R18恋愛官能小説 青山倉庫

ガマガエルと鶴の群れ

第19話「部室」

 夏休み明け、ぼくたち写真サークルは部室を獲得した。
 部室を獲得できる最低人数に達していないぼくたちは、姫百合大学が持っている敷地のなかでも飛び地になった一番小さな区画に立つプレハブ小屋で、斉藤さんと満井さんが手作りした写真サークル智蘭と書かれた看板を掲げていなければ物置にみえる。事実、プレハブ小屋の半分はサイクリング部が使うパイロンや捨て看板の骨組み、破けたバレーボールに錆びた脱穀機、カバーのないキャッシャー、黒電話機、消火ホース、開かずの金庫、ツルハシ、道路の警告灯、綿菓子を作る機械など雑多なガラクタが積み上げられていた。ぼくらは半分のスペースにテーブルを並べて浄水器を設置し、学校が廃品で出す償却済みのパソコンとロッカーを盗んできて、ガラクタに紛れていた校旗を裂いて暗幕を作った。写真サークルの部室らしくなるのに半日を要したけれど、夕方頃には一段落して、ぼくたちはコンビニで買ってきたビールとおつまみで乾杯する。
「教育学科の授業が終わる頃だから、そろそろ新入部員来るよ」と斉藤さんが言う。
「愛ちゃんですか?」とカオリン。
「うん、愛ちゃんだけじゃなくて、彼女の友達も連れてくるんだって」
 カオリンはぼくの隣に座る。沖田はパソコンのセットアップ中で、インストール画面が出たまま放置している。さっきまでビールを飲みながら換気扇を回して煙草を吸っていたけど、満井さんに外で吸えと言われて出て行った。
 夏休み中は真緒たち三人との乱交に明け暮れ、その合間にカオリンやレイナ、お祭りでナンパしたナナとマユに会う時間を作っていました。三味線部のカスミとハナはいつしか連絡が途絶え、紫蘭高校写真部のルリには彼氏ができて、ナミは妊娠するリスクを怖れてぼくに会わなくなった。長続きするとおもっていた子たちがそうやっていなくなり、一期一会だと割り切っていた小学生のレイナやナナ、マユとはずるずる続いてしまう。セックスフレンドという身体だけの関係は揮発性が高く儚く、恋愛では味わえないくらいの快楽を貪り合った仲なのに、会わなくなったカスミやハナのことを思い出すことはあまりない。
「N600買っちゃいましたよ」
 外から戻ってきた沖田が巨大なカメラを見せびらかす。
「ちょっと待てば610出るのに」と斉藤さん。
「待てなかったんですよ。ちょうどいま一財産ゲットしたので、欲しいと思ってるうちに買っとこうかなと」
「カメラは逃げないけど、写真を撮れるチャンスには前髪しかないからな」
 N600は大日本光学が出したフルサイズ機で、大日本光学始まって以来の失敗作です。総てにおいてN800に遙か及ばず、ぼくの型落ちのN700にすら勝っているのは軽いことくらい。
 デジタルカメラは一時期高画質戦争に突入した時代もあったけれど、携帯ですら一千万画素に届く技術競争に至って、画素数はあまり意味を持たなくなりました。ぼくのN700は一千二百万画素、対するN600は二千四百万画素、倍の画素数を誇るにもかかわらず、仕上がってくる写真のシャープさはN700の方が高いのです。画素数が向上しても、センサーのサイズは変わらないのですから、画素ひとつひとつのサイズという点ではN700がもっとも大きく、その分多くの光を捕らえることが可能で、高感度撮影において画質のクリアさと色補正耐性はN4より優秀です。超高画素のN800、連射性のN4、高感度耐性のN700、それぞれ方向性がはっきりしているなかで、N600はせいぜい「フルサイズにしちゃ安い」という点でしか売りがない。安いなりの性能ですが、上位機種ユーザーの仲間入りを果たしたふりはできます。そういう話は斉藤さんがさんざんしているのに、沖田は聞く耳を持たずに買ってしまう。彼が良い買い物をしているところをみたことがない。N7000を買うときも、N300Sにした方がいいと言ったのに、APS-Cである必要のない巨大なボディを持て余すことになった。
「こんばんはー」
 入り口をノックして小俣愛と、その友達の子が入ってくる。
「おう、座って座って。愛ちゃん何飲む? ビールしかないけど。きみは名前は?」と満井さんが気を利かす。
「根岸莉奈です」
「リナちゃん、何飲む?」
「あたしたち、梅酒買ってきましたよ」
「二人とも入部するの?」
「そうです、なんかあたし二回生ですけど、写真サークルあるの知らなくて」
「経験者?」
「ちょっとカジっただけですよ」
 そう言って、二人はカメラを出す。愛ちゃんは旭光学の小型機だけど、莉奈ちゃんは高千穂のフィルムカメラ。
「愛ちゃん旭使うんだ」と沖田が割り込んでくる。
「うん」
「旭はいいよね、軽いし手ぶれ補正本体についてるし」
「あたしたちもお酒飲んでいいですか?」
 愛ちゃんが聞く。斉藤さんが買ってきた焼き鳥をレンジで温める。流しもついているし、現像作業に必要な道具もここに揃っている。自分のマンションの狭いキッチンで酢酸臭い現像作業をやらずに済みそうです。
「フィルムやる人いるんですか?」と莉奈が聞く。
「瑠偉がやるよ」と斉藤さん。
「俺も一応フィルムやってますよ、中判だけど」と沖田が主張する。
「おめーは現像もできないだろ」
「莉奈ちゃん、現像できる?」と沖田が聞く。
「えーっ、できますよ。現像できないとフィルムやってる意味ないですよね」
 莉奈はさらっとキツイ台詞を吐く。沖田は肩をへの字に落として、そうですよね、そりゃそうですよね、とぼやく。

 夜八時くらいで女子部員は帰宅するけど、ぼくたちは残って飲み会。女の子たちがいなくなると、斉藤さんのエロトークが冴え渡る。
「こないだ橘に後期ホルモンの再掲お願いしてたんだけど、昨日になって電話かかってきてさ。さいとーさん、ちっぱい、ちっぱい、エロ高送ったんでみといてくれませんか、って、そんなおっぱぶ行ったことねーぞって思って聞いたら、色稿のことだって。ちっぱいってなんだよ。あいつ会話にちょいちょい織り交ぜてくるからサブリミナル」
「橘って大麻で捕まったんじゃなかった?」と満井さん。
「それは立谷、ホルモン次期部長だったんだろ。なんかゲイらしいぜ」
「ゲイサークル作りゃいいのに」
「レイプで捕まった奴もいたろ、星野だっけ? ホルモンめちゃくちゃやってんのによく廃部にならねーよな。公式じゃないって強いのかね。俺盆にあそこの部室行ったらゲイビデオが山積みされててさ、パソコンで再生してやんの。おおーっ、おおーって雄叫び響き渡って、俺今からなんかされんじゃねーかって汗かいたし」
「それってテニサーの殴り込みの日?」
「そう、そんとき」
 姫百合ホルモン部はみんなで集まってホルモンを食べに行くだけの飲みサーだったけれど、いつのまにか大学中の裏情報を取り扱う最大規模の組織となって、前期と後期に小冊子を発行するようになった。地頭の悪い姫百合の学生はこれを買わないと、単位を取るのに苦労する羽目になるし、どんなサークルが存在するか把握できない。
「殴り込みってなんすか?」と沖田が聞く。
「あのー、あれだよ。テニスサークルあんじゃん、性病持ち共のヤリサー。あそこがホルモンにぶち抜き広告出すって見返りに、テニサーの女子呼んで合コン企画してくれてたんだけど、ずーっとウヤムヤにされてきたらしいのね。で、橘たちがキレて『テニサー潰すから』って俺まで巻き込んでよ、酒樽持ってきて軽トラに積み込んでて、それなに?って聞いたら、飲み会で集めたクソと小便だって、部室にまき散らしてちょっと水を差してやるとか言い出してさ。高度なジョークかと思ったけど笑っていいのかわかんないじゃん、一応とめたけどさ」
「それで警察沙汰になったのか」
「いやそれは別。テニサーでハーブやってる馬鹿がいて、内部告発喰らったらしい」
 満井さんがワインをまたあける。もう四本目。夏休み前の飲み会では満井さんは日本酒を飲み過ぎて記憶を失ったから、今日はセーブしている。
「テニサーの女とはヤリたくないよね。まんこ臭そう」と満井さんが言う。
「あの女部長のカンジタが文化系サークルに圧力かけて、俺らこんな倉庫に追いやられてるけど、あいつらテニスしねーんだから、コート潰して仮設住宅でもいいから作ってくれりゃいいのにな。満井あのカンジタと昔喋ってたじゃん」
「あれはモンちゃんと一緒にサークルに誘われただけだよ。こっちは彼女いるし断ったけど」
「モンちゃん、テニサーの二留とヤってケジラミかなんかうつされたんだろ。彼女にふられたって」
「うわーマジか。やっぱあそこの女が学校で一番ヤバイって」
「沖田は彼女とどうよ」
 話を振られた沖田は両手をあげて、こう言う。
「めでたいことに、別れました。晴れて自由の身です」
「やっぱ浮気されてたの?」と満井さん。
「証拠掴みましたからね。携帯のメールのやりとり」
「うわ、携帯みたのか」
「それしかしっぽ掴みようがなかったんですよ。向こうは社会人だし、どこほっつき歩いてるか検討もつかないんで。でも、俺はメールのやりとり見て、待ち合わせ場所を特定したから、300ミリ差して現場で会ってるとこおさえましたからね」
「すげーな、普通そこまでする?」
「飯係とかコケにされて普通じゃ済まさないですよ。まあこれで俺も独り身になったんで、これから遊びまくりますよ」
「いいねー、誰かつかまえた?」と斉藤さん。
「いや、いまんところ、ちょくちょくやりとりする程度の子が何人かいますけど」
「読モの子は?」
「あの子は忙しくて、時間あわないんですよ」
「沖田っていままで何人くらいとヤったの?」
「えー俺は自慢できる数ないんで…。斉藤さんは何人すか?」
 斉藤さんは天井を見上げながら、指折り数え始める。セックスした人数は二十人を超えたあたりからだんだんわからなくなってくるから、ぼくは中三で三十人を超えたときにノートに名前と学年を書くようにした。いまの正確な人数はレイナで百七人で、正直それが多いのか少ないのかよくわからないし、数の自慢にあまり意味はないとおもいます。
「ちょっといつまで数えてんすか」と沖田。
「あーまったちょっとわかんなくなった…。満井は七人だよな」
「俺は久美子一筋だからね」と満井さん。
「もし女に経験人数聞かれたらさ、こう答えるのが正解だぜ。きみは何人? で、女が経験二人以上七人以下なら、俺より一人多いね、って言う。八人以上なら、なんと答えてもいいよ」
「なんでですか?」と沖田。
「意外と真面目な自分を演出して、女の子にサービスさせるんだよ。七人以下って言ったけど、自分が許せる範囲内でいいよ。ちょっと無理な人数とかだと、あーそんなもんなんだフーン、ぐらいの薄い反応して気を持たせない方がいいぜ。どんな病気持ってっかわかんねえし」
「なるほどためになります」
「俺必ずイラマ経験あるか聞くんだよ。結構あれ病気うつるらしいから危険だよ。そういう子とでも妥協しなきゃいけないときは、もうフェラからゴムつけるね。で、沖田は何人?」
「あー、ぶっちゃけ…、まあ玄人さん含めて二人っすかね」
「玄人含めちゃだめだろ」
「斉藤さんは結局何人なんすか?」
「五十人足らずじゃね。ぶっちゃけ中学の頃とかナンパするより一人でチンコ弄る方が忙しかったから」
「斉藤さん、瑠偉にも聞いてくださいよ」
 沖田が無茶振りする。斉藤さんと満井さんが手を振る。首も横に振る。
「やめとけ、自信なくすぜ」と満井さん。
「瑠偉はあれだぜ、jsハンターだぜ」と斉藤さん。
 どこからそんな情報が漏れたかわからなくて、ぼくは冷や汗をかく。ビールをぐびぐび飲む。
「マジですか、それはちょっと今後のつきあい方、考えさせて貰うなー」と沖田。
「瑠偉のハンティングは全く参考にならないから、聞かない方がいいね。それよか沖田はアキバ系の女狙った方がいいんじゃね? 話あわせられるだろ」
「まーそーですけど、俺オタクじゃないっすからね、見た目で判断しないでくださいよ」
 高校のIT部でアニメやゲームの話題で盛り上がり、ツイッターで買ったばかりの萌グッズを見せびらかす男がオタクを否定する。先週はとうとうフィギュアに手を出したばかりなのです。ぼくも斉藤さんも満井さんもそのことを知っているけれど、知らないふりをする。
「正直、いままで俺女遊びとかしなかったからなー」
「今からでもやったらいいじゃん。彼女と別れたんだし」と斉藤さん。
「いや、どっちかっていうと今結構傷心なんで、できれば新しい彼女が欲しいです」
「いくつぐらいの子がいい?」と満井さん。
「同い年か、年下がいいっすねー」
「年下なら瑠偉にコツを聞けよ」
「いや、俺は流石にjsはちょっと…」
 一緒に街撮りしてるとき中判カメラをこっそり小学生に向けるくせにこの言い草。ぼくは呆れて会話には加わらない。斉藤さんと満井さんは、彼の内情を知った上で様々な探りを入れる。沖田は二人の会話についていくのに必死で見るに堪えない。この二人は黙ってるぼくより残虐だ。
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