R18恋愛官能小説 青山倉庫

太陽ノ樹

第13話「国営暴露放送」

 朝、洗面所で亜梨子と並んで歯磨きしていると、リビングでテレビをみていた姉が大きな声をあげる。
「ああーっ、ちょっと、莉音、ちょっと来て、お母さんエネーチケーに変えて」
 ぼくは歯ブラシを咥えたままリビングに行くと、姉と母親がテレビを凝視して絶句している。ぼくは姉の隣に座る。昨日、ぼくが学校を抜け出して不法侵入した豪邸が映っている。
「北畠署の少年課は二十一日、児童買春・ポルノ禁止法違反の疑いで、同市内余市町、自営業箱崎太一、本名朴允植容疑者三十四歳を逮捕しました。朴容疑者は、容疑を否認しているそうです。
 調べによると、朴容疑者は十五日午後二十一時頃、同市内のホテルで、隣町の十五歳の少女に現金を払う約束をしてみだらな行為をした疑いがもたれています。県警と北畠署が匿名で提供を受けたノートパソコン、ハードディスク、DVDなど数百枚にも、朴容疑者が別の十代とみられる少女にみだらな行為をする動画が保存されており、県警は近く同容疑者を再逮捕し、余罪を追及する方針です。同容疑者は市内の私立学園にて『箱崎会』と呼ばれるセミナーを開催しており、過去のセミナー参加者数名への性的暴行、拉致監禁で北畠署が調べを進めていました。
 次のニュースです。インターネットプロバイダによる児童ポルノサイトへのブロッキングが本日……」
 お姉ちゃんが袖を曳く。
「これって、どうみても箱崎だよね」
「箱崎会って言ってたもんね…」と合わせる。
「まぁ、あなたたちの学校の先生?」
「おかーさんきいてなかったの? 先生じゃなくて、セミナー主催者だよ」とお姉ちゃんが呆れる。
 もっと派手な展開を期待していたのですが、テレビのニュース映像はしとしと雨の降る箱崎の自宅を映しただけで、ぼくたちの学校も、暴行を受けた晃弥の姿も映さなくて、まるでなにも理解していないのです。きっと、これから長い長い取り調べが行われて、証拠が固められて、検察が立件、起訴して、弁護側との長い長い攻防が行われて、曖昧な大人の世界で静かに静かに物事が進行していくのでしょう。映画のような劇的などんでん返しも、カタルシスもなく、地味な結末はおそらく報道すらされない。顧みられないということが、箱崎という日本人の皮を被ったケダモノの敗北の証明でなければならないのです。

 教室に入ると、やはり、今朝の逮捕の話題で持ちきりでした。
 ぼくとお姉ちゃんは時間差で教室に入り、それぞれ席に着く。ぼくとお姉ちゃんのことが噂になっていることを心配していたのですが、退屈な中学生にとってはより新鮮な話題に心曳かれるものです。倉野麗奈がお姉ちゃんのところへ駆け寄って、ニュース観た?とききます。ぼくの机の上に座る。
「みたみた、なんか中学生とヤってたんでしょ?」
「なんかー、ネットでみた感じでは、常習犯だったらしいよ」
「あいつ呼んできた百道先生とか、立場ヤバイんじゃない?」
「だよねー。ウチの学校にもテレビとか来るんじゃないそのうち…。あたしあの体操着みられたくないんだけど。てかこの学校、テレビ来たらいろいろマズイよね」
 そう言って、ケラケラ嗤う。教室に田渡先生が入ってくる。みんな慌てて席に着く。日直の子が起立、礼、着席、と号令する。普段と変わらない朝礼の風景。
 突然、田渡先生がなにも喋らないうちに、教室に百道先生が入ってくる。教壇に立つ。
「みなさんに、お願いがあります」
 教室が静まりかえる。ぼくは、さすがの百道先生も観念したものと合点したのですが、意外な言葉が飛び出しました。
「箱崎さんの逮捕は、先生のみたところ、何者かによる陰謀の可能性が高いのです。なぜなら、箱崎さんは警察に逮捕される直前、何者かに自宅へ侵入されていたそうです。そして、パソコンやらなにやら盗まれていました。警察が証拠品として提示したパソコンの部品なんかは、箱崎さんのものではありません。わたしたち金魚鉢学園としては、このような権力による不当な逮捕拘束に断固、声を上げなければいけません。あなたたち生徒をなにより心配なされているすばらしい方ですから……」
 田渡先生が呆れ顔で演説を制止する。
「百道先生、いまは朝礼中です。後にしていただけませんか?」
「あなたは今月で学校を去るのでしょう? 生徒を見捨てるあなたこそ、後にしてください」
 生徒たちから、えーっ、と声があがる。ぼくたちにとって、箱崎なんかより、田渡先生が学校を去るということの方が大事件。
「しーずーかーにー。いいですか、みなさんは、みなさんのことを本当に心配されている方を思い遣る心を持って欲しいのです。箱崎さんの即時釈放を求める請願書に、みなさん全員が署名すれば、警察のトップが動くでしょう。一人も漏らさず、全員の協力が必要です。いま、ここに嘆願書があります。今から配りますから、先生が二組と三組に行っている間に、全員が住所と名前を書込んで、集めてください。学級委員長はだれですか?」
 教室の後ろのドアが開かれる。みんなが注目するなか、松葉杖をついて傷だらけの本田晃弥が登場する。片手をあげて、オース、と挨拶する。教室に歓声が溢れる。みんな席を立って、晃弥に駆け寄る。本田くん、大丈夫? 復活したの? 全治六ヶ月ってきいたよ、動いて大丈夫なの? ミイラみたいじゃん、ウルセー俺は不死身なんだよ。
「はいはい、みなさーん、席についてくださーい。本田くんはですねー、この学校から転校することになりましたー。もう、みなさんとは関係なくなりまーす。だから席についてください、ほらっ、席について、席につきなさい!」
 百道先生がヒステリックな声を上げる。晃弥が松葉杖で百道先生を指す。
「ババア、俺が転校するまえに、箱崎と箱崎に関わった関係者は、一人残らず人生メチャメチャにしてやるぜ。まず最初にお前が血祭りだよ。署名なんか集めてねーで、とっととケツまくって逃げ出したらどうだ。なぁ、おい、心配してやってんだぜ、そのとしでムショはきついだろ。ガキの名前リストで警察が動くわけねーだろって、親父が嗤ってたぜ。おめーの行動は筒抜けなんだよ馬鹿、けーさつナメんなバーカ、ブワーカ」
 そう言うと、今度は晃弥が転校するという事実が事件になる。ぼくは女子生徒に阻まれて晃弥と喋れない。やはり、晃弥は陸上を続けることが難しくなったのかもしれない。そうだとすれば、金魚鉢のような特殊な学校ではなく、普通の中学校に通う方が将来のためになる。
 お姉ちゃんが晃弥となにか話している。耳元で、手をかざして囁く。その姿をみて、ぼくの胸がしくりと痛む。留美子は派手に泣いている。由香が慰める。晃弥の女子人気に、嫉妬よりも、面倒を任せられるような安堵があるのだけど、お姉ちゃんの仕草や、留美子の露骨な表現には正直心が悴む。ぼくが教壇を振り返ると、一番前の席に腰掛けて、脚と腕を組んだ田渡先生がぼくたちを眺めていて、そういえば百道先生の姿がみえなくなっているけれど、まあ、それはどうでもいい。
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