R18恋愛官能小説 青山倉庫

69H

04. 目隠し


 俺は津田健二って言うんだけど、昔はスポーツ万能でアホってほど頭も悪くなかったからモテたほうだし今でもモテるとおもってる。
 俺は馬場の狭くてホームレスの芳しい臭いのこびりついた西武線のナントカ口に程近いルノワールじゃないほうの喫茶店で、高校からダチのトモヤとコーヒー飲んでたわけだけど、俺は薄ら笑いを浮かべて携帯を見つめたままテーブルに頭を載せて、えへえへ、とか君の悪い声を発していた。トモヤは俺のブンタを一本取って火をつける。
「どったの?」
「サキちゃーんかーらメールでーす」
「なに? 今カノ?」
「別れてってさー、えへえへ」
「うははっ、マジで? ケンちゃんかわいそー」
 トモヤは先月までスーパーサイヤ人ヘヤーだったのに、ロン毛をストレートにしてクール系に染めて落ち着いた雰囲気を醸し出してるけどコイツの中身は俺以上にチャラ男そのものだから騙される女も多い。え、俺? 俺は女を騙さない、むしろ騙されて路上で受け取っちゃった美容院のチラシよろしく丸めて捨てられるようなかわいそうな役処。一緒にしないでくれよ。
 トモヤはいつの間にか俺の携帯を手にとって、サキとのこれまでの甘く切なくこっぱずかしいメールの履歴を見てニヤついてやがる。返せ、てめえ。
「なぁ、ケンちゃん」
「あー?」
「女捕まえにいこうぜ」
「やだよ」
 俺はブンタに火をつける。四国出身のトモヤはブンタをセッタとか言いやがる。俺は涙がこぼれそうになりながら、サキとのメールをデリる。三ヶ月、短い恋だったなぁ。ああ、デリるってトモヤが好んで使うIT用語ね、オジャル語でもギャル語でもないからね。
「トモヤ、カジかやっすー連れてオケんね?」
「あの二人、今日バイトだよ」
「まーじで」
「つーか俺もバイトだし」
「俺カジに貸しあんのに」
「そんな簡単に使っちゃうの?」
 カジは西武新宿線沿線に細長ーく生息するブラッディマゴットっておっかねえチーマー共のヘッド。やっすーは逮捕暦のあるナンバーワンホスト。俺のダチはこんなんばっかり。野球で甲子園行ったりコンクールで賞取ったりする奴なんて一人もいない。あそうそう、カジにはデカイ貸しがあったけど、カラオケなんかで使いたくない。
 俺たちは冷めたコーヒーをそのまんまにして店を出る。店の前の交差点でトモヤと別れて、昼間は美容師の専門生とか俺より馬鹿そうな大学生がたむろしていて夜になると日雇い労働者が地べたに座り込んでビールとか飲んだくれてる薄汚れた坂道を下って、駅に向かってそのまま鷺ノ宮のクソアパートに帰ってマスかいて寝ようとおもって憂鬱になってたそのとき何が起こったとおもう。
 サキから別れのメールを受け取ってまだ二十分しか経ってない俺の傷心が根こそぎ吹き飛ぶ微笑の天使が、狭苦しいのに客の回転が猛烈に速いファミマの前でポツンと独り寂しそうに駅を見上げてるわけよ。トモヤがいないことを神に感謝したね、顔と身長ではあいつに負けるから。
 いつもの俺は頭より股間で考えてから行動して、やっちゃった後に頭が動く。でも躊躇った。生まれて初めて。その天使みたいな少女はゴシックな漆黒のニットとロンパンを履いて、すっげぇかわいいのに他の女と何かが決定的に違った。考えても無駄、行け、俺の下腹部。
「ねぇ、それアルゴンキン?」
「え?」
「すっげぇ似合ってる。きみ学生? 何してんの? 待ち合わせ?」
「あ、あの」
 つかみに失敗、てか俺のこと見てもくれないんですけど。
 俺の天使は怯えた表情で、後ろ向きに歩いて道路にふらふら歩み出て、タクシーがけたたましくクラクションを鳴らした時点で、俺は彼女が携えた折りたたみ式の杖に気づいた。彼女耳を押さえてしゃがみこんじまってさ。運ちゃんが運転席から覗き込んで、俺を睨みつけて白い手袋をはめた指先で指図するわけよ。まぁ俺のせいだけど、ムカつくよな。
