R18恋愛官能小説 青山倉庫

ガマガエルと鶴の群れ

第1話「写サー」

 元旦の初日の出。朝陽がのぼると、三脚をたてた斉藤さんが立ち上がって言う。
「でたぞーお前ら、絞っていこうぜー」
 ぼくは大日本光学のI3を載せた三脚の前で寒さに震えながらF値を11まで絞り込み、レリーズシャッターを切る。すぐ隣で沖田が同じタイミングでシャッターを切る。何枚も切る。沖田はN7000をシルクの貧弱な脚で支えていて、デジタル一眼だから連続でシャッターを切ることが出来る。ぼくのI3は八〇年製のフィルムカメラで、モータードライブは持っていない。
「瑠偉くん、単発でいいの? フィルムは大変だよね」
 沖田が言う。それを言うためにぼくの隣に並んでいる。サークルリーダーの斉藤さんは展望台で、満井さんは下のベンチで、カオリンは三脚を持っていないから歩道の手摺にミラーレスカメラを置いて写真を撮る。
 姫百合大学写真サークル『智蘭』は男子四人、女子一人の小さなグループです。
 大学に入って初日に写真系のサークルを探したらこの智蘭しか無くて、それもメンバーを募ってサークルを作りましょうという段階でした。大学の公式サークルとして認められるには最低でも五人の人数が必要ですが、ぼくが入っても四人しか集まらず、困っていたところに、高校時代の知り合いだった沖田が鳴り物入りで入ってきた。ほんとうは沖田と同じサークルに入ることは避けたかった。それ以上に、沖田と関わることは避けたかったのですが、斉藤さんはぼくと沖田が高校で同じIT部に居て、沖田がカメラオタクだと知っていたから、頭数を揃えるためだけに誘ったのです。
 太陽が地平線から登り切る前にぼくは十枚ほどシャッターを切る。沖田は五十枚くらい撮っている。斉藤さんがカオリンを連れて駆けてくる。
「寒いからロッジに戻るぜ」と斉藤さんが言う。
 ぼくたちは三脚を片付けて、雪の残る斜面を駆け下りる。庭に面したバルコニーからロッジへ戻る。先に戻っていた満井さんが珈琲を淹れてくれる。
「瑠偉くんお疲れ。フィルムで逆光大丈夫だった? フレア出ない?」と満井さんが聞く。
「大丈夫じゃないですかね、あんまり太陽直接撮らないからわかんないですけど…」
「オールドレンズだっけ?」
「いや、一応コーティングレンズです」
「今時のレンズなら大丈夫だと思うけどなぁ」
「フードつけて絞ってますけど、流石に太陽撮ってますからね。現像してみないことにはわからないです」
 コンビニで買った弁当を電子レンジで温める。ぼくの向かいに沖田が座る。その隣に満井さんが座って、ぼくの隣にカオリンが座って、上座に斉藤さんが座る。
「春になったら新入生入るから、メンバー増やさないといつまで経っても部室が貰えないよなー」
 斉藤さんが言う。
 サークルリーダーの斉藤輝之は三回生で、もともと姫百合大学にあった旧写真サークルに所属していたのですが、内部で男女のもめ事があってバラバラになり、サークルは消滅しました。斉藤さんは新しいメンバーでサークルを復活させたのですが、過去の写真サークルとおなじように「出会い系写サー」と思われて、なかなか人が集まりません。入部希望者は多いのですが、コンデジやスマートフォンしか持ってないカジュアルな人はお断りします。
 斉藤さんは背が高くて洗練された都会人に見えて、イケメンだから女子部員を集められそうなのに「写真を真剣に撮る気のない女ども集めてまたモメるのやだよ」と取り合ってくれません。チャラい見た目と裏腹に大日本光学のフラグシップ機であるN4にF値が2.8の24-70という大口径ズームを愛用するガチな人で、写真の神様は人を撮るためにカメラをお与えになった、と嘯いて憚らず、スタジオでポートレート撮影することが多い人です。そんな人が年明けの山岳撮影を提案したことは不思議なことですが。
「だから斉藤が脱げばいいんだよ、なんなら俺と瑠偉くんの絡みでもいいよ」
 満井さんが言う。
「そっか、じゃあ俺ら全員で脱ぐか!」と斉藤さん。
