R18恋愛官能小説 青山倉庫

太陽ノ樹

第17話「入院ナルコレプシー」

「ごちそうさま」
 ぼくは手を合わせます。
 陰鬱な食卓。お父さんは新聞から眼をあげず、お母さんは終始俯いたまま食事を摂り、妹の亜梨子は無垢な表情をぼくに向ける。ぼくは席を立ち、食器をシンクに運んで水につける。冷蔵庫から冷えたスポーツ飲料を取り出して、二階の寝室へあがる。ぱたぱたと、亜梨子がついてくる。一緒に寝室に入り、鍵をかける。ベッドに横になる。亜梨子が覆い被さり、キスをする。
 ぼくの両親は滅多にぼくの寝室には踏み込まないし、干渉もしない。ぼくたちきょうだいは、成績は悪くありませんし、学校での態度もよくて、模範的な生徒ですから。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんには、あたしは、会えないの?」
「うん、まだ落ち着かないから、もうちょっとしてから…」
 姉の杏樹は、心を病んで、入院しました。
 お姉ちゃんは、面会にきた両親にモノを投げつけ、汚い言葉で罵倒し、追い返してしまったそうです。ですから、ぼくたちはまだ会わない方がいいと、お父さんがお見舞いを許してくれません。ですが、ぼくは海野先生の車に乗って密かに会いに行きました。お姉ちゃんはぼくに対して、暴力ではなく、いつものように、いつもより乱暴に、抱くことを要求しました。恋も愛も思い遣りもなく、心を失った人形を抱いているようで、その記憶のおぞましさから逃れるために、いつものように、いつもより優しく、妹を抱きたいと願うのでした。
 亜梨子の指先がぼくのクォーターパンツのジッパーをおろす。ぼくは亜梨子のワンピースをめくって、薄いショーツをおろす。亜梨子がぼくの長い陰茎を引きずり出して、ちっとも濡れていない割れ目にあてがいます。もっと優しく奉仕してあげたいというぼくの思い遣りは無視され、亜梨子はぐいぐいと無理矢理ぼくを狭い胎内にねじ込んでしまいます。ぼくは妹と舌を絡め合い、唇どうしがふれあったまま、囁きます。
「ありす、ききたい、ことが、あるのだけど」
「なあに?」
「お姉ちゃんが、亜梨子に、なにか後悔したり、してない?」
「なにそれ」
「なにか、なんでも、悔やんでる素振り」
「あっ、なっ、ない…よっ。ほっあっあっあっ」
 ぼくと妹のちゅるちゅるが広い寝室に響きます。天井に描かれたバロックな模様が上下に揺れて、両手をついた妹がぼくを見下ろして、癖のないストレートなボブの髪がフワフワ揺れて、亜梨子は絞り出すような囁きで、いち、に、さん、し、いに、に、さん、と繰り返し、響く悦楽の回数をカウントする。ぼくは長大な鐘突で、亜梨子の未熟な鐘を打ち鳴らし、お互い声を殺して響くにちゅにちゅが残酷なほどに卑猥なリズムを刻んで舞って、あっという間に果てる亜梨子を両手でしっかり受け止める。
「お兄ちゃん、眠いの?」
「うん…、すこし」
「まだ十時だよ」
「亜梨子は元気だね」
「あたしも眠いよ。このまま寝ようか」
「明日、起こしてくれる?」
「世界一、きもちいい起こし方、したげる」
 キスをする。抱きしめる。ぼくは亜梨子におちんちんを包まれたまま、しばしばこうして眠ってしまう。ウトウトし始めると、堪らない痺れに支配され、意図しないどこかでストンと眠りの穴に落ちる。

 教室には、田渡先生の代わりに体育の藤井梢先生がいました。
 金魚鉢中学に入学してから一ヶ月。事件の多い学校ですが、生徒と外部コンサルタントに続き、百道先生が勾留され、それにともない、箱崎に心酔していた英語の倉掛先生、ぼくたちの担任の田渡先生、そして理科の斉藤先生が退任し、新任の先生が休み明けに配属されるとききます。
「みなさんの担任の田渡先生は、お母様のご病気で学校を辞めることになりました。新しく赴任される先生方は各教科の担当ですので、みなさんの担任になるかどうかはまだ決まっていません。それでというわけじゃないけど、しばらくのあいだ、先生が臨時の担任になるのでよろしくお願いします」
 藤井先生がそう挨拶すると、男子ではなく女子たちから歓声があがる。藤井先生はいちばん若くて巨乳なのに、男子より女子に好かれています。
 最初の時間は英語だったけれど、倉掛先生はすでにいないから、早速自習になる。藤井先生が監督しているから、誰も騒ぐ子はいない。あまり顔を見せない沖田と佐竹も登校していて、沖田は隣の女子とノートの切れ端にメッセージを書いてやりとりしていて、佐竹は教科書に携帯を挟んでメールを打っていて、ぼくはノートをひろげて溜息をつく。
「ねぇ、夏目くん…」
 隣の芙実が囁く。
「なっつーと、どこか行ったの?」
「海野先生? なんで?」
「車に乗ってたって、きいたよ」
「お姉ちゃんの、お見舞いに連れて行ってもらったの」
「あ、そうなんだ。おうちのご両親とは行かないの?」
「それ、たぶん、うちの親にお姉ちゃんのことが伝わる前だよ」
「そっか…」
「エッチな想像した?」
「ううん、そういうんじゃないけど…」
 狼狽え、首をふりふり。芙実は小学生の頃から雑誌の読者モデルをやっていて、お姉ちゃんとおなじ『オフィスジラン』にスカウトされた子で、眼がおおきくて、睫がながくて、色が白くて、声が綺麗で、絶対音感少女だから、歌がとても上手だときいた。
 モデルや役者、声優を目指してる子は、みんなジランにスカウトされた子たちです。ジランは青田買いで、卑猥なグラビアや撮影会で手垢がつく前の原石を集めて、この金魚鉢学園で磨き上げるのです。この学校には、ファッション誌でしかみかけないようなお人形さんばかりが集まっていて、スポーツ万能な快活な子が少しだけいて、ぼくや山本くんのようなタイプはいません。
「杏樹、大丈夫?」
「まだ酷くて、家族でも面会困難だって…。お父さんとお母さんは、モノ投げられたみたいだし」
「えーっ、そんな酷いんだ」
「ぼくのときは、そうでもないんだけど…」
「夏目くんってお姉さんと…」
「ん?」
「なんでもない」
 芙実は急に頬を赤らめ、そっぽを向いてしまう。ぼくとお姉ちゃんの関係は、真島由香が小津熱帯園で撮った写真が出回ったことで、多くの生徒たちにしられてしまったようです。だけど、そのことを話題にする子もなく、先生からも呼び出しを受けることもなく、お姉ちゃんが長期入院したことへの気遣いか、あの事件のあった晩から、お姉ちゃんのことをきいたのは芙実がはじめてでした。
 ふと顔をあげると、藤井先生がぼくの斜め後ろに立っていて、ぼくと眼が合うと、脇にしゃがんで、夏目くん大丈夫、と声をかけてくれます。藤井先生はいつもの紺色のジャージじゃなくて、初々しい紺色のパンツスーツ姿で、しゃがむときに良い匂いがします。
「今日は、お薬ちゃんと飲んだ?」
「はい、大丈夫です」
「百道先生のせいで、夏目くんは厭な想いをしたよね…」
「平気です。百道先生は、戻ってこないんですか?」
「たぶん…ね。晃弥くんのお父さんが怒ってるからね」
「あれ、でも、晃弥って、八尾に…」
「八尾くんは箱崎に雇われたのよ。というより、箱崎の口利きで金魚鉢に入学したみたいだけどね…」
「やっぱりそうなんだ。もしかして、八尾も」
 藤井先生はぼくの唇に人差し指をあてがって、そういうこと口にしちゃダメよ、と囁きます。先生は立ち上がって、歩き去る。立ち上がるときも、なにか柑橘系の清潔な匂い。倉掛先生のような甘ったるい匂いではなく、田渡先生のような柔軟剤でもなく、ましてや百道のような便所の芳香剤を想起させる異臭ではありえない、どちらかと言えば女子に気遣った薫りです。
 藤井先生は滅多にぼくたちを叱らないし、生徒を統制することに長けているわけでもありませんが、藤井先生の前ではすべての生徒たちが従順。短大を卒業したあとも半年くらいかけて科目履修を頑張って、二十一歳で金魚鉢に赴任した努力家だと、田渡先生が自分の娘を自慢するような口ぶりで喋ったことを覚えている。
 ぼくたちは黙って自習する。何人かは居眠りをしている。居眠りをする生徒は、授業も自習も妨害しないから、先生たちは咎めない。ぼくは昨夜、妹とつながって眠ったせいで寝不足。ぼくもお姉ちゃんと一緒に入院したい。移植手術のときもそうだったけれど、病院の匂いが割とすき。消毒液と、血の臭いを嗅がされて、真っ白な部屋の真っ白なベッドに横たわり、真っ白な天井を眺めて好きなだけ眠りたい。
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