R18恋愛官能小説 青山倉庫

ぼくと妹とガラスの少女

第5章「妊娠」

 冬休みが終わって、最初の登校日は雪が降っていた。
 朝はお姉ちゃんは先に登校するけど、ぼくと彩奈はいつまでもぐずぐずする。お姉ちゃんも彩奈も納豆が嫌いだから、ぼくは三人分の納豆をご飯にかけて食べる。お父さんはぼくらよりもっとぐずぐずしていて、ぼくらの朝ごはんが終わってから起きてきて、長時間トイレに立て篭もる。
 ぼくは彩奈と一緒に登校する。黙って歩く。毎日一緒にいると、会話もなくなる。毎晩セックスしてると、普通の話もできなくなる。
 いつもぼくと一緒に寝起きする彩奈に、お母さんが一度だけ、もう年頃なんだから一人で寝なさいと言ったけど、彩奈は怒ってお母さんにひどいことを言った。彩奈はぶたれたけど、自分の部屋には戻らなかった。お母さんに無理やり部屋に戻されそうになって、自分で額を本棚の角にぶつけて三針縫う怪我をした。その晩にお父さんとお母さんが大喧嘩してる声が聞こえた。お母さんと彩奈はそれ以来、お互いを避けている。
 彩奈がぼくの指先を握る。息が白い。道路は濡れていて、雪が落ちると撥ねずに溶ける。
「今日、公民館行く?」と彩奈が聞く。
「もう寒いから…」
「そうだね」
 お母さんには、部活は練習が休みだと言っていた。家に遊びにきた省吾が口裏を合わせてくれたから、辞めたことはきっとまだバレてない。省吾も水泳部を辞めたけど、ぼくと同じで親に言ってない。放課後はゲーセンとかカラオケに通っている。
 ぼくらは十字路で、章子と会う。章子は前を歩いていて、ぼくらには気づいてない。ぼくは下を向いて、自分もまだ気づいていない振りをする。章子は歩くのが遅いから、すぐに追いついてしまう。
「おはよ」と後ろから声をかける。
 章子はずり落ちたマフラーを巻きなおす。
「佐伯さん、おはよ」ともう一度声をかける。
 章子はようやく気づいて振り返る。
「あら、綾川くん。おはよ」
「明けましておめでとうございます」と言ってお辞儀する。彩奈もおめでとうございモゴモゴと適当な挨拶をして頭を下げる。
「おめでとうございます。彩奈ちゃん、背伸びたね。誰かとおもっちゃった」と章子は言う。
 彩奈はもじもじして、ぼくと章子を交互に見る。三人で歩き出す。同じ道を登校する子どもの数はまばらで、小学校の先生が集団で登校しましょうなんて言ってるけど誰も守っていない。
「冬休みの宿題、終わった?」と章子が聞く。
「宿題あったっけ?」とぼく。
「やってないの? 結構いっぱいあるよ」
「あとでみして」
「やだよ。今日、提出だよ」
「去年からまだ鞄開けてないもん、アハハ」
 ぼくは彩奈と中学校の校門の前で別れる。いつも、じゃあね、と言って手を振ってくれるのに、今日は顔も見ずにすたすたと行ってしまう。

 教室の後ろの方に女子が集まって、何人かの男子と話している。田中とかニシンとか停学とか聞こえてきて、クラスには田中が二人いたからどっちかわからなくて、輪になっている中に省吾をみつけて何の話?と聞く。
「おい、守がニンシンしたって」と省吾が言う。
「違うよ、守くんの彼女が妊娠したんだよ」と女子が訂正する。
「守の彼女って、山川のこと?」とぼくが聞く。
 教室に柴谷先生が入ってきて、みんな席に着けと言う。ぼくらは解散して、席に座る。先生は黒板に「心と体」と書く。先生はぼくらの心と体の成長について話し始める。女子が性教育だよと囁くのが聞こえる。
「ほんとうはこれ、全校生徒を集めてやるんだけど、今からざっと…ざーっとね、説明します。きみらは多分、きみたちの世代だともう大体のことは知ってるとおもうけどな、ネットとかで。先生の時代にはそんなんなかったから、こうちょっとした雑誌とか、ビデオテープだとか、まあ入ってくる情報が限られてたんだよな。で、きみたちはそうした情報の中で、つい好奇心や関心を抱いてしまう外面的なものに吸い寄せられてしまうんだけど、ほんとうはたとえば子供を作るというのはそんなに甘いことじゃない。子供を作って育てるってこと自体、現代では非常にハードルの高いことだ。きみたちにはお父さんとお母さんがいるけど、誰でも親になれるわけじゃない。親になるって言うことは…」
 おもったより退屈な話が続くから、昨日の晩も夜更かししたぼくはだんだん眠たくなってきて、頬杖をついて前に座ってる座高が高くてぽっちゃりしててマザコンで女子生徒にびっくりデブと呼ばれてる平田の背中に隠れて目を閉じる。女の子の生理の話になると盛り上がる男子が多い。姉妹のいない男の子は生理用品だけで興奮できるけどぼくには無理だ。お姉ちゃんにナプキンをパシらされる弟の気持ちはあいつらには一生わからない。
 柴谷先生はデフォルメのきいたおちんちんを黒板に書いて、性器の話を始める。だれかが黒板の絵を指して、先生それ皮かぶってますと言う。先生は包茎は病気じゃない、白状するけど先生も包茎だ、でも子ども二人もいるよ、包茎でも気にするなと言う。
 話がセックスに及ぶと男の子はもっと盛り上がって、女の子は笑っている。誰かが、映像教材とかないんですかと聞く。先生、中嶋君が持ってますと別の男子が言う。中学校の先生は大変だ。先生は避妊の話をする。ポケットからコンドームを取り出して、美術室の円柱の石膏にはめて見せる。
「避妊はいくつか方法があります。一つの方法よりも、二つの方法で避妊する方が、失敗する確率もずっと少ない」と先生が言う。
「先生、あの…」と省吾が手を上げる。
「なんだ中嶋」
「あ、これ、俺が言ったんじゃないですよ。なんか、他の奴が…」
「なんだ?」
「アナルも避妊法ですかって」
 周囲の奴はみんな顔を背けて肩を震わせて笑っていて、女子からサイテーキモーイと声が上がる。先生は勝手に中嶋式避妊法とか名前をつける。
 先生が妊娠の話を始めると急に静かになる。早く初体験を済ませたいなんて思う人もいるかもしれないけど、君たちは心も体もそして経済的にも未完成なんですと言う。性の悩みの相談する相手とか、世の中の性犯罪、中絶の苦しみ、ネット経由で近づく大人、性のタブー、そんなネガティブな話。法律では禁じられていないけど、近親者と性交することは禁忌なんだ、禁忌ってわかるか、忌み禁じられるということだ。近親姦は父娘の間で起きる場合が多くて、相談を受け付けるホットラインがあるらしい。誰かが、姉ちゃんとやったらいけないんですかと聞く。柴谷先生はアタリマエだと言う。近親者の間では遺伝的に欠陥を持った子が生まれやすいし、結婚もできないと言う。
 先生は、よくある性の悩みについて話を続けるけど、ぼくにはもう何も聞こえない。