 俺は彼女の肩を支えて、駅側の路上喫煙禁止のポスターの下まで引っ張った。俺の腕の中で仔犬みたいに震えてる。トモヤは高校中退のくせにランボオとかヴェルレエヌとかホモ野郎の詩集が大好きだからこういうとき気の利いた台詞の一つ二つ思い浮かぶんだろうけど、エロ本とバイク雑誌しか読まない俺には『今の都知事って誰だっけ?』ぐらいしか思い浮かばない。
「ごめん、大丈夫?」
「う…」
「え、ちょっ、泣くなよ」
 彼女は光のない目を潤ませて、どっか遠くを見てる。俺が泣かしたみたい。俺が泣かしたのか。
「ごめんよぉ、目が見えない子だなんて、わかんなかったんだよ」
「あの、どなたですか?」
「え、俺? 俺は津田健二、二十歳、今は高円寺の古着屋の店員だけど将来は青山あたりに自分の店持ちたいって夢見てる君に一目惚れした天涯孤独の王子様」
 彼女が俺の手首を強く掴んで、店のレジでひとりで練習した俺の自己紹介を中断する。笑いどころはこれからなのに。
「あたし、帰れなくなったんです」
「へ?」
「今日初めて家を出て、点字図書館に来たんですけど、どうやって帰っていいか、わからなくなってしまって」
「えっと、最寄り駅は?」
「いずみたまがわ」
「どこそれ?」
「狛江市です」
「うわ、ますますわかんね」
 彼女は泣きそうな顔で俺を、じゃなくて俺の顎の下辺りかそれを貫通してもっと遠くを見つめていて、俺みたいな奴にでもすがりたい気持ちはよくわかるけど神奈川出身の俺に聞いたこともない辺鄙な駅名出されても期待にこたえられない。俺は面倒な女は早めにリリースする主義だけど、彼女の手を離すことはできなかった。
「俺んち、鷺ノ宮なんだけど、ちょっとウチ寄って帰りの路線調べてさ、それから送っていくよ」
「サギノミヤって、どこですか?」
「こっから一駅」
「ご迷惑にならない?」
「大丈夫だよ、ちょっと散らかってるけど」
 彼女は少し微笑んで、頷く。
 俺は最初彼女の手を取って歩いたけど、彼女は俺の手を振り払って、俺の腕に自分の手を添える。折りたたまれた杖を伸ばして、西武新宿方面のホームから、人が線路にこぼれそうなくらい混雑した下り方面のホームに渡る。彼女の銀色の杖の威力は水戸黄門の印籠並みに強力で、どんな悪そうな奴でも道を譲る。

 水野梨沙、と盲目の少女は名乗った。
 彼女は生まれつき目が不自由なわけじゃなくて、高校の入学式で事故にあって視力と両親をいっぺんに失った悲劇のヒロイン。いずみたまがわで独り暮らしをしていて、ほとんど家の外には出ないらしい。俺ん家にノコノコついてきたのも国宝級の世間知らずだからで、俺に惚れたわけじゃないのは確かだ。点字図書館には友達が付き添いで来てたけど、ふとしたことで大喧嘩してしまって、置き去りにされた。ひどい友達だと思うが、俺は二人の間にあったこともその間柄も歴史も全然知らないわけだから、余計な口出しはしない。
「いずみたまがわって、下北の向こうだね、結構遠いじゃん。今日はもうおせーから、明日でいいかな?」
「え、でも」
「いいじゃん、泊まっていきなよ」
「泊めてくれるんですか?」
「まぁ、ベッドひとつしかないけど」
「あたし、床で寝ます」
「だーめだよ、一緒に寝よ」
 梨沙は微笑んで、吸殻が溢れた灰皿とバイク雑誌とエロ本とその上に並んだ空き缶の載った卓袱台に視線を泳がせる。どんな女を連れ込んでも、第一声は「きたね」なのに、梨沙は何も言わずにおとなしく穴の開いたナチュラルダメージ加工のソファに腰掛けている。こんな女は初めてだ。
 俺は電気コンロで久しぶりにお湯を沸かして実家から送ってきてまだ開けてないアールグレイの缶をスプーンでこじ開けて、急須で紅茶を入れて梨沙の前に置いて、両手をカップに触らせる。
