R18恋愛官能小説 青山倉庫

太陽ノ樹

第31話「セルフ改竄」

 電話が来たのは午前零時半。
 ぼくはまだ乱交の真っ最中で、海野先生と留美子に連れ出され、先生の車に乗って病院へ。シャワーを浴びる暇もなくて、蒸しタオルで拭いただけだから、車の中が精液と愛液の匂いで充満する。両脇に留美子と由香が乗って付き添ってくれる。
「お姉ちゃんの病院に行こう」
 海野先生に伝えられた言葉はそれだけだったから、なにか大変なことが起きたような雰囲気はなくて、車の中でもぼくは全然落ち着けなくて、由香と留美子にフェラチオしてもらう。海野先生はなにも言わない。いままで生きてきた短い人生でもっとも壮絶な快楽を体験して、いまも激しい余韻に身を焦がし、由香と留美子に愛撫されていないと身体が沸騰しそう。
 しあわせ?
 休み無く延々と愛撫され、百三十六人中、百四人がぼくを跨いで、午後十一時を回る頃にはあの空間に処女はひとりもいなくて、ぼくはただ仰向けになって、血と精液と愛液の匂いを嗅ぎながらちゃぷちゃぷと揺れていて、瞬間的な失神をなんども繰り返し、飲んだ分だけ精液を噴射して、性的な快楽に対してあまりに饒舌な少女たちの肉体はいつまで経っても甘さが消えることなく悩ましくぼくを責め続け、それなのに、ぼくはチットモしあわせでなく、尽きることのない肉欲に包まれていながら、底の見えない穴に落ちていくような恐怖と戦慄きに身体を震わせていました。
 すべての少女がぼくの身体を貪り、ぼくは少女の身体を貪り、ぼくの心に触れるひとはひとりもいなくて、だれもぼくなんか愛していないし、少女たちが愛しているのはぼくの身体であって、だれもぼくを顧みることはないし、快楽が長く続くほどに淋しさが増して増して涙を流しても、だれも気づいてくれません。
 びゅううっ、ぶじゅううっ、ぴじゅううっ。
 新鮮な精液が留美子の口腔を充たし、溢れた精液を由香の舌と唇が掬い、二人ともじゅるじゅるちゅるちゅる、お行儀の悪い音を立てて啜ります。
「遅いのに、みんな帰らなくて、いいの?」
 ぼくが訊く。由香が口を離して答える。
「ウチら、寮だもん。ショーの日は会場に泊まっていいことになってるの」
「そうなん…んふぁ…」
 ぐちゃこっ、ぬちゅこっ、ぐちゃこっ、ぶちゃこっ。
 留美子が顎をおおきく開いて、舌の根元と扁桃腺でぼくを激しくマッサージする。全身全霊できもちよくしてくれているのに、しあわせでないなんて、ぼくはなんて贅沢なんだろう。だけど、なにかが足りないのです。あるいは、溢れてしまったのかもしれません。
 車が林道にさしかかり、暗闇の尾根に病院の直線的なシルエットが浮かんでいるのを車窓から眺める。ぼくたちは会話もなく、車に揺られながら、濡れた愛撫の音を聴き、病院の直前で留美子の喉にもういちど射精して、射精の最中から留美子の喉が蠕動して、ぼくの精液を出た先から飲み込んでゆく。

