「突然だったから、なんて言っていいかわからなかったの」
「そっか」
「怒ってる?」
「ううん、怒ってなんかないよ」
「やさしいね」
 章子はぼくの肩をつかんで、傘を通りに向ける。背伸びしてキスする。微笑む。
「あたしも綾川くんのことが好き」
 章子はぼくに傘を握らせて、雨の中を走り去る。甘い香りだけが残る。
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