 カオリンがやだーと言って嗤う。窓のつららが落ちる音が響く。
 満井卓は五分刈り頭のヤンキーですが、旅行が大好きな人で、ほんとうは斉藤さんと同じ三回生のはずなのに、どうも留年したようです。学校にいかずに海外ばかり行ってるせいだとおもわれます。意外かもしれませんが、サークルでは誰がどの学部学科で誰のゼミだとかそういう細かいことを識りません。ゼミの友達と、サークルの友達は全然別のグループになるのです。彼は精機工学の5Jのバージョン3を使っていますから、ぼくら大日本光学ユーザとはレンズの貸し借りができません。
 沖田がスマホをぼくに向ける。いま珈琲を飲んでいたところが写っている。
「え? なに?」
「シャッター音を一回だけオフにする裏技。瑠偉くんしってる?」
「いや、しらないけど…」
「猫とか撮るとき便利だよ。猫はシャッター音にびびって逃げちゃうことがあるからね」
「あー、そうなの? いや、そうかなぁ…」
 沖田はサラダスパゲティをずるずる啜る。口を半開きでくちゃくちゃ音を立てる。一人だけ弁当を二つ並べて、傍らに煙草を置く。サークルで煙草を吸うのは沖田だけだから、ロッジではバルコニーに出て吸っている。
「俺、猫にだけは嫌われたことがないんだよね」と沖田が言う。
「結構、猫写真いっぱい撮るよね」
「猫の方から寄ってくるからね。まあ俺も猫好きですしおすし」
「あれ、沖田くんは猫飼ってたんだっけ?」
「いや、去年飼おうって計画したけど、家族の大反対にあってしまった」
「むかし飼ってた?」
「ううん、犬は飼ってたけど」
「飼ったことないのに猫好きなの?」
「悪いかー」
 食べながら話すから食べてるものをボロボロこぼす。
 沖田祐二はぼくとおなじ高校出身で、おなじ部活に入って知り合って以来なぜかつきまとわれています。同い年ですが沖田くんは異様に老け顔で、逆にぼくはまだ中学生くらいに見られがちだから、余計にその貫禄が際だつ。天然パーマの頭に顎髭を生やし、眼鏡をかけたちょっと小太りのオジサン。つきあいは長いのに、ぼくはこのオジサンのコトをほとんどしりません。
「そういや斉藤さん就活は大丈夫なんですか?」とカオリンが聞く。
「俺、実家の写真屋継ぐもん」
「えーっ、やってけるんですか?」
「一応、顧客結構抱えてるからね。儲からないけど辞めるわけにもいかないからさ。でもこれからの時代、写真屋なんて先細りだよね。はったりかましてゴミみたいな写真をアート作品と言い張らないと喰っていけないでしょ」
 菅本かおりは一回生で、ぼくと同じゼミにいて、富士写真社のミラーレス機を愛用しています。背がちっちゃくて可愛いくて清楚だから、男子生徒にモテるけど、ゼミの飲み会にはあまり参加せず、サークルの撮影会には必ず顔を出す変わった子です。
「斉藤さん、部室は無くても、せめてサークル用のチャット用意しませんか?」
 ぼくが提案する。
「あーいいね、ファイルのやりとりできると尚いいね」
「やりとりはドロップボックスとかでいいんじゃないですか」
「じゃあ、チャットお願い。グループ名は智蘭でよろしく」
「メンバー制にしときますよ」
 そう言ってスマホを開くけど、残念ながら圏外。
 ぼくは一条瑠偉といいます。
 この写真サークルでは唯一フィルムカメラを使っています。高校時代に写真部に所属したことがあり、そこでフィルムの扱いと現像技術を覚えました。フルサイズのデジタル一眼も持っていますが、サークルの撮影旅行に持ってくることはありません。
「陽が昇ってきたら、雪景色撮っておくか」と斉藤さんが言う。
「全然ひといないっすね。景色撮るしかないかー」と満井さん。
「駅まで時間かかるし、初日の出グループが来る前に帰るから急ぐぜ」
 そう言われてぼくらは急いで食事を済ませる。フィルムを交換する。35ミリの単焦点からズームレンズに差し替える。構えてファインダーを覗き、カオリンに焦点を合わせると、カオリンがピースする。
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