 車が玄関先で停まると、いつもの看護婦さんが駆けてくる。助手席の窓をノックする。海野先生が窓を開ける。
「先生、杏樹ちゃん、上にあがっちゃって…」
 泣きそうな声で訴える。ぼくはあたふたしながら勃起したおちんちんをシャツに納めて、制服を正す。その場で先生は車から降りる。ぼくたちも降りる。看護婦さんの後を追って小走りでエレベータに。屋上のボタンを押す。閉じるを連打する。
「お姉ちゃん、どうしたんですか?」
 ぼくが訊くと、看護婦さんは泣きそうな顔で言います。
「ごめんね…。お姉ちゃん、高熱が出て、記憶障害が進行したから、まだ自分の名前を覚えているうちに、家族の方を呼ぼうとしたのだけど。お父さんもお母さんもまだみえなくて」
 沈黙。エレベータが屋上に到着。エレベータを出る。開けはなった防火扉を出て、屋上の広い空間へ。懐中電灯を持った看護婦さんが二人、一人はうずくまって泣いていて、一人は手摺に向かって棒立ち。
 その手摺の向こう側に、お姉ちゃんがこちらを向いて立っている。
「莉音、電話、ありがとう。あたし、すぐに莉音だって、わかった!」
「お姉ちゃん! なにしてるの?」
「みて、綺麗な星」
 お姉ちゃんが空を指さして、その場でくるりと回転する。みているぼくの全身から汗が噴き出す。踏み出す。
「来ちゃダメ!」
 立ち止まる。ぼくはお姉ちゃんに向かって、喉をからからにして叫ぶ。
「やめて、お姉ちゃん! ぼくが悪かったから、ぼく、もう、こういうこと、しないから」
 アハハハハハ、白目を剥いてお姉ちゃんが嗤う。留美子が隣でへたりこむ。由香はすすり泣く。
「莉音、ごめんね、あなたがそんなふうになってしまったのも、全部あたしのせい。あなたは、なにもわるくないわ。ぜんぶ、あたしがわるいの」
「なにを言っているの? お姉ちゃんは何も悪くない!」
 夜風が吹き抜け、お姉ちゃんの患者衣を巻きあげ、白い裸体が露わになる。美しく、朧気で、儚い肢体は時がとまったように絶壁の縁につま先立つ。
「莉音、あなたは、あたしがおかしくなったって、頭が狂ってしまったって、おもっているのね。それは違うわ。おかしくなったのは、あなたのほう、あなたたちのほう、あなたがた、みんな、おかしいわ。あたしだけ正常なまま、苦しめられるなんて、重すぎる罰だわ」
「お姉ちゃん……」
「莉音、あたし、あなたのこと、すきよ。死んでもあなたの傍にいたかった。でも、だめね。あなたの傍には、もう亜梨子がいるから」
「お姉ちゃんも一緒にいて、どこにもいかないで」
「あたしは、亜梨子のようになれない」
「どうして?」
「亜梨子を殺したのは、あたしなの」
 なにを言っているかわからない。お姉ちゃんはほんとうに、記憶が混乱しているのでしょうか。それとも、混乱しているのは、記憶がめちゃくちゃなのは、ぼく…。
「莉音にだけはしあわせになって欲しかった。ごめんなさい、お姉ちゃんを許してね」
「おねえちゃ…」
 手摺の向こうから、お姉ちゃんの姿が消える。海野先生が手摺に駆け寄り、看護婦さんが階段で駆け下りる。留美子は両手で顔を覆って、ガタガタ震えていて、由香はかすれた悲鳴をあげて、ぼくは身体中が弛緩して、手摺に歩み寄ろうと踏み出した一歩がもつれて転倒する。