「紅茶、熱いから気をつけて。砂糖かなんか入れる?」
「いえ、このままでいいです。ありがとう」
「お腹すいてない? なんか食いにいこっか」
「食べてきたので、大丈夫です」
「そっか」
「あるごんきんって、なんですか?」
「君が着てる服」
「これ、友達に選んでもらったんです。かわいいって言われたけど、どんな服ですか?」
「ゴシックパンクって言うのかな。ダークでクールでアナーキーでグランジでかわいい系?」
 俺の語彙力の限界はこんなもん。それでも彼女は微笑んでくれて、紅茶を飲む。
「梨沙ちゃんって、普段、家でなにしてんの?」
「うーん、いろいろ」
「いろいろって?」
「ときどき音楽聴いたり、ラジオ聴いたり、冬寒いときはストーブの前で丸くなってじっとしてて、夏暑いときは窓を開けて風鈴の音を聴いてるの」
 馬場のあのへんには時折プロの盲がいて、奴らは歩くスピードも速いのに誰にもぶつからないし、自由にパソコンが使えてネットもできてボイチャとかやってて、望むところへ自由に行って帰ってくることができるらしいんだけど、梨沙は明らかに視覚障害者で、プロじゃない。
「加奈子がそんなんじゃ体にも心にも悪いっていうから、初めて図書館に行ったんです。でも、あたしは周りにいた人にぶつかってしまって、とてもひどいことを言われて、悲しくなってもう帰るって言ったんですけど、加奈子が許してくれなくて、あたしは加奈子に自分が言われたこと以上にひどいことを言ってしまって、もう知らないって言われて。なんとか駅の近くまで歩いたんですけど、電車って、もう四年半も乗っていないから、JRで来たのか東西線なのかわからなくなってしまって」
「そっか。そこで俺なんかがナンパしちゃったわけね」
 梨沙は俯いて紅茶を飲む。俺はテレビをつけようとおもってやめた。梨沙はテレビなんか観ない。時計はもう十一時をさしていて、遠くで救急車のサイレンが走り去る。
「シャワー浴びる?」
「はい」
「一緒に入っていい?」
「お願いします」
 冗談で言ったのに間違いなく俺の耳には、お願いします、って聞こえた。俺は介護士じゃない。壱万未満の投資で楽々股を開くような尻軽でもこんな楽じゃない。ヤバイ、怯えた。恋愛もセックスも駆け引きで、俺は侍で女は城だと思ってきた。城門を突破するためのかりそめのゲーム。ガードの固い女はたくさん見てきたけど、無防備通り越して無条件に俺のことを信頼する女なんて見たことがない。
「うちユニットバスだから、こっち」
「あっ」梨沙が何か踏んだ。
「悪ぃ、散らかってて。ああ、気にしなくていいよ」
 俺は一枚しかないバスタオルを掴んで、ユニットバスに梨沙を連れ込む。二人だと狭い。前髪をとめてる髪留めを外して、バンザイする梨沙のハイネックを脱がして、ロンパンも脱がして、下着も脱がして全裸にして、なんだか幼女にいたずらでもしてる変態野郎にでもなった気分だ。勿論、俺も全裸。女の前で自分で脱ぐときの白々しさもあったけど、梨沙には俺が見えないのが少しだけ救いだ。
 シャワーを出して、温度を調節して、俺は梨沙の後ろに立って、肩を流す。シャワーを壁にかけて、ボディソープを手に出して、俺は梨沙の体に両手を滑らせる。傷ひとつない、柔らかくて、滑らかで、繊細な肌。俺が腋に手を滑らすと、梨沙は両腕をあげる。乳房に指先を滑らせて、乳首を優しく撫でたら、また俺の心臓を鷲掴みにするような言葉を囁くわけよ。
「ここでするの?」
 俺がおもってた以上に梨沙は女で、賢くて、ずっと大人だ。世間知らずなんかじゃなかった。
「どこでしたい?」
「おふとん」
 俺は彼女の体をシャワーで流して、フェイスタオルで高価な美術品並みの待遇で優しく拭いて、一枚しかないバスタオルを体に巻く。俺は適当に水気を拭いて、全裸、言い換えればフルチン。ボッキドフルチン。もう痛いくらいがっちがち。
