R18恋愛官能小説 青山倉庫

69H

03. キッチン


 JRの阿佐ヶ谷駅で降りて、改札を出てから少し迷って北に歩く。
 立川に引っ越してから二ヶ月が経とうとしているのに、ずっと杉並に住んでいたから相変わらずここで買い物したり友達と待ち合わせたり古本を買いにきたりする。あたしにはここが故郷の町で、実家の神奈川には鬱屈したおもいでしか残してない。
 東急は通らずに、お墓だか寺だかがあるほうの緩やかなスロープを下ると、いきつけの古本屋があって、入り口がいつの間にか綺麗になってて、中に入ると輸入CDとかDVDとかのお店に改装されていて、古本なんて一冊も見当たらない。あたしは店の奥まで行って、レジまで戻ってきて、自分で染めて失敗してまだらの髪になってる以前古本が置いてあったときから店員をやっている名札に加藤と書いてある多分年下の男の子に声をかける。
「古本って、なくなったの」
「はい、四月に改装されてから、扱わなくなったんです」
「そうですか」
「東急ストアの方にも、古書店がありますよ」
「そう、ありがとうございます」
 あたしは頭を下げて店を出る。穏やかな春の日差しを仰いで、雲ひとつない青空に飛行機雲が一直線に尾を引いて、スロープをぼんやり登っていたら後ろから駆けてくる足音。背後で止まって、あの、と声をかけられた。振り返るとあたしが専門学校で初めてカラーリングの実技をしたときよりずっと下手くそな染め方をした古本を扱わなくなったCDショップの店員の加藤くんが、はあはあ息を切らしている。あたしは何も買ってないから忘れ物なんてしてないし万引きなんかしない。
「なんですか?」
 あたしは穏やかに言ったつもりだけど語気が強くなってしまって、色素が薄くて繊細そうな顔をした加藤くんは怯えたような目になって、あの、その、と吃る。あたしが黙って見ていると、加藤くんは姿勢を正してあたしに言う。
「自分はさっきの店でバイトしてる加藤ヒロユキというものです。あの店が改装される前から、あなたのことがずっとずっと気になっていました。いきなりでごめんなさい。でも、あなたはもうきっと店に来てくれないとおもったので、ご迷惑を承知で、こうして追いかけてしまいました」
 あたしは初体験が早かったし、学生時代も二股かけたり美容師になる前と後にも彼氏に貢がせたりして、オトコなんてチョロイと想ってた時期もあったのに、あたしの目の前で声と膝頭を震わせながら汗を浮かべて直立する加藤くんの緊張があたしにも伝わってきてどう切り替えしていいかわからないし、通行人もあたしたちをじろじろ見ている。
「か、彼氏とかいらっしゃったら、いいんです。でも、ぼくと一度でいいんで、食事に行っていただけませんか? お願いします」
 加藤くんはあたしに最敬礼して、あたしは自分に落ち着け章子こんな坊やにときめくほどあたしはウブじゃないのよと言い聞かせて、バッグから名刺を取り出して加藤くんに差し出す。
「佐伯章子さん?」
「都合のいいときに、携帯にかけて。髪の毛、染め直してあげる。大丈夫だよ、お金とらないから」
 園児みたいな泣き笑いの顔になる加藤くんのまだらの髪の毛を、あたしはくしゃくしゃに撫でて、じゃあね、電話頂戴ねと言って立ち去る。曲がり角に設置されたミラーに、頭を下げる加藤くんが映っている。

 加藤くんはその日の晩にすぐ電話をかけてきて、ぼく今バイト終わったんですと言う。子供みたいな奴。
 あたしと加藤くんは立川駅で待ち合わせて、閉めたばかりの店を開けて、看板はCLOSEDのままで、まだらの髪を染め直す。色見本を見せて、染め直しで明るい色にはできないから、それと君ブリーチかけすぎてるみたいだから、好きな色のひとつ暗い色を選んでと言う。加藤くんはウォーム系の色を選ぶ。
 薬剤をつけて、スチームをあてて、カラーチェックして、髪を洗って、トリートメントとドライを繰り返して、最後にブロー。お金にならないから、一部手抜き。お喋りもしない。あたしは店に来る客に、あたし霊感が強いんですとか言って、みんなにひかれる。加藤くんにはひかれたくない。
 店を出て鍵を閉めると、午後九時を過ぎていた。あたしは我ながら綺麗に染まった加藤くんの髪の毛に指を滑らせて、軽い女だと想われるのが厭で手を引っ込める。
「もう、こんな時間だね」
「あ、あんまり遅くなると、マズイですか?」
「ううん、あたし一人暮らしだし」
「じゃあ、どっかで飲みませんか?」
「うーん」
「だめですか?」
「だめじゃないけど」
「あの、佐伯さん」
「なに?」
「佐伯さんの家にお邪魔してもいいですか?」
「えー?」
「お一人なんですよね、マンション?」
「今日、会ったばかりだし…」
「そうですよね、いくらなんでも不躾ですよね」
 うなだれる加藤くんを見ていて、あたしはせっかく勇気を出してくれた男の子の期待を裏切っているような気がして、もう二度とこんな子あたしの前に現れないし逃がしちゃいけない絶対逃がしちゃいけないと中学生のときに初めてつきあった男の子のことを思い出して焦燥に駆られて、あたしは加藤くんの袖を引く。
「歩いて十五分くらいだから」
 表情がぱっと輝く、どこまでも素直で真っ直ぐな眼差し。
「ご飯くらい作ってあげるよ」
 あたしは年下の加藤くんの手を曳いて、歩き出す。

「料理、上手なんですね」
 加藤くんは座卓の前で胡坐をかいて、お店のオーナーに貰った聖護院かぶらと冷凍保存していたスモークサーモンで作ったホワイトシチューを瞬く間に平らげてお替りする。
 あたしはマンションを借りるときに、なるべく大きなキッチンがあるところを選んだ。キッチンはリビングに通じていて、ここから手を伸ばして空になったお皿を受け取れる。
「加藤くん、学生なの?」
「はい、明大の四回生です。政経学部なんです」
「そうなんだ。政経って一番偏差値高いとこじゃない」
「入学すると、三ヶ月で阿保になりますよ」
「でも頭いいんだ」
「そんなことないですよ、いやほんとに。同じ学部の奴みんなアホばっかですよ。春休み終わるときもみんないつから学校始まるかしらないし、ぶっちゃけ体育会なんですよ、女の子すくないし。ラグビーの試合に負けたりすると、歌舞伎町で早稲田の旗燃やしたりしてますよ。同じゼミの奴で飲んだくれて陰毛に火つけて全裸で電柱登ってセミの鳴きまねして停学食らった奴もいましたね。ぼくら今年卒業なのに、誰も就活してないし」
 あたしは笑いながら加藤くんの話に耳を傾けて、食後のコーヒーを淹れる。加藤くんはお皿を重ねて、シンクに入れてくれる。あたしが水道の水を出すと、あたしの手に大きくて色白の手を重ねる。背中からあたしに触れる。あたしは水を止める。
「ぼく、佐伯さんのこと、全然しらない」
「何がしりたいの?」
「彼氏は、いるんですか?」
 あたしは後ろ手に加藤くんの腰に手を回して、いたらどうする? と聞く。
「潔く諦めます」
「いないよ」
「ほんとですか?」
「いたら、うちに呼ばないよ」
 あたしは加藤くんの股間に押し付けたお尻の溝に沿って、彼が大きく漲っているのを感じていた。初めて付き合った男の子はアソコがめちゃくちゃ大きくて、いつも泣きそうになって自分のがすごく狭いんだと思い込んでいたけど、それ以来あんなに大きい子は見ていない。
 加藤くんは後ろからあたしの胸を両手で包んで、優しく揉み解す。首筋にキスする。あたしは腕を上げて、染めたばかりの加藤くんのさらさらした髪の毛に指を絡めて、甘い声を漏らす。演技じゃない、たったこれだけの愛撫で声が出る。加藤くんの指先がブラウスのボタンを上から順に外して、ブラジャーの上から揉む。すこし粗暴だけど、あたしはアソコが濡れて熱くて腰から下が溶けそうになって、後ろ向きのまま加藤くんのベルトを外す。
「シャワー浴びなくて、いいんですか?」
「いいの、ここでして」
 商店街のくじ引きであてたケトルが湯気を吹いて、あたしはガスを止める。静かになったキッチンに、加藤くんがあたしのショーツを脱がして自分のコーデュロイのズボンとトランクスを脱ぐ布ずれの音だけが響いて、あたしも加藤くんも中途半端に服を着たまま、あたしはシンクの縁をつかんで加藤くんの熱した鉄のような肉があたしのどろどろに溶けた粘膜に滑り込むのを感じる。
「佐伯さん、すごい、あったかい」
「章子って、呼んで」
「章子さん」
「さんは、つけな、いっ、でっ、あっ、あっ、うっ」
 見るからに繊細で傷つきやすそうな顔立ちと体つきの加藤くんだけど、力はやっぱり男の子で、シンクを掴んだあたしの手に暖かい掌を重ねてくれて、息が止まるくらい激しく突いて、その後にすごく優しく出入りして、今度はあたしが一番感じるポイントを小刻みに突いて、ああこの子慣れてるなってぼんやりした頭と滾る子宮で感じて、あたしから誘ったのにまるでレイプされてるような気分になってしまって、あたしは前後に力なく揺すぶられながら、雫があふれて太腿を伝うのを感じる。
「すご、章子、ぼく、いきそ…」
「いいよ、いって」
「外に、出すね」
「中で、いいよ」
「だめだよ」
「どっちでも、一緒だよ」
「外に」
「中で、イって」
「だめだよ」
「いって」
「だめ、あ、あ」
「いって」
「あー、あいく、あーっ、あーっ」
 加藤くんの男棒が痙攣して、あたしの中で果てる。あたしの背中を抱いて、すごく熱くて、まだ呼吸が荒くて、ゆっくり抜き取るときも、ちゅぽってやらしい音がして、あたしは照れ隠しのために振り返って加藤くんとセックスした後だけど初めてキスをする。
「こんなとこでしたの、初めてかも」
「ぼくも。すごい、よかった」
「ねえ、泊まってく?」
「章子…」
「なあに?」
「ぼくの彼女になってくれますか」
 セックスしたあとで告白なんて順番が逆だしもう高校生じゃないんだからそんな手順踏まなくてもいいのにとか思ったけど、加藤くんの真っ直ぐな瞳を見てるとあたしは恥ずかしそうに、いいよ、とか囁いてしまってそういう自分が本当に恥ずかしくて加藤くんの肩に腕をまわして抱きしめあう。
 つきあい始めたあたしと加藤くんは、うちで食事をする前と後に、必ずキッチンでキスをする。
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