R18恋愛官能小説 青山倉庫

ガマガエルと鶴の群れ

第6話「街撮り」


 都内の下町。
 ぼくは銀座やお台場、池袋、目黒なんかのちょっと雑然とした景色を一人で撮りに行くことが好きですが、今日は沖田と一緒に撮影に出かけました。
『あいつパートナーいないと一人じゃ何も撮らないから連れてってあげて』
 という斉藤さんたっての願いで、しかたなくそうしたのですが、その日の沖田は遅刻せずに待ち合わせ場所に来ていました。沖田はどうせ遅れるだろうと見越して十分遅れで到着したのですが、申し訳ないどころかいつも待たされている気分をもっと味わってもらいたいくらいです。
「結構、人多いね」と沖田が言う。
「谷中は商店街だからね」
「ほんと邪魔だわ、半分くらい死んでいいわ」
 ぼくは谷根千の初心者コースを歩く予定でしたが、沖田は歩くのが速いから、このまま神田方面まで歩いても時間が余りそうです。このあたりは写真を撮る人がとても多い。沖田が階段の上で立ち止まる。
「猫いねーな」と沖田。
「だんだんの猫はいつもいるわけじゃないよ」
「昼どうする?」
「途中で食べよう」
「じゃあ俺奢るよ」
 先日のチャットで沖田が礼に逸する会話をした後、ぼくが無言でログアウトしたから、沖田は斉藤さんに「他人を批評できる腕前かよ」と突っ込まれたらしく、気を遣っている。ぼくはセックスするためにパソコンを閉じただけで、沖田の大言壮語に関心などありません。
 階段の下でしゃがんで会話してる女性二人をみつける、足元に犬、初春の晴天はEV12だけどやや日陰で10、距離3メートル、絞りを2.8に、シャッター速度を125、歩きながら構えて無心でシャッターを切る、チャ、という静かなシャッター音。フィルムを巻きあげながら次の目標を探す。
 バシャッ!
 背後で大きなシャッター音が響く。沖田がぼくが撮った二人を撮影して、女性の一人が沖田を睨む。ぼくは沖田とは関係ないふりをして、商店街の入り口から通りを撮影する。すぐ脇で沖田がまたシャッターを切る。バシャバシャと何度も切る。
「沖田くん、真似撮りやめなよ」
「え?」
「ぼくが撮ったあとに同じ画を撮ること」
「そんなつもりないけど」
 サークルで撮影にいくと、沖田はこうやって他人と同じポイントから写真を撮る。街撮りでは一番意地汚い撮り方なのですが、本人には全く自覚がありません。そういうとき、ぼくは撮ることを中断してしまう。レンズを片手で覆い、商店街を進む。沖田もついてくる。まだ撮るものは膨大にあるのに、ぼくが撮らないと彼はカメラ構えることすらできない。ツイッターの一件以来、彼の悪いところばかり目についてしまう。
 商店街を抜けると、しばらく撮るものはないのですが、痺れを切らした沖田がカメラを構えてよくわからないところにレンズを向ける。
 カッチャン。
 ブレブレの低速シャッター音。ぼくは沖田の持つN7000の液晶を覗き込む。
「こんな暗いところでF5.6? もうちょっと開放しないとシャッター速度稼げないよ」
「ああ、こういうときは…」
 そう言ってISO感度を上げる。撮り直す。バックパネルをみせる。道路。被写体がなんなのかわからない。ただの道路です。
「フィルムじゃないんで、こういうことも出来るんだよ」
 N700を持ってるからしってるし、フィルムはオーバー七段アンダー三段のラティテュードがあって露出はルーズなんだけど、これ以上言うと喧嘩になりそうだから黙る。話題を変える。
「ぼくは5メートルをF2.2中心に撮ってるよ」
「絞り?」
 そう教えると素直に絞りを開放する。ISOを戻し忘れているけど、めんどくさいから教えない。5メートルより近づけば更に絞って、離れれば開放する。10メートルを超えると逆に絞るという自分なりのセオリーがありますが、それを他人に押しつけるのは忍びないので口を噤む。それに2.2は嘘だ。沖田に教えてもおそらく覚えないし、試行錯誤もしない。安易に答えだけを欲しがります。絞り優先で撮るデジカメユーザはいろいろと雑です。セックスとか下手そう。

 黒欄亭という上野の洋食屋で昼食。
 伊豆や川崎の撮影で沖田に食べるところを任せていたら、二千五百円も取られて腹の満たされないシチューや、三千五百円のカツ定食、量ばかり多い豆腐尽くし、辛いだけの中華店などを紹介され、悉く失敗していたから今日はぼくがお店を選びました。
「うまっ、これうまっ」
 目の前でクチャクチャ音を立てながら食べるこの小男がいなければ最高の環境なのですが、いまは耐えるしかありません。
「沖田くん、ここ禁煙だからね」
「大丈夫っすよ、吸わないよ」
 テーブルに煙草を置いたまま食べる。ときどきこぼす。
 同じ高校で同じ部活に入っていたぼくらは今更改めて話す話題がない。二人きりだと間が持たない。
「今日の撮影でページ作る?」とぼくが聞く。
「んー、現像してみてからかな」
「作るなら、ぼくはあげないよ」
「瑠偉くん、あんま撮ってないでしょ」
「ぼくは何度も来てるから、このへんの写真はいっぱいあるよ」
「じゃあ任せるわ」
 そう言って、沖田は店員を呼び止める。単品でもう一品追加する。先月、チャットで「まじで本気でダイエットするわ」と威勢の良いこと言っていたのに、近頃更に醜く膨らんで、汗ばかりかいている。
 沖田は食べながらスマホを弄り始める。二人きりでもその調子。沖田はぼくたちがツイッターの個人アカウントの存在に気づいていることを識りません。いまも何かをツイートしていますが、ぼくは最低限の礼儀としてスマホは触らない。店員さんにお水を貰う。フィルムの枚数を確認する。窓の外を見る。今の時間からどこかに向かうのは難しい。公園を一回りして帰ろうと考えていると、はす向かいに座った制服姿の女子高生二人と目が合う。さっきからこちらをみています。おもわず、子供みたいに微笑み返す。一人が笑う。もう一人が席を立って、歩み寄る。
「姫百合の写真部さんですか?」とその女子高生は聞く。
「そうだよ」
「あたしたち紫蘭高校の写真部なんです」
「おー、エスカレータ」
「ちっがいますよ」
 ぼくは空いてる席を勧める。女子高生が座る。
「今日は部活?」
「はい」
「名前なんていうの?」
「えと…御坂瑠璃」
「ルリちゃん、奇遇だね、ぼくは瑠偉っていいます。あの子は?」
「吾妻奈美です」
「紫蘭の写真部員って何人くらいいるの?」
「多いですよ、あたしたち含めて十八人」
「すごいね、今度合同で撮影やろうよ」
「いいですよ」
 ぼくは財布から名刺を二枚取り出して、ルリに渡す。その場でメールして貰う。ルリのメアドを登録して、顔アイコン用に一枚ルリを撮る。ルリは高千穂製作所のOM-2でぼくを撮る。めちゃくちゃ渋いクラシックカメラ。
「部長と相談して、撮影会やるね。土日とかでもいい?」とぼくは聞く。
「いいですよ、土日の方が都合がいいかも。平日は現像作業とかで遅くなるから」
「じゃあ、今日帰ったら連絡するね」
「はい、お願いします」
 そう言ってルリは立ち上がって一礼、席に戻る。ぼくは大人しそうなナミにも手を振る。恥ずかしそうに手を振り返す。ぼくとルリとナミは沖田がそこに居ないかのように振る舞う。どのみち彼はスマホでネットの向こうとの会話に夢中だ。
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