R18恋愛官能小説 青山倉庫

69H

08. 限界


 僕は自転車で坂道を下り、高塚の伯父の家に行く。
 三ツ木瓜の紋章が彫ってある門を潜り、玄関で声をかけると、使用人の桜子さんが迎えてくれる。
「惣一さん、こんなに毎日おいでにならなくても」
「いえ、良いのです。お気遣いなく」
 桜子さんは割烹着の袖をまくって、水仕事をしている最中だったようだ。僕は靴を脱いで廊下を歩く。椎奈の床の間は長い廊下の突き当たりの左手にあって、僕は襖の前で声をかける。
「椎奈、僕だよ」
「お兄様? お待ちください」
 咳払いと布ずれの音が聞こえる。椎奈は、どうぞと言う。僕は襖を開けて、床に伏せった椎奈の傍らに腰を下ろす。鞄から大きな和紙に包まれたお菓子を取り出す。飴玉、おかき、煎餅、ゆすらうめを練りこんだ焼餅、倉屋の羊羹。椎奈は、まあ、と声を上げ、天真爛漫な微笑みで僕を見上げる。
「桜子さんが、お茶を入れてくれますわ」
 椎奈は法的には僕の従姉妹なのだが、伯父が妾と作った娘で、一寸複雑だ。生まれつき体が脆く、喘息を患って、入学したばかりの女学校も休みがちで、一人きり部屋に篭って一日中臥せっているわけだから、それは退屈だろうとこうして時間のあるときは顔を看に立ち寄るのである。だがそれは傲慢というもので、僕は、病に蝕まれる椎奈の躯と仕草が日に日に麗しく、悩ましく、嬉しくもあり、それに哀しくも感じていたので、その想いの正体が一体なんであるか、よく分からぬまま彼女の前に姿を現すのである。
「今日は具合が良いのですか?」
「ええ、お医者様に来て戴いて、吸入器の新しいものを貰いましたから」
 そう言って、椎奈は床の上に上半身を起こして、乱れた髪を手で撫で付ける。僕は立ち上がって障子を開ける。椎奈の床の間は裏手の山に面しており、鬱蒼と茂る森と岩肌を流れる清流のせせらぎが見える。夏場も木陰で涼しい代わりに、繁殖した蝉の鳴き声で、ここはミンミン地獄と化すのだ。
「ねえ、お兄様。ヴァイオリンを弾いて下さらない?」
「良いですよ。椎奈はヴァイオリンが好きですね」
「いいえ。お兄様がお弾きになるヴァイオリンが好きなのです」
 ぼくはケェスを開いて、少し迷ってから、華麗なるポロネェズの第一番を弾く。ピアノ伴奏が無いのは少し淋しいが、椎奈は瞳を閉じて聴き入っている。横浜の演奏会ではピアノが用意できず、ピアニストは手風琴を弾いてくれたが、その心地よい調に僕も椎奈と同じ表情で聴き入ったものだ。僕が演奏を終えると、桜子さんが襖を開けてお茶を運んでくる。ぼくはソロソロと座布団の上に正座し、ヴァイオリンをしまう。
「何度聴いても、惣一さんの演奏は素晴らしいですわね」
「ありがとうございます」
「どうぞごゆっくり」
 桜子さんが出て行くと、椎奈はお茶を啜り、焼き菓子を手に取る。僕もお茶を手に取る。
「もうしばらくして、暖かくなれば、野苺を採りにいきます。椎奈は苺が好きでしたね」
「ええ、とても。あたしもお兄様と一緒に、山に行けたら良いのに」
「焦らず、養生すれば、きっとよくなりますよ」
 そう言うと、椎奈は藍色の着物の襟を締めて、どこか淋しげな眼差しで、部屋の隅の蔭をじいっと見つめてしまう。彼女が再び入院したのは、結核の疑いが故であることを思い出す。僕は他の話題を探すが、焦るほどに無口になっていく。
「あたし、学校の勉強が遅れてしまうの」
「椎奈は賢いから、きっと大丈夫ですよ。それとも僕が教えましょうか」
「いいえ。ご迷惑になるわ」
「そんなことありません」
