R18恋愛官能小説 青山倉庫

太陽ノ樹

第6話「生活指導茶番」


 二度目の生活指導集会はL教室を使い、三クラス合同で実施される。
 一年生は全部で八十人前後だと識った。二十人くらいは、丘の上の特進学級に通い、基本的にぼくらと交流はない。
「先日出した宿題、みなさんやってきたとおもいます。十年先の自分自身を思い描き、その将来像を具体的に作文にしてもらうことでしたね。はい、では宿題を回収します。後ろから前にまわしてください」
 百道先生がそう言うと、みんな原稿用紙の束を前にまわしていく。ひとによっては十枚以上書いている子もいるのですが、ぼくは規定ぎりぎりの四枚だけ。それ以上、書くことなどありません。
「それでは宿題を回収している間に、みなさんにすばらしいメンターの方をご紹介しましょう。箱崎さん、お入りになって」
 教室に箱崎太一が入ってくる。ラメの光る阿呆みたいなジャケットを着た四角い顔の醜男はマイクを手にとって、みなさん、おはようございます、と大声で挨拶する。生徒たちはぼそぼそとおあよーごにょごにょよ濁す。
「元気ないなー、おはよーございます」
 前に座る三組の生徒たちだけ大きな声で挨拶する。箱崎は首を捻る。
「生活指導集会でみなさんの指導を賜る箱崎太一です。ヨロシク。俺はさ、先生じゃないから、箱崎先生なんて言わずに、箱崎さんとか、なんなら太一でいいから。
 じゃあー、きみたちさ、学生生活で一番大事なことって、なんだかわかるかな? いつも心がけていなければいけないこと。そう……、きみ、きみ名前は? 村西さん、じゃあ村西さん立って。学生生活で一番大事なこと、村西さんはいつも何を心がけている? ああ、部活動、なるほどね、ちなみに何部?、バレー部、ほおーいいねえ。ありがとう。じゃあきみ、きみはー、園田さん、はい、じゃあ君が一番学生生活で大事にしなければならないことって、なんですか。なに、わからない? なんでもいいんだよ、勉強でもスポーツでも受験でも夏休みでもオシャレすることでも。えっ、もっかい大きな声で、ウンウン、あー友達ね。いいですね。ありがとう。座って良いよ。
 みんなそれぞれ学生生活で大事にしなければいけないこと、いーっぱいあるとおもう。それは人それぞれ違うものだから、やはり大事にしなければいけないことだけど、何より大切なものは、時間、なんだ。きみたちの中学校生活は、たった三年間しかない。たとえば園田さんが九十歳まで生きるとしたら、中学校での生活は人生の三十分の一しかない。その時間はなにものにも替えられない。中学校を卒業したら、二度と中学生には戻れない。それどころか、教師や俺みたいな適当なこと喋る仕事に就かない限り、中学校の校舎に入ることすら許されない。わかる?
 この中にさ、写真好きな子いるかな? ちょっと手をあげて。ウーンと、きみ、そこの男子、はい、宮田くん。きみは何を撮ってる? 鉄道? 君さぁ、学校で写真撮ることはないの? そうだよね、見飽きてるもんね。でもね、君がすきな鉄道は、君がオッサンやジジイになってもいっくらでも撮れるんだよ。今しか走ってない廃線間近の鉄道はともかくね。でも、学校のなかで友達や教室の片隅、黒板に書いてあること、部活やってる子たち、体育館に飾られてる校歌を掲示した額縁とか、旧校舎の壁に刻まれた落書きは、いましか撮れない。いつか教師やカメラマンになって戻ってくると考えてるならそれは認識があまい。君がカメラを構えたときの友達の表情は、プロカメラマンには出すことができない。
 じゃあ、その大切な時間を有効に使うにはどうすればいいか、どう生きればいいか、それをこれから少しずつみんなと一緒に学んでいこうとおもう。ぼくが出張ってくるのは指導集会だけじゃなくて、学生相談も受け付けているから、個人的な悩みは問題を抱えていれば、いつでも学生相談まで来てくれな。今日はね、百道先生がメインでやってくれるから、ぼくは隣で見てる。では、百道先生」
 宿題を集め終えた百道先生が教壇にもどる。今日は水色のジャケットとタイトスカート。晃弥が百道先生のタイトスカートは視覚的テロ行為だと表現していた。そういう格好の先生に対して、女子生徒は辛辣なことばを投げるものですが、金魚鉢学園ではそんな台詞を耳にしない。
「人間は常に成長し続けなければいけません」
 百道先生が言う。この教室では座る順序がバラバラで、お姉ちゃんはずっと後ろの席に座っている。気になって振り返る。お姉ちゃんと眼があう。ぼくの隣の川野桃華とも眼があう。川野さんはときどきぼくをチラ見する。ぼくはまだクラスに溶け込んでいなくて、他の女子生徒と会話することがありません。しかし、何人かの女子がぼくをみる視線に気づくことはあります。それがどういう種の期待かわからなくて、応えることができないのですが、いつまでもお姉ちゃんと晃弥にくっついてまわることもできません。
「川野さんって、何部?」
「…あたし部活はいってないよ」
「部活入らないの?」
「あたしモデルクラブだから、部活やる時間ないんだ」
「クラブって部活と違うの?」
「違うよ。部活は中学の活動だけど、クラブは学園全部」
「モデルって、水着とか着るの?」
「えー、夏目くんやらしい想像してるでしょ」
「し、してないよ」
「アハハ、照れてる。夏目くん、杏樹にそっくりだよね」
「うん、双子だから……」
「えーやっぱそうなんだ。一卵性ソーセージ?」
「違うよ、二卵性だよ。一卵性だと性別おなじになるじゃん」
「てか、夏目くん男子とおもえない」
「え、なんで?」
「カワイイよね」
「そうかな?」
「うん、カワイイよ。怒ったりしないでしょ」
「そんなことないよ、お姉ちゃんと喧嘩することあるし」
「杏樹、お姉さんなんだ」
「うん、五分くらいお姉ちゃん。先に出てきたんだって」
「二人ともカワイイって羨ましいよ。莉音くん女子のあいだでだいぶ噂だよ」
「どんな?」
「彼氏にしたい男子ナンバーワン」
「えー、沖田くんじゃないの?」
「おっきー? あの子さ、人気ないよ」
 百道先生が作文の一部を読み上げる。さっき箱崎に立たされた写真好きの宮田くんの作文。写真好きなんてレベルではなくて、父親がカメラマンで、彼自身も中判カメラでスタジオ撮影を行ったり、海外まで撮影のために旅して、写真をコンテストに応募して何度か賞をとるほどの腕前を持っている。金魚鉢学園にはそういう生徒が集まっているのだけど、当の学園の生活指導部はそのあたりをあまり認識していない。
「プロカメラマンというのは、非常に狭く困難な道ですね。宮田くんはそのために実際に努力して、夢に近づこうとしているのですが、そのような生き方が許されたのは八十年から九十年までのバブルに浮かれていた時代の話で、現代ではもっと現実的に保険をかけておく必要に迫られているのