R18恋愛官能小説 青山倉庫

ガマガエルと鶴の群れ

第3話「カメラショー」


 二月初旬。
 智蘭メンバーは横浜で開催されるカメラの展示会に集まりました。
 集合場所に行くと、スーツにコート姿の斉藤さんとダウンを着た満井さんが待っていて、おつかれーと挨拶する。
「おはようございます。寒いですね」
「瑠偉くん、今日もオシャレだね。鞄買い換えたの?」と斉藤さん。
「はい、アウトレットで」
 ぼくはカンバス地のショルダーバッグを開けてみせる。小さいけど収納が多いバッグで、普段愛用している街撮り用のオスカーM4は初めから肩にぶら下げる。鞄の中はフィルムだけ。デルタ100とトライXで万全。
「瑠偉くん、ちょいちょい鞄と靴新調するよね。どこで買ってるの?」と満井さん。
「アウトレットかマルイか、ネットですよ」
「あーネットで買うんだ」
「ショッピング楽しむ暇あったら写真撮りにいきますよ」
「いいねー、いい心がけだねー」
 ぼくは街撮りが多いから、街の風景に溶け込むような服を選びます。パンク系のシルエットが綺麗なシンプルな服装が好きで、カジュアルなネクタイシャツを着ることが多くて、あまり高くないブランドバッグをアウトレットで買って、一番お金をかけるのは靴くらい。服装のせいで余計に歳より下にみられてしまうけど、町中で写真を撮るのに不都合はありません。
「おはようございます、遅れてすいません」
 カオリンが駆けてくる。ダウンのフードを被ったまま、もこもこのマフラーを巻いている。汗をかいて、傍らで立ち止まると良い匂いがする。富士のミラーレスをかけるストラップはエスニック柄。智蘭メンバーはみんなそれぞれ気に入ったストラップに変えています。一人を除いて。
 斉藤さんのスマホが鳴る。出る。スピーカにする。沖田祐二の名前が表示される。
「はいもしもし、沖田くんおはよう」と斉藤さん。
「…………」
「どした、いま起きた?」
「や、あ、すいません。フハハハ、いま向かっています」
 スピーカから流れる音声にノイズと足音が混じる。
「いまどこ?」
「駅…の、改札出たところです」
「大丈夫?」
「あーはい、すいません、へへへへ。あー、みんな集まってます?」
「みんな来てるよー」
「へへへへ、すいません、先に」
「なに?」
「先に入って…………先いってください」
「じゃあ適当にブース回ってるから、ついたら連絡ちょうだい」
 斉藤さんは返事を待たずに通話を終了する。満井が溜息をついて「あいつ一番家近いのになにヘラヘラしてんだよ」とぼやく。ぼくらは印刷した事前登録のQRコードを用意して、受付を通過する。平日なのに想像以上に人が多い。
「中入ったら自由だから、好きなところ見て回って。二時間後に写真甲子園のところに集合」
 斉藤さんが言う。ぼくたちは手を振り、バラバラに会場に散っていく。

 ぼくは最初に大日本光学のブースを覗くけど、N800の廉価版以外にみるものがない。パンフレットを配っているお姉さんを撮る。機関銃のようなデジタル一眼を抱えた中で、一人だけオスカーのフィルムレンジファインダーを持っている場違いなじぶんに気づく。室内を見越して400を入れておいたけれど、それでもこの明るさではF2.5で1/60のシャッター速度が限界。ネガはオーバーに強いけどアンダーに弱い。自分で現像するから増感できるけど、冬場は時間がかかるしめんどくさい。
 旭光学のブースには、モビルスーツみたいなデザインのK50を持ったコンパニオンが並んでいて、その前を通過すると、プロ向けのコーナーに中判デジタルバックが置かれているのに気づく。手にとって会場を撮影する。パシャン、という大きなミラー音が響いて、バックパネルにプレビューが表示されるまで十秒弱かかる。
「四千万画素のCCDでもこのもっさり感はどうなんだろうね」
 急に背後から声をかけられて驚く。振り返ると鼻息の荒い沖田が立っている。
「っかれーっす、斉藤さんは?」
「しらない、会場内は自由行動だよ」
「フーン」
「沖田くん、着いてから斉藤さんに連絡した?」
「してないや、ちょっとメールする」
 スマホを弄り始める。会場内は暑いけど、沖田はつんつるてんのPコートを脱いでいて、ぱつぱつのチェックシャツとニットにもっとパッツパツのジーンズ、ナイロンのカメラリュックにみっちり機材を詰め込んで背負い、大日本光学純正ペラペラストラップにN7000をぶら下げます。最悪、とまでは言えないけれど微妙な格好で街に出てくるのが沖田という男です。観光地までなら大丈夫だけど、ちょっとお洒落な通りに入ると浮いちゃうシルエット。
「あー二時間後に集合か。写真甲子園って高校生のやつかな?」
 沖田がひとりごとのように言うから答えない。ぼくは旭光学のブースから出る。沖田がパンフレットを貰って紙袋に入れる。ついてくる。
「なんか見たい物ある?」とぼくが聞く。
「うーん、一応リノの脚と、高千穂製作所の新型かな」
「会津技研は?」
「あーあの化け物コンデジ?」
「レンズもあるよ」
「レンズはちょっとなぁ…、あそこの奴って写りはいいけどフードとかちゃっちいでしょ」
「その分安いんだけどね」
 沖田は単焦点レンズをたくさん持っている。銀座や中野の中古店に捨て値で並ぶ難ありオールドレンズを買っては失敗しています。そのうちの一本、マニュアルの35ミリを今日はつけている。
「この35ミリとか八千円だからね、安いってのはこれくらいじゃないと」
「えー、オールドレンズでしょ」
「オールドレンズには独特な味があるんだよ」
「斜めの光拾ってフレアとかフリンジになるだけじゃん、フィルムじゃないと味とかあんまり意味なくない?」
「いやいや、今のセンサーはそこらへん大丈夫になってる」
「大日本光学のセンサーって千代田光学じゃないの? 自社では作ってないよね?」
 こんな調子で、ぼくと沖田のカメラ談義は決して折り合わず、終始平行線。ぼくたちはとりあえずリノの三脚を観に行く。沖田は国産のシルク三脚、それも一番安いモデルしか持っていなくて、N7000にズームレンズをつけると不安定になる。ぼくは三脚なんかで迷いたくなかったから、ギッツォの2系に純正雲台を載せたもの。十五キロの耐荷重があるから大口径望遠でも耐えられるけど、そんな太いカーボン脚に比較的コンパクトなI3を載せるとすこしバランスが悪い。
「これこれ、瑠偉くんちょっとこれすげよ」
 沖田がリノのビデオ雲台を弄りながら言う。
「あー、ビデオ雲台。感触いいよね。動画撮るの?」
「そのうち撮りたいかなーって思ってるんだけど」
「なに撮るの?」
「考え中……。鳥とか撮りたいかな」
「鳥は機材が高くつくよ」
「そうなんだよね。ガチでやるなら望遠が欲しいけどね」
 沖田はまたパンフレットをわしづかみにして紙袋に入れる。余分に取ったパンフレットを差し出して「いる?」と聞くから「いらない」と答える。ブースで貰えるお土産物は一般公開初日に捌けてパンフレットしか残っていない。
 通路の片隅に座って、沖田がレンズを交換するのを待つ。リュックから覗く大量のアクセサリ類。
「CPL持って来たけど使うところないね。会場暗いし」
「イェーナブースは今年もガラスケースだから、そこで使えるんじゃない?」
「ブラウンシュヴァイクのハイスピードレンズが欲しいんだよね」
「Mマウントだよ」
「あーそうだっけ」
「Fマウントはイェーナだけだよ。肝心のオスカーはフォトキナにしか出展しないけどね」
 カメラ機材のことを識らないひとに聞かせたら謎の言葉の羅列。沖田は有楽町で買った85ミリに付け替える。オートフォーカスのモーター音がうるさいやつだ。APS-CのN7000に付けたらフルサイズ換算127ミリ強、ちょっとした望遠レンズになる。バッテリーとSDカードを交換する。大きなリュックになんでもかんでも突っ込んで持ってくる。ぼくはフィルムしか持たない。単焦点を使うアマチュアなのに撮影先でレンズ交換するような大袈裟なことはしたくない。
 ぼくは沖田が見たいというフィールドスコープや、会津技研のサブマリンレンズを見て回り、写真講座に参加して写真家の説明を聞く。沖田がウトウトし始めたのを見計らってそっと席を離れる。
 一度会場を出る。小さなコンビニでジュースを買う。遊歩道に登ると、制服を着た女子中学生三人が三味線を弾いている珍しい光景。ぼくは正面ではなく、傍らにしゃがむ。演奏が終わって、声をかける。
「部活ですか?」
「はい」
「三味線部なの?」
「そうです。今年できたんですよ」
「めずらしいね、どこ中?」
「紫蘭中学です」
「あー、エリートエスカレータだ」
「違いますよ」と笑う。
「ぼく姫百合の写真部だけど、何枚か撮ってもいいかな?」
「いいですよ」
 カメラに目を落として絞りを開放、シャッター速度を500にして、測距を2メートル弱に。構えて微調整、シャッターを切ると、オスカー特有の「チッ」という世にも不思議な微音が響く。何枚か撮る。正面に移動して、三味線を構えて貰う。名前なんていうの? こっちがハナとミヤです、あたしはカスミ、と三つ編みの眼鏡少女が言う。ぼくは一条瑠偉です、現像したら写真送りたいからここに連絡して、とぼくはサークル用に作った名刺を渡す。メアドとQRコードがついている。
 そうこうしているうちにスマホのアラームが鳴るから、慌てて待ち合わせの写真甲子園エリアへ急ぐ。

 サークルメンバーで集合してから駅まで歩いて食事。ぼくは担々麺を頼んで、あまりの辛さに水ばかり飲む。
「カオリンなんかいいカメラありました?」と沖田が聞く。
「うーん、なんか富士のはプロワンからそんなに変わってないんですよね。フルサイズが出るの待ちます」
「じゃあいっそ大日本光学のフルサイズ買っちゃおうよ」
「えー、あたしゴツイのやだー」
 カオリンと沖田は小サイズのセンサーを搭載したカメラを使っているので、フルサイズという大サイズセンサーのカメラに憧れています。開放撮影でなければほとんど違いはないのですが。
「そういえば瑠偉くん、チャットは?」と斉藤さん。
「あっ、作ったけどお知らせ忘れてましたね。ちょっといま送ります」
 そう言って、ぼくはスマホでマニュアルを一斉配信する。アプリも使えるチャットサービスで、三人以上でのボイスチャットやビデオチャットにも対応しているから便利。ファイルのやりとりもできます。
「沖田くん、それ何が入ってるの?」と満井さんが沖田の巨大リュックを指さす。
「交換レンズが四本と、バッテリーくらいですよ。ああ、あとフィルターが何枚かと、カメラ用の雨具とか」
「それ全部は使わないんじゃない?」
「満井さんはズーム使ってますけど、俺単焦点なんで」
「短小? それはしってるけど、機材で見栄張らなくても」
「いや、短小じゃないから」
「俺の股間ズームは120-300くらいで平常時から中望遠クラスだけどお前」
「満井さんそれちょっと盛り過ぎじゃないすか」
「川口の泡風呂で出禁になったエビフライクラスの奴には負けるかもしれんけど」
「それは侮辱っすよ。会津技研に失礼です」
 斉藤さんが笑ってる。ぼくはチャット用のアプリを機動して確認する。カオリンがログインしてくる。ふ、り、っ、く、に、ゆ、り、よ、く、変換、で、も、ら、く、だ、よ、変換。
『なんかエロバナ始まったね』とカオリンが打つ。

 瑠偉:こういうの苦手?
 カオリン:ううん、LINEも使ってるし
 瑠偉:いや、エロバナ
 カオリン:あー、別に平気
 瑠偉:満井さんメンズの飲みでは暴走するからね
 カオリン:LINE使わないの?
 瑠偉:アカウント作らないといけないし
 瑠偉:斉藤さんがネイバーだいっきらい
 カオリン:ネイバー?
 瑠偉:LINE作ってる下朝鮮企業
 カオリン:あー
 カオリン:コリア系なんだ
 カオリン:そういえばさっきね
 カオリン:外出たときに沖田くんみたんだけど
 瑠偉:うん
 カオリン:臨港パークで写真取り合ってる女の人二人組に
 カオリン:撮ってあげましょうかって
 カオリン:声かけてた
 瑠偉:うん
 カオリン:そしたらその二人組
 カオリン:すごい目つきでにらんで
 カオリン:いえ、結構です!
 カオリン:って去っていった
 瑠偉:www
 瑠偉:ナンパしたつもりなのかな?
 カオリン:あたしも正直
 『沖田』がログインしました。
 沖田:おっつ~
 『カオリン』がログアウトしました。
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