 ベッドに仰向けになった梨沙にキスをして、舌を入れて、絡めて、首筋に移動して、耳朶を軽く噛んで、すこしづつ下へ下へ掘り下げていって、梨沙は俺の髪の毛に指を挿し込んで、アリエナイくらい敏感に反応する。身をよじって、仰け反って、アソコはもう大洪水。
「聞かれたくなかったら、ごめん。梨沙って、結構経験ある?」
「どうして?」
「すごい、敏感だからさ」
「ケンジくんが、上手だから…」
 梨沙は上半身を起こして、てのひらで俺の顔の形を確かめるように触って、唇をおしつける。舌を入れる。指先を俺の肩に滑らせて、こう囁く。
「あたしと同じ世界においで」
 梨沙は枕元に脱ぎ捨ててた俺のニット帽を、俺の頭に目深に被せる。
「見えねーよ」
「大丈夫よ」
 梨沙の繊細な指先が、俺の胸の上に滑り降りて、舌先が乳首を撫で回す。俺は頭をぶつけないように、ゆっくり仰向けになって、梨沙は俺の左右の乳首を行ったり来たりしながら、指先で腹筋の形をなぞって脇腹とか内股とか敏感な部分に強弱をつけながら滑って、少しづつ股間に近づいてくる。何も見えないから、梨沙が舌と指先だけの存在になってしまって、すげえ敏感に感じちゃって、梨沙の口が先端を覆っただけで射精してしまった。童貞喪失のときだって、こんなに早くはなかった。
「ご、ごめん」
「ううん、いいの」
 梨沙は元気をなくした俺のペニスを丁寧に舐めてくれて、ちょっとづつ暖めて、刺激して、俺は記録的スピードで硬度を回復した。なんて女だ。
「入れたい?」
「うん」
「入れたいって、言って」
「入れたいよぉ」
 梨沙の熱く煮えたぎる粘膜が俺の男をねっとりと包み、重力に任せてずぶずぶと底まで沈みこんで、ゴム付け忘れてる気がするけどもうどうにでもなれっておもった。突いた。無我夢中で。べちゃべちゃ、にっちゃにっちゃ、清純で真っ白で天使のような梨沙が立てる音とはおもえない。チープなパイプベッドがぎこぎこ軋む音に負けないくらいエロイ音。でも、梨沙は声を出さない。はぁはぁすごい息遣いと、梨沙の首筋の甘い香りと、きゅんきゅん締めつける粘膜の快感だけで、俺は彼女の体を抱きしめて、もうテクとかそんなん関係無しに突いて突いて突いて突いて突きまくった。
「ケンジ…、くっん、すっ、ご、いっ」

 梨沙とシャワーを浴びなおして、再びベッドにもぐりこんだのは明け方だった。
 昨日別れたサキもいい女だったけど、その前の女もその前の前の女もいい女ばかりだったけど、梨沙は別格だった。今までの女が地方のリゾートホテルかいいとこヒルトン止まりだとすると、梨沙は帝国ホテルかレイ・ファン・カルロス?に匹敵する。ホテルと同じように最高の女が世界に三十五人いるとしたら、梨沙は確実にその一人だ。一発ヤったらフリーズした理性が再起動して、一服して背中を向けて寝ちまう淡白な俺が、五六発生でヤった挙句彼女の髪を撫でている。
 梨沙は盲目になった後、擁護院に入ってリハビリセンターに通っていたが、擁護院の職員に繰り返しレイプされていたそうだ。妊娠させられてだいぶ経ってから気づいて、堕ろすことはできたが、二度と子供の産めない体になった。それでも暴行は続いたと言う。
 梨沙は俺の胸に頭をのせて、透き通った瞳でどこか遠くを見ている。その美しい瞳は、世の中のどんなに感動的な光景も、悲惨も、醜悪も、喜びも悲しみも映さない。闇の帳に閉ざされて、一人ぼっちで生きてきた彼女の世界は、犬並みの想像力しかない俺には多分一生わからないけど、この女は一生をかけて守るだけの価値はあった。
 俺は梨沙を抱きしめて、眠ろう、と囁く。
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