R18恋愛官能小説 青山倉庫

太陽ノ樹

第25話「廃車一局」

 週末土曜日、雨が降っています。
 郊外にある変電所の裏側に、広大な空き地があって、タイヤをなくしたバスが駐まっている。
 ぼくは、山本くんと、晃弥と、そのバスの中に折りたたみの将棋盤を二つ持ち込んで、将棋を指す。前回とっちめられた時と違って、山本くんは駒を落とさずに指導将棋。ぼくと晃弥の二人を同時に相手にする。
「そんなに何人も辞めたの?」
 晃弥が言う。金魚鉢はここ最近いっせいに教員が退職して、代わりに呼ばれてきた若い先生たちと入れ替わった。若い先生たちはまだ金魚鉢の実体をよく識らない。
「晃弥のお父さんが、圧力かけたんじゃないの?」とぼく。
「そんなことできるわけないじゃん。せいぜい百道を締め上げたくらいだよ」
「英語の倉掛先生も辞めちゃったよ。あのおばちゃん、箱崎に惚れ込んでたよね」
「ああ、そんなのいたな。俺あとでしったんだけど、渡辺が学年主任になるって話が出た去年くらいから、辞めてく先生が増えたってきいたぜ。単純に渡辺が原因じゃないの?」
「そうなのかな…」
「お前の親父、あいつと釣り友達じゃん。なんかきいてない?」
「お父さん、渡辺先生のことはなにも言わないから」
 湿った風が車内をながれる。廃バスには窓がない。ぼくたちは後部座席で、外れた椅子を並べて将棋を指している。この空き地も、バスも、昔からあるけれど、ホームレスが寄りつかない。金魚鉢の学園域には、ホームレスや身元のわからないひとが踏み込むことは難しい。北畠署のパトロールが頻繁な上に、中途半端に田舎の文化が残っているから、余所者は不審者扱いされる。
「渡辺って、昔のことを識ってる先生を辞めさせたいんだよな。それで、自分の息がかかった関係者を入れたがってるだけ」
「昔のこと?」
「あいつ、新興宗教の桜科研の信者なんだよ。もうそのこと識ってる先生いないし。桜科研は地味な団体で、狂信的な宗教じゃないからあんまり話題にならないけど、実のところ結構ヤバイ連中らしくてさ。いや、さすがに詳しいことは俺もしらないけど、渡辺は学校の資産をお布施として流してたみたいで、それが発覚したとき結構問題になったらしいね」
「そんなことして、クビにならないの?」
「あのハゲブタ、絶対権力だぜ。だれがクビにできるんだよ」
「校長先生は?」
「海藤は渡辺の指人形じゃん。ほら、腹話術とかで使う…、あんな感じ。喋ってるのは海藤だけど、喋らせてるのは渡辺。渡辺だけはどうにもできないんだよな…。オフィスジランの社長くらいかな、ハゲブタに命令できるのは」
 そんな話をしているうちに、山本くんに攻め込まれる。穴熊を作ろうと準備している段階であっさり崩されるから、あまり手堅く進めるのは賢くない。場を荒らすしかなさそうです。
「ジランって、よくきくけど、なんなの? ただのモデル事務所でしょ?」
 山本くんが訊く。山本くんはモデル事務所に興味がない。
「金魚鉢の子って、ジラン経由でモデルになるんだよ。他の事務所にスカウトされる子もいるけど、基本的にはジランだね。舞洲研究所とソグナグループって会社が、共同出資で作った会社だって訊いたけど、ソグナは舞洲を追い出して独占したいんだよ」
「ソグナってしってる。ぼくが飲んでるお薬つくってる会社だよ」
「ジェネリックだろ? ソグナは舞洲が開発した薬の製法を買って、ジェネリック作ってるところなんだ。母体は韓国にあるってきいたけど、桜科研も韓国発のカルトなんだよな。どっちもマジなら話がつながるぜ」
「えーっ、こわーい」
 山本くんが女の子みたいなポーズ。
「ちょっと不思議な話なのは、舞洲って旧日本陸軍関係者が設立に寄与した保守的な企業なんだよ。外国の会社とつるむってことが無かったのに、ここ最近、ソグナだけじゃなくて、ファイザーとかブリストルマイヤーズとかのメガファーマと共同出資でMAやってるって騒がれてるんだよな。舞洲って国内じゃ零細クラスなのに、なぜ注目されてるかわかんねえ」
「エムエーってなに?」
「企業買収」
「晃弥って、いろんなことしってるね」
「親父が警察で、おかんが会計士だからな。家に帰ったら、あきやおまえ本ぐらい読めー、つって民法とか会社法の本渡すんだぜ。お前んちだって、将棋の本ばっかりなんだろ」
「うん…、晃弥、それ二歩」
「あっ」
「ちなみになんとかしないと六手で詰むよ」
「そんな先まで読めねえよ。手加減しろよ、さっきから上の空かとおもいきや」
「ヒント欲しい?」
「いらねーよ」
「相変わらずプライドは高いね」
 あっという間に追い詰められた晃弥と違って、ぼくは善戦している。あるいは、山本くんが攻める手を緩めている。雨脚が弱まる。窓からみえる倒木が黒々として、白い閃きに稲妻が轟く。
「モデルになるのって、大変なのかな?」
