R18恋愛官能小説 青山倉庫

太陽ノ樹

第28話「コノヒト」

「このひと、痴漢です!」
 朝霧北畠線上り七時五分の快速電車内で、亜梨子が渡辺先生の手首を掴んで大声をあげる。電車が駅に滑り込んで、停止する。周囲の大人たちがざわめき、オイ、オイ待て、と声がきこえ、渡辺の、ちょっと待ってください、という訴えが、亜梨子の泣き声に潰される。
「さっきから、ずっと触ってましたコノヒト」
「違いますよ、触っていません。さわってねーよ、ちょっと、降ります。どけよ!」
 渡辺先生が乗り降りする人を押しのけて、紙袋を抱えたおばさんが転倒する。その途端、電車に乗っていた大人数人と、ホームの若い男性が殺到し、渡辺先生を取り押さえる。ひとりが、駅員呼んで、と声を張り上げる。騒ぎが拡がり、通りかかる通勤客が立ち止まる。携帯やスマホのカメラを向ける人がいる。電車は停まったまま、発車できずにいる。駅員が二人、駆けてくる。
「どうしました?」
「痴漢されました、コノヒトに」と亜梨子。
「しっ、してねーよ。ちょっと、どいてください」
 渡辺先生はホームの地面に俯せになり、片腕を背中に捻りあげられ、筋肉質の男性二人が背中を膝で押さえる。渡辺先生の顔色がみるみる紅潮していく。
「じゃあ、ちょっとあちらでお話を聞かせてください。あ、いいですよ」
 いいですよ、と言われて、取り押さえていた男性二人が渡辺から離れ、まだうつぶせで咳き込んでいる渡辺先生を、駅員が抱え起こす。立ち上がると同時に、渡辺先生は駅員に肘鉄を喰らわせ、広い南口ではなく、地下の北口方面へ全力逃走する。北口から鉄道警察がのぼってくるのに直面し、渡辺は方向を変えて、ホームから飛び降り、線路を渡って下りホームの縁に掴まる。太った渡辺先生はのぼれない。下りの通過電車が急ブレーキをかけ、パチンと肉のぶつかる音が響いて、まだ停車できずにオーバーランする特急車両の向こう側で女性客の悲鳴があがる。

 その日、学校ではなにも起きませんでした。
 普段、生徒を受け持たない渡辺先生が一日不在にしても、承認や確認が遅れるだけで誰も困ることがありません。滞りなく授業が行われ、ぼくはいつもどおり授業を受け、いつもどおりモデルクラブで乱交し、勃起したままこっそり帰宅して、モコモコのパジャマに着替えて夕食をとる。お父さんがいつものように新聞を読んでいて、お母さんがサラダボールを運んでくるとき、お父さんの携帯が振動する。
「はい、夏目です。はい、はい…、んー、今日? 今朝? いや…、じゃあ行きます」
 お父さんが電話を切って立ち上がる。新聞をテレビ脇のスタンドに戻して、カーテンレールに駆けたままのジャケットを羽織る。
「ちょっと出てくる」
「なんですか、こんな時間に」
「渡辺さんが事故にあったって」
「まあ…」
「遅くなるかもしれないから」
 お父さんは忙しく出て行きます。ぼくはごちそうさまと言う。浴室に行く。シャワーを浴びる。部屋に戻る。ぼくは、期末試験の勉強をする。亜梨子がベッドに寝転んで、ひとりでゲームをしています。
「おもったより、効果があったね」
 亜梨子の第一声。ぼくは上の空で、うん、と呟く。今朝の、渡辺先生の丸い体がゴムのように長く引き延ばされて吹き飛んでいく光景が、頭から離れない。残骸が車輪に絡まり、上りよりも下り電車が大幅に遅延した。あれだけ酷く損壊すれば、身元の確認に時間がかかったかもしれない。
「お兄ちゃん、忙しい…よね」
「なに?」
「セックスしたい」
「いいよ、おいで」
 亜梨子は嬉しそうに微笑んで、ゲームを中断する。ぼくは椅子に座ったまま、パジャマの下とパンツを脱ぐ。亜梨子が向かい合って跨ぐ。亜梨子は着丈の長いTシャツだけで、ショーツをつけていない。おちんちんに押しつけた割れ目がすでにぐしょぐしょに濡れていて、今日もぼくが帰ってくるまでオナニーしていたのかと不憫になる。モデルクラブに入ってから、亜梨子はまいにちそんな感じ。亜梨子は腰を浮かして、ぼくを胎内ににゅるりと納める。キスをする。抱きしめ合う。九歳のちいさなキスと、九歳の瑞々しい肌と、九歳のキツい膣が、今夜もぼくを悦ばせる。
「ねえ、亜梨子は、ちっとも、変わらないね」
「どうして?」
「ぼくたちが、初めて、こういうふうになったときのこと、覚えてる?」
「お姉ちゃんに、近親相姦は駄目だって、怒られた」
「セックス自体は?」
「覚えてるよ、すごいおっきくて、ごんごん突かれて大変だったけど、痛くなかった」
「ぼくは十歳だったよね」
「だったね」
「亜梨子は?」
「え?」
「なんだか、思い出せないんだ…。なんでだろう、二年前だったと思うけど、亜梨子はその頃、七歳だよね?」
「うん……」
「すごく、ちっちゃかったと、おもうけど…」
「お兄ちゃんは、その頃から、おちんちんだけ、おっきかった」
「それでも入ったんだね、女の子ってすごいね」
「七歳とセックスするなんて、お兄ちゃんロリコンだね。死刑だよ、死刑」
 そう言って、嗤って、上下にピストンして、声を堪える。心臓移植の前後には、こんなことできないから、どう考えても二年前なのだけど、七歳の子とつながったという事実にリアリティがありません。ですが、事実はそういうものかもしれません。真実は虚構以上に非常識。
 ぼくは九歳の肩を抱きすくめ、九歳の子宮にズシンズシンと振動を与え、机の上に放置された期末試験勉強のためのプリントに書いてある数学の公式の不思議な記号をみつめ、記号が記号としてその形骸が意味をなさなくなるまで見つめ続ける。
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