 財布の中身は寂しかったけど、ぼくは帰りに駅の方に遠回りして、薬局に立ち寄る。ぼくは店内をうろついて、妊娠検査薬をみつける。すぐには手に取らない。次にコンドームをみつける。どれも厚さが書いてあるばかりで、大きさがわからない。きっとぼくにはノーマルサイズじゃ入らない。先に入り口に積まれている使う予定のないベビーパウダーを取って、妊娠検査薬の箱をその下に持って、レジに行く。ぼくは息が止まりそうなほど鼓動が早くなって、大きく息を吸い込んで、白衣を着た若い店員さんに言う。
「コンドームって、違うサイズのありますか?」
 店員さんは後ろの棚に振り返って、下のほうから箱を三つ取り出す。サガミオリジナルの白いのと、黒い箱に馬の絵が描いてあるやつと、♂マークのついたカラフルなやつで、LサイズとLLサイズとXLサイズ。
「これですね」と店員さんが言う。
 ぼくはXLサイズの箱を選ぶ。お金を払う。お店を出て、ぼくはマフラーに首をうずめて早歩きで家路を急ぐ。空は雲っていて風も冷たいけど、雪は止んだ。
 ここ二ヶ月くらい、毎晩彩奈とセックスしている。彩奈は生理のときはセックスを拒む。血がいっぱい出るからダメだと言う。二ヶ月くらい、血が出てるのなんて見ていない。ぼくは坂道をのぼりきると、走り出す。

「彩奈、ちょっと来て」
 コタツに入ってスマホを弄っていた妹を部屋に連れて行く。ベッドの縁に座らせる。ぼくは隣に腰掛ける。
「なに? どしたの?」
「彩奈、前の生理って、いつきた?」
 しばらく考え込んで「二ヶ月くらい前だったよ」と言う。
 ぼくは紙袋から妊娠検査薬を取り出して、箱を開ける。電子体温計のような棒が出てきて、説明書を読む。窓が二つついていて、尿をかけると、妊娠してる場合は両方に丸いぽっちが出てくると書いてある。
「お手洗いで、ここにおしっこかけてきて」
「それなに?」
「彩奈が妊娠してるか調べるの」
「ふうん」
 彩奈は検査薬を持って、階段を下りていく。ぼくはベッドの上で膝を抱えて、壁の時計を見る。三時半を差している。階段を上るぽとぽとという足音が聞こえて、彩奈が戻ってくる。検査薬を受け取って、机の端に置く。ぼくは胡坐をかいて、黙って前後に揺れる。
「赤ちゃんできたらどうする?」と彩奈が聞く。
「彩奈はどうしたい?」
「うーん、わかんない」
 彩奈はつま先で靴下の親指にできた小さな穴をいじりながら、できてみないとわかんないと言って微笑む。ぼくは彩奈の頭を撫でる。彩奈はぼくのお腹に手を回して、おもいきり抱きしめる。
「もう大丈夫かな」と言って、ぼくは彩奈の手をほどく。
 彩奈は検査薬を取って、ぼくに見えないように窓を確認する。
「ダイジョブだよ」
 彩奈は検査薬をゴミ箱に捨てる。ぼくは、そこに捨てたらお母さんに見つかるだろと言って、拾い上げる。窓は二つとも白い。ぼくは検査薬を箱に戻してビニールに包み、鞄に放り込む。
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