 ぼくは独り言のように呟く。晃弥が首を捻る。
「素養じゃね? なれるやつは綺麗にしておけば大丈夫だし、なれないやつは頑張っても無理な世界」
「綺麗にしておけば?」
「金魚鉢は日焼け禁止だぜ。それに、ほら、マン毛処理してんじゃん。あれサロンの人が寮まで出張するんだって。すごくね?」
「妹が、将来金魚鉢に入りたいって」
 また雷が落ちる。山本くんがそわそわする。晃弥は盤上をみつめて腕を組んだまま沈黙。
「とくべつな事情がないと入学は無理だよね…、妹は」
「お前いい加減にしろよ」
 晃弥が言う。ちょっと怒ってる。なんで怒ってるかわからない。奇妙な焦燥と焼けるような空気が低い天井に蔓延し、徐々に垂れ込めてくると、晃弥が顔をあげる。
「参りました」
 晃弥が頭を下げる。傘を掴んで、立ち上がる。
「二時半から家庭教師来るから帰るわ。んじゃ、また明日な」
 そう言って廃バスを降りる。振り返ることもなく空き地をまっすぐ通りに向かって歩く。山本くんがよそ見をしているから、この隙に駒を並べ替えたい衝動に駆られるのだけど、山本くんはたぶん盤上を覚えている。一勝負終わった後でも棋譜が書けるよ、と自慢していた。
「山本くんって、最大何人と同時に対局できるの?」
 山本くんが振り返って、手のひらをひろげる。
「早打ちで五人かな?」
「すごいね」
「夏目くんて、部活やってるの?」
「う…うん、先週末に入ったの」
「モデルクラブだよね?」
「そうだよ、しってるの?」
「なんとなく…。ちょっとエッチい衣装着て写真撮るってホント?」
「まだ、ぼくは撮影してなくてさ…。いま、お手伝いみたいな感じだから」
 ぼくはこの一週間、一度も衣装どころか、なにも着させてもらえず、一糸まとわずベッドの真ん中に陣取り、プールで交わった桃華と芙実を覗く残り三十一人の処女を奪い、まいにちまいにち授業が早く終わる日は午後二時くらいから夕方六時過ぎまで休み無く乱交していたのですが、その間、美桜がぼくたちを撮影していました。ただ、衣装を着た撮影ではないので、クラブの正式な活動に数えないものと考えています。山本くんは五人を相手に対局できますが、ぼくは十人を相手にセックスすることを強要されていて、そんなことここで告白できません。
「ねぇ、夏目くん、お姉さんと、セックスしてるの?」
 山本くんが訊く。ぼくはしらばっくれて「どうして?」と首を捻り、眼をあわせない。
「由里子ちゃんから、写真を貰ったの。確信はないけど……」
 ぼくは俯く。みんなにしられていることの戦慄はもはや感じられなくて、ぼんやりと哀しい気分。
「してるよ、妹ともしてる」
「そうなんだ……」
「軽蔑する?」
「ううん、なんで? 羨ましいよ」
「みたい?」
「みていいの?」
 ぼくはポケットからスマホを出して、ビデオアプリを起動して、病院で亜梨子が撮影した動画を再生する。山本くんに渡す。スマホから喘ぎ声が響く。
「これ、病院?」
「そうだよ」
「ほんとに杏樹ちゃんだ。きもちよさそう…、わぁすごい」
 山本くんが席を立って、ぼくの隣に腰掛ける。映像を見せる。お姉ちゃんの顔に精液をかけているところ。おもったより真正面から映っています。見返したのは初めて。
「こんなに出るんだね。夏目くんっておっきいだけじゃないんだね」
「ぼく、何回しても、それくらい出るの。きもちわるいよね…」
「ううん、なんか、花火みたいで、きもちよさそうだよ。これ、ハメ撮りだね」
 山本くんでも、ハメ撮りという言葉をしっていて、意外なかんじがします。だけど、病院でセックスを撮っていたのは亜梨子のはず。
「ハメ撮り?」
「ほら、ちょっと揺れてる。夏目くんの表情観られない」
 仰向けのお姉ちゃんを衝いている映像で、確かにぼくが撮影しているアングルです。病院では、亜梨子が撮影していたはずですが、あまりにもきもちよすぎて、よく覚えていません。ぼくは嘘がばれたときのような脇汗をかく。なにも嘘はついていません。
「お口でもするんだ…。すごい、杏樹ちゃん、こんなことまでするんだ」
 フェラチオの映像。お姉ちゃんは根元から丁寧に嘗めて、じゅるじゅるすごい音を立てて、喉の奥まで飲み込んで、ときどき吐きそうになって涙目でカメラ目線。映像が途切れる。ビデオ一覧には、自分のセックスの動画がいっぱい。クラブの映像も含まれているから、みられたくない。山本くんは、おとなしくスマホを返してくれる。ぼくに寄りかかりながら、子どもっぽい表情で言う。
「すごいのみちゃった」
「内緒だよ」
「うん、秘密にする」
 山本くんは向かいの席に戻る。将棋の続きを打つ。雨脚がまた強くなり、雷鳴が空き地裏の崖に反響する。
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