 目を覚ましたとき、ぼくはお姉ちゃんのいた病院ではなく、市内の別の病院で寝ていました。
「起きた?」
 傍らで亜梨子が微笑む。ぼくは仰向けのまま周囲をキョロキョロ眺めて、母親の姿を見つける。お母さんは振り返って、ぼくの傍にちょこちょこ寄ってくる。お姉ちゃんが入院してから、お母さんは病院に通い詰めで、脚をすこし悪くした。
「莉音、大丈夫? 気分悪くない?」
「うん、平気」
 ぼくは起き上がる。病室には二台ベッドがあるけど、患者はぼくひとり。お母さんが電気ポットのお湯で、お茶を煎れる。
「あなたはお薬の時間にちゃんと飲まなかったでしょう? 海野先生が心配してたよ」
「うん…、ごめんなさい」
 お茶を受け取る。飲む。お母さんが傍らに腰掛ける。亜梨子の姿がみえない。たったいま、黄色いワンピースを着てぼくを覗き込んでいたのに。
「お母さん、亜梨子は?」
 お母さんは俯く。
「お母さん、亜梨子は?」
 お母さんは答えない。
「お母さん…」
「亜梨子はね、死んだのよ」
「なにそれ?」
「ずっと前に、死んだのよ」
 ぼくはお茶を病院食をのせるテーブルに置く。窓の外は明るくて、トンボが飛んでいる。
「いま、そこにいたよ」
 ぼくはベッドの反対側を指さす。お母さんは悲しそうな眼。
「亜梨子は死んで、あなたに亜梨子の心臓を移植をしたの」
「え?」
「もう受け入れてあげて。亜梨子はもういないの」
 お母さんが泣き出す。ぼくの手首を掴んで、ぶるぶる震えながら、続けて、言います。
「お姉ちゃんも、昨夜、しんだのよ」
 目覚めた瞬間、ぼくは悪い夢から醒めたのだとおもって安心していたのですが、夢なんかじゃなかった。ぼくは百人以上の処女を奪い、快楽に溺れ、お姉ちゃんは、病院の屋上から飛び降りた。
「どうして?」
「お姉ちゃんは、亜梨子とおなじ頭の病気だったの。あの子も、亜梨子も、賢い子だったでしょう?」
 ぼくは俯く。怖くなる。お姉ちゃんが飛び降りた瞬間を起点にして、ぼくの記憶は過去に遡ってゆく。ショーで乱交し、山本くんとキスをして、性教育の授業中で生徒の前でセックスして、渡辺先生が死んで、入院しているお姉ちゃんをお見舞いして、適性試験に肩を落とし、廃バスの中で将棋をうち、モデルクラブの子たちと乱交し、病院のお姉ちゃんと看護婦さんの前でセックスして、クラブに強制入部させられ、卑猥な水着でプールの授業中にもセックスして、海野先生の処女を貫き、それをビデオに撮られ、カラオケボックスで美桜とつながり、入院したばかりのお姉ちゃんは変わってしまって、それは、亜梨子がお姉ちゃんを刺したから。
 生活指導教室で授業をボイコットして、ぼくとお姉ちゃんは結ばれました。そのときまでは、なにもなかった。密かに、あちらこちらの死角を探して、そこでなんども結ばれました。亜梨子も、そこにいた。
 ぼくの体調が恢復しないあいだ、亜梨子はいつもベッドの傍にいて、一緒にゲームをして、わらいあっていたのに、ぼくが苦しいときはきまって、亜梨子は傍にいなかった。手術の直前、ぼくがみた傷だらけの亜梨子の姿は、なにかの妄想などではなく、ぼくはそんな風に傷ついていく亜梨子をみていました。亜梨子が九歳のとき、ぼくは十一歳で、仲の良かったぼくたちは自然と結ばれ、賢かった亜梨子は兄妹で関係を結ぶ罪悪を人一倍重く感じていて、その罪業の重さの分、無上の悦びを感じていました。性に関する知識は大抵、亜梨子がどこかから仕入れてきて、ぼくたちはいろいろなことを試して、いろいろなカタチの悦びを識って、なにもまとわないお互いの身体がご馳走の並んだテーブルのようで、飽きることなく貪りあい、与えあい、授業中にお互いを想って身を窶し、そんな秘めたしあわせが長く続くはずもありません。ぼくの心臓の病気が発覚したあの日、妹は「あたしが死んだらお兄ちゃんに心臓をあげる」といいました。不吉な予感はそのときからあって、妹が食事中に大量の血を吐いて入院し、やがてそれらが自傷行為によるものだと聞かされて、まるで妹が死ぬために自分自身を傷つけているように思えて、苦しくて、悲しくて、すこしでも元気を取り戻せればと、入院中の病院を抜け出して、お姉ちゃんが入院していたあの高台の病院を訪れ、そこで身体中傷だらけになった凄惨な姿を目撃し、声をかけることもかなわずぼくは帰ってしまった。
 妹が自殺したことは、いちどだけ母親の口からきいたけれど、それ以降は妹について会話することはなくなった。ぼくは手術を受け、恢復に一年くらいを費やし、その間に空想の中の亜梨子が甦った。いいえ、あるいは、亜梨子はぼくの身体のなかで生きているのです。ひとの心はその脳髄に宿るだけでなく、きっと、全身の細胞ひとつひとつに刻まれ、それがぼくの身体の中で溶け合い、ふと、心と体の不一致を覚えたとき、ぼくにだけみることができる、ぼくにだけ触ることのできる亜梨子が現れるのです。
 ふと、顔をあげると、お母さんは病室の外で看護婦さんとなにか喋っている。気丈に振る舞っているけれど、重い空気はこれからゆっくりのしかかってくる。ぼくはそれに耐えられなかった。お母さんが戻ってきて、お母さん帰るね、と言う。
「お母さん、ぼく、寮に入る」
「なに、言ってるの?」
「金魚鉢は大きな寮があるんだ。そこに入れて貰うように、お願いする」
「もうすぐ新しい家ができるのよ」
「帰れないよ、家になんか。ずっと、お姉ちゃんと妹の面影を追ってすごすの?」
「やめなさい」
「だめなら、いいよ。ぼくも、亜梨子やお姉ちゃんみたいになるんだ…」
「莉音!」
 ぼくは頬をぶたれる。廊下を歩いていた看護婦さんが立ち止まる。ぼくは最低なことを言ってしまったと後悔する。病室の白い壁をじっと睨みつけて、なにも思い出さないように努める。
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