「お兄様にもお勉強がありますもの。それに、あたしはヴァイオリンが聴けて、お話ができて、お傍に居て下さるだけで良いのです。何も特別なことは要りません」
「椎奈は優しい子ですね」
 僕は椎奈の艶やかな髪を撫で、お茶を飲みながら、とりとめのない会話を交わし、陽が沈む頃にはお暇して家路につく。

 悪い夢を見た。
 僕は寝汗をかいたまま、座敷で朝食を摂り、遅れて起きてきた父親におはようございますと挨拶をする。父は町医者で、忙しいのはわかるが、この数年は共に食事をした覚えがない。僕が高塚に通っていることも知らないのだろう。鼈甲の老眼鏡をかけて、僕の向かいに座って新聞を読み、煙草を吸う。そうして最も応えたくないことを問う。
「惣一、神条さんにそろそろ返事せねばならん」
「はい」
「千帆と云ったかな、器量の良い娘さんじゃないか」
「もう少し、待って欲しいのです」
 父は灰皿に煙草を押し付ける。
「誰か他に好いた娘が居るのか」
「いえ、そういうわけでは」
「はっきりしなさい」
 僕は押し黙ってしまい、父は、ヤレヤレと呟いて、また新聞に目を落とす。
 一週間前に神条家の次女、千帆と見合いをした。十八を過ぎて間もないというのに、父はどうしても僕に妻を娶らせたいのだ。千帆は僕と同い年で、闊達で健康的な美しい娘だが、都会育ちで洗練された雰囲気を纏い、僕のような田舎者には不釣合いな気がしてならない。その上、千帆は見合いの席で僕に外で逢う約束をさせたのだ。
「ちょっと、出かけて参ります」
 上着を一枚羽織り、雨が降りそうな按配だったので、傘を持って家を出る。儒欄の橋を渡り、川沿いに町へ歩く。今朝の悪夢のことを思い出す。
 牢獄のような処に鎖に繋がれ、僕の周りを裸の女たちが這い回っていた。気がつけば女たちに衣服を破かれ、肌の上を艶かしく舌が蠢き、男根を女陰に沈められ、堪らず叫ぼうにも喉がカラカラで声が出ず、吐き気を催し、女たちの悦びの喘ぎの中に浸りきっていた。その恥辱が瞼に焼きついたまま、ふとした拍子に幾度も想起され、自分がそのようなもの欲しそうな表情をしているのではないかと気になって、羞恥に耳を赤くする。
 柳の木の下に埋められた車井戸があり、そこにハイカラな袴を着て腰掛けた千帆を見つける。
「やあ、遅れてしまいました、すみません。待ちましたか?」
「いいえ、惣一様」
「瑠州館に行きましょう。新しくできた芝居小屋です」
「はい」
 千帆は僕の後ろについてくる。瑠州館は繁盛している商店街の中程にあり、下見板張りの白塗りの外観と、ゴチック風の鋸歯状の軒飾りが規則正しく並ぶ洋風の建物だ。入り口には八角形の電灯がぶら下がり、もぎり嬢の白い着物が赤い絨毯の上で一際目を惹く。僕と千帆は弁当を買って、袖の席に座る。
「惣一様はお医者様になられるのですか?」
「父が町医者で、僕は長男なものですから」
「あら、ご兄弟は?」
「兄弟はおりません。僕一人です」
 芝居が始まると、千帆は僕の肩に頭を載せて、柔らかな肢躰を圧しつける。僕は千帆のうなじの馨りに眩暈を覚え、薄く紅のさした頬に見惚れていると、千帆はその穢れのない眼差しで僕を見上げる。あの悪夢の女たちのように、千帆もその果物のような瑞々しい唇を這わせて、僕を幻惑するのだろうか。そもそも千帆は処女なのか。婚約する女の処女性に拘泥はしないが、夏祭りの度に男たちを誘惑し、草葉の翳で誰彼構わず交わうような女であっては、家督を継ぐ者として差支えがあると想われる。
 芝居の後で、春鷹の料亭に行って昼食を食べる。
「お医者様であれば、お勉強は大変なんでしょう」
「私は臨床医ではありませんので、それほどでは」
「お父様の診療所を継がれるんではないですか」
「いえ、市内の病院で細菌の研究をするつもりです」
「まあ、細菌…」
「細菌と言っても、良い細菌もあれば悪い細菌もあります。一概に善し悪しを決められないのも興味深いところです。事実上、大学に残ることになるので、今の生活は変わりません。開業医よりもずっと時間を持て余すでしょう」
 僕と千帆は庚成神社に参拝し、沿道でお神酒を曳く牛車を見つけ、枡に酒を注いでもらう。千帆と二人で二杯づつ呑み、スッカリ酔っ払ってしまって、雨が降り出したのにもしばらく気がつかなかった。傘を差して川沿いの道を哂いながら歩き、路面電車の停留所を見つけ、雨宿りをする。僕は置暖炉の前にしゃがみこみ、灯油のタンクを指で叩く。
「千帆さん、マッチを持っていますか?」
 千帆が差し出したマッチを擦り、置暖炉に火をつける。僕らは長椅子に腰掛け、激しくなる雨音を聞きながら、炎の前で身を寄せ合う。
「来月の運搬船の券を貰ったのですが、惣一様、ご一緒に東京へ行きません?」
「東京へ、ですか」
「三越で、お父様に江戸前の奈良漬を買うてあげたいのです」
「フウム」
「奈良漬はお嫌いですか?」
「そうではありません。来月と言うのは、その…」
「都合が悪いのですか?」
「いえ、その、実は、まだ逡巡っているのです。あなたとのこと、どのようにお返事すべきか」
「そうですよね…」
 千帆は憂いた瞳で僕を覗き込み、太腿に掌をのせる。僕も彼女も滑稽な姿勢で絡み合い、暫く見詰め合って目を逸らす。千帆は袴の裾を持ち上げ、僕の腕を取り、自らの内股へ差し入れる。その暖かさ、柔らかさ、紺色の生地の隙間から露に覗く妖艶な太腿に僕の脳髄は酩酊し、己が胸の高鳴りをハッキリと聞く。遊郭の女共とは異なる、無垢な生娘の媚態は神々しくもあり、恐ろしいほどに猥褻でもあった。
「千帆は処女であります。ですが、惣一様になら、わたくしの操を捧げられると想うのです」
 僕は千帆の肩を惹き寄せ、そっと唇を重ねてしまう。舌を吸い、延々と艶かしく接吻を交わすのだが、遠くで稲妻が閃いた瞬間にハッと我に還り、僕は顔を背け、急に立ち上がって背を向ける。
「いけません、千帆さん。罪深いことです」
「千帆は、惣一様に抱いて欲しいのです」
「僕の気持ちが定まらぬまま、あなたを抱いてしまえば、僕は千帆さんを裏切ることになってしまう」
「いいえ、わたくしは、惣一様の慰みになっても良いのです」
「そのような残酷なことを仰らないでください」
 千帆はよろめくように僕に歩み寄り、背中を抱いて言う。
「この雨ならきっと人はきませんわ」
 僕は停留所の入り口から見える鈍色の空を仰ぎ、俯き、千帆の腕を振り払い、土砂が流れるあぜ道を高塚の方へと駆けて行く。

「惣一さん、具合はどうですか?」
 ぼくが目を覚ますと、桜子さんが塗れタオルを交換してくれるところだった。朦朧とする眼で見回すと、そこは客用の床の間で、桜子さんの傍らには椎奈が座っている。外は豪雨で、縁側の敷石を叩く雨音が轟く。自分が下着を脱がされ、浴衣だけを着ていることに気づく。
「あの、僕は…」
「惣一さんは、玄関の土間に倒れていたのですよ。滑って頭をお打ちになられて、先ほど椎奈さんの侍医に来て戴いたのです。幸い膝を擦り剥いただけで、内出血はしていないようですが、雨が上がったら、市内の病院で精密な検査をしたほうがよいと」
「僕の服は」
「ずぶ濡れでしたから。心配なさらなくても、後でお着替えを出しますよ」
「ご迷惑をお掛けします」
「少し熱がおありのようです。今夜はゆっくりお休みください。お家の方には、もうお電話差し上げました」
 そう言って、桜子さんは桶を持って立ち上がる。
「あの、父は何と?」
「医者の息子が医者の世話になるなんてと、嗤っておられましたよ」
 桜子さんは部屋を出る。廊下が軋む音。奥の部屋のラヂオから流れる音楽が聴こえ、椎奈は膝をついたまま、すす、と僕に近づく。
「こんな雨の日に、傘も持たないなんて、お兄様、粗忽過ぎますわ」
「すみません、急に降り出したものですから」
「フフ…、いつもと反対ですね。お休みになるお兄様を、私が看ているなんて」
「大丈夫ですか、寒くありませんか?」
「雨が降っていますから、今日は楽なのです。お兄様はご自分の心配をなさってください」
 僕は布団から手を出して、椎奈の手の甲に重ねる。椎奈の指先は冷たく、僕自身は燃えるように熱い。
「今、何時ぐらいでしょう」
「サア…、陽が落ちて間もないですから」
「何か、話してください」
「何を、お話ししましょう」
「椎奈は、好きなひとは居ますか?」
 椎奈は、え、と呟いて、肩を竦めて指先を引っ込めてしまう。
「居るのですね」
「いいえ」
「居ないのですか」
「いいえ」
「まるで禅問答のようですね」
 襖を開けて、桜子さんが食事を運ぶ。椎奈の肩が、びくんと跳ねる。小振りの土鍋で粥が煮込まれ、椎茸の香りが湯気と共に立ち上る。桜子さんは、ぼくの分と、椎奈の分を取り分け、お替りはまだありますからね、そう言って再び出て行ってしまう。ぼくは布団の上に座ったまま、膳を取って蓮華で粥を掬う。
 椎奈の父、つまり僕の伯父は漁業組合に勤めていて、ほとんど家に帰ることはない。昔は漁師だったが、気狂いの漁師仲間に斧でアキレス腱を斬られ、船に乗ることができなくなった。伯母が流感で他界してから、余計に仕事にのめりこむようになってしまい、家のことはみんな桜子さんに任せたきりになっている。
 僕と椎奈はご馳走様をして、椎奈が食器を片付けてくれる。僕は座ったまま暫く待っていたのだけれど、椎奈は隣の部屋に戻り、襖の向こうから、おやすみなさい、と声をかけてくる。僕はそのまま横になり、熱で眩んだ視界に天井からぶら下がる電球が揺れ動き、汗だくの手で明かりを点けたら感電して死んでしまうだろうか、そうしたら椎奈は悲しんでくれるだろうか、千帆は僕を諦めてくれるだろうか、などと支離滅裂なことを想起しつつ、長い時間まんじりともせず天井を見つめ続ける。
 どのくらい時が過ぎたかわからぬが、隣の部屋で椎奈が厠に立ち、雨が上がっていることに気づく。桜子さんはもう寝たのだろうか。椎奈が戻ると、僕は咳をして、声をかける。
「椎奈、もう寝ましたか」
「…いいえ、どうかしましたか」
 僕は寝返りをうって、襖の方に顔を向ける。
「僕は見合いをしたのです」
 返答はなく、軒から滴る水滴の音だけが聞こえる。
「まだ返事はしていません。僕にはずっと前から好きな娘が居るのです」
「そうですか」
「その娘は躰が弱く、学校では妾の子と呼ばれて苛められているのを、僕が守っていました。彼女は僕の弾くヴァイオリンが好きで、時間のあるときは足繁く通い、練習した曲を聞かせているのです」
 襖の向こうで布ずれの音。
「彼女は僕の想いに気づいているのでしょうか」
 どこか遠くで雷鳴が木霊し、障子が青白く照らされる。僕は枕元の水差しを取り、一口飲み込む。布団の冷えた部分へ這い擦り、うつ伏せのまま溜息をつく。襖が音も無く開き、椎奈の影が僕の枕元まで伸びる。首を横に向け、畳の上を椎奈が滑り寄るのを見る。僕は椎奈を見詰めたまま呼吸もできず、その指先に触れる。彼女は項垂れて僕の瞳を見ようともせず、オニイサマ、とか細く呟く。
「椎奈はいつまでも、お兄様をお慕いしております」
「僕の妻になってくれますか」
「お兄様…」
 椎奈は僕の指をしっかり握り締め、畳の上に涙を溢す。肩を震わせ、幾度もしゃくりあげる。僕は椎奈の腕を曳き、褥の中へと招き入れ、朱色の帯を解く。両脇の下に腕を挿し込み、首を抱く。椎奈は目を閉じて躑躅色の唇を差し出し、僕は柔らかくその蕾を包み込む。椎奈の腕が首に巻きつき、唇を擦り合わせ、啄ばみ、交互に舌を出し入れすると、彼女は苦しそうに呼吸を乱す。
「大丈夫ですか、苦しいですか」
「唇の感触が、心地よいのです」
「辛かったら、言ってください」
「いいえ、お兄様、辛くなどありません。お兄様こそ見栄を張らずに、もっと獣のように椎奈の肉躰を辱めてください」
 僕は再び唇を重ね、乳房を両手で包み、舌と両手で円を描きながら、指先で乳首を恐る恐る刺激する。頬を這い、耳朶に軽く歯を立て、首筋へとゆっくり這い下り、もう片方の耳朶へと近づいて行くと、椎奈が甘い溜息を漏らす。
 闇夜に再び雨が降り始め、サラサラと庭の樹木の囁きとなって、僕たちの業と濡れ事を覆い隠す。椎奈の鼻にかかった小さな吐息は、やがて甘みを帯び、僕が乳首を吸い上げると、ハッキリと声を上げる。指先が髪の毛に絡み、細い腰をくねらせては、あ、あ、と切ない声で泣くのだ。
「椎奈は柔らかいね」
「お兄様の愛撫のほうが、ずっと、ずっと、柔らかです」
 僕は乳頭と乳頭の間を舌先で交互に行き来し、優しく、時に強く、貪るように吸い付いては、舌で乳輪の円周をぐるぐると描く。椎奈は僕の頭を強く抱いて、細い二の腕が頬を撫でる。僕は脇腹に舌を這わせ、両手で太腿を優しく撫でながら、内股に吸い付くと、椎奈は背筋をゾクゾクと震わせて、く…ふぅんと切ない鼻声で更に愛撫を求めてくる。舌の表と裏で丁寧になぞり、滑らかな肌を唾液で濡らす。闇の中で光る股間の溝から、おんなの馨りがふわりと鼻腔を突いた。
「椎奈はこうなってるんですね」
「いやぁ、いやらしい…」
「そんなことありません、美しいですよ。薄紅のテッポウユリのように、ツユに濡れて妖しく輝いているのです」
「言わないで、お兄様、あたし…恥ずかしい」
 僕は濡れた花弁に息を吹きかけ、舌先で大陰唇を、つるり、となぞりあげる。椎奈の股間には、土手に柔らかい茂みがあるものの、花弁を包む肌は露であり、少女のように薄桜に染まる。それは木目細かい繊細な舌触りなのだ。僕は花弁の周囲を、粘膜に触れぬように慎重に巡回し、両腕を伸ばして乳房を愛撫する。そのような執拗な包囲網をゆっくり縮めながら、しばしば吐息を噴きかけ、乳首を抓み、会陰にぐぐっと舌を挿し込ませ、椎奈の躰が通電したかのように震え、浮かび上がるのを愉しむ。
「ああ…、お兄様、そんなに焦らさないで…」
「どうして欲しいですか?」
「そのようなこと、口に出せません」
「ではこのまま続けます」
「あっ、あああ、お願いです、お兄様、あぅ、ひっ」
「どうしました」
「あ、あたしの、…を」
「なんですか?」
「あたしのほとを、お兄様、お願い、お願い、あたし…、モウ…」
 僕は椎奈の肉弁に舌を差し入れ、壺からサネまでを何遍も何遍もなぞり上げ、肉豆を含んで、ちゅっかちゅっかと音を立てながら吸いたてる。彼女は尋常でない勢いで布団を蹴り上げ、尻を高らかと持ち上げて、いく、いく、と囁いた後は、臀部を上下にビクビクと引き攣らせ、ツユが幾筋も滴り、やがて力尽きてしまう。汗に濡れた椎奈の肩を両手で包み、柔らかく舌を絡めると、潤んだ眼差しで僕を見詰め、漲る肉棒に指先を滑らせる。
「上と下、どちらにしますか」
「それは、体位のことかい?」
「いいえ、お口のことです」
「では、こちらのお口で」
 そう言って、僕は椎奈の頬を撫で、濡れた唇に親指を滑らせる。布団の上に腰を突き出すように座り、両脚を投げ出して、椎奈がその間にしゃがみこむや否や、片手を袋に、もう片手を根元に添え、小太刀のように反り返った男根を喉に沈めていく。そのあまりの思い切りの良さと、繊細な椎奈が秘めた情欲の強さを感じ、魔羅は痛いほどカチカチに硬直し、舌と唇と扁桃腺の圧迫感に知らず知らず腰をしゃくりあげ、稚い従姉妹の口淫にえもいわれぬ悦びを感じてしまう。
「そんなに見詰めないでください」
「椎奈は愛撫さえも美しいですね」
「ウフフ…、お兄様、きもちよさそう」
 椎奈はひたすら懸命に、魔羅と段と竿をしごき、僕は果てる直前でその律動を止めさせる。再び唇を重ね、舌を絡めとり、これからすることを暗示するかの如く舌を入れたり出したりして、椎奈の口腔をあちこちつつきまわす。
「入れてもいいかい?」
「ええ、お兄様、椎奈を女にしてください」
 椎奈の脇に両腕を挿し込み、胡坐をかいた僕の股間を跨がせて、亀頭を乙女の膜におしあてる。
「椎奈、愛してる」
 僕は椎奈の肩を強く押し下げ、彼女が背中に爪を立てて痛みを堪えるのを感じ、欲棒の先端に椎奈の処女が失われる感触が伝わる。小刻みの振動と共に、ゆっくりゆっくり奥まで沈み込み、やがてはコツンと玉門に衝突する。
 いつしか再び雨脚が強くなり、時折響く雷の音と共に、椎奈の膣口が僕の陰茎をきつくきつく締め付ける。律動にあわせて、僕らの結合が、ちゃぷちゃぷと水音を響かせ、まるで水溜りに滴る大雨粒のように、何も無い床の間で喘ぎ声と溶け合い、喜悦し、ぼくの情欲を更に駆り立てる。
「はあ、あーっ、オニイサマ、シイナは、シイナは、毀れてしまいます」
「椎奈、シイナ…、ああ、なんて柔らかい…」
 僕は椎奈を床に寝かせ、両肩をしっかりと固定し、めくるめく快感に身を任せ、数刻前までは処女であった小さな尻が浮き上がるほど激しく突き上げ、数え切れぬほど幾度も幾度も潤んだ粘膜を往復する。
「椎奈、しいな、ああ、きもちいい、しいな、きもちいいよ、ぁあっ、すご…い」
「オニイサマ、オニイサマ、あたし、あたし、あ…、しあわせです」
 僕は僕の大切な椎奈にとてもひどいことをしている気分になってしまい、それでも尚、非道い肉音を立てる律動は止まず、体中に汗をかき、肌と肌、粘膜と粘膜を擦り合わせ、雨樋が規則正しく水を吐く音を聞き、椎奈の頬に張り付いた髪の毛に指と舌を這わせ、優しく掻き回し、激しく往復し、僕も彼女もやがて絶頂に達し、闇の中で甘く切なくひとつに溶け合って、椎奈の膣腔を熱い熱い精で一杯に満たす。その大量が結合から迸り、褥に飛び散るのも構わずに、時間をかけて、少女の腹の中にすべての欲望を注ぎ込む。
 肩に食い込む椎奈の爪が、ふっと力を抜き、僕の髪の毛に差し込まれる。
「オニイサマ…、すごい汗」
「椎奈も汗びっしょりですよ」
 僕らは唇を重ね、ゆっくりと舌を掻き回す。
「躰中が火照って…、まだジンジン痺れています」
「痛くなかったですか?」
「お兄様の愛撫で溶けてしまったので、痛くなどありません」
「椎奈がほんとうに毀れやしないかと、心配でした」
「お兄様に毀されるのなら本望です」
「いじらしいことを言いますね」
 僕はゆっくりと離れて、椎奈の隣に仰向けになり、彼女の頭を肩に抱く。僕らは時々唇を重ね、髪を撫で、哀しそうな瞳で見詰め合う。

 その後の僕と椎奈は、長い長い焦燥の時間を過ごすことになった。
 僕はすぐに高塚の伯父の下へ走り、土間に額を擦りつけて、椎奈を僕に下さいと迫った。伯父は僕を足蹴にし、父は僕を痴れ者と罵り、神条家からは破談を申し渡された。母も、桜子さんも、東京から見えた親類親族皆が反対したのだが、僕の意思は頑として固く、間もなく僕は自宅のはなれに軟禁されることとなる。
 数週間が過ぎ、春の日差しと桜の香りが高い高い窓から差し込む頃になって、僕を心配した毛利教授が訪れた。帝国陸軍出で赤鬼軍曹と呼ばれた教授は、その赤ら鼻を分厚いハンケチーフで拭いながら僕の話に耳を傾け、そしてこう諭すのだ。貴様の親父は医者ではないか、医者が近親婚を許すわけがない、それに貴様は研究者の道を選び、親父殿に背いたのだ、そのような息子があまつさえ世間様に背くことを認めるはずが無い、貴様は祝福を期待しておったのか、愚昧な奴め。僕は反駁する、いいえ教授、私はもとより幸多き人生など期待しておりませぬ、只、椎奈の傍に居てやるだけでもよいのです。教授は嗤う。
「若造め、今の言葉と今の貴様自身が、世俗の限界を象徴しておる。このまま放っておけば、貴様はどのような凶行に走るやもわからん。俺に考えがある、貴様を顧問研究員として内区に招聘し、貴様の愛しい娘を患者として招こう。それしか方法がない」
「それで結構です、お願い致します」
「内区に入れば、二度と生きては本土の土を踏めぬぞ。それでも良いか」
「覚悟はできています」
 それから三日後、大学ではなく病院から運転手つきの外国車が送られ、僕は初めて見る内区の大病院に連れて行かれ、ボサボサの頭を散髪し、風呂に入り、コンクリのビルの一室と着替え、それにヴァイオリン一挺を貰った。そこには沈黙の掟でもあるかのように、誰も不必要に口を開かず、知りたいことを知ることはできず、只、今日が昭和何年何月何日で、今が何時何分かを知ることだけはできた。だから、受け取った荷物に入っていた地図と時間割を頼りに、実習と実験の授業に出ることが出来たが、生徒は少なく、お互いの名前も分からぬまま、時間だけが過ぎるのだ。
 更に二週間が過ぎた頃、運動場のベンチでぼんやり雲を見上げていると、あの外国車が止まり、濃藍の着物を着た椎奈が介添人を伴って降り立つ。僕は立ち上がり、真っ直ぐ歩き、杖を取り落とした椎奈の躰をしっかりと胸に抱きとめる。毎晩のように泣き腫らし、浮腫んだ瞼は赤く腫れていて、僕は彼女の罅割れた唇を貪るように吸う。抱きしめる。そして言葉を交わす。
 もう離さない、もう一人にしない、椎奈、あいしてる、お兄様、あたしも、あたしもあいしています。
 昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り、驚いた雀の群れが一斉に飛び立つが、僕と椎奈はいつまでも抱擁を続け、計算高い間隔と速度で桜がふわりふわりと舞いおりて、僕の鼓動を聞く少女の頬に、涙が一滴輝き落ちるのを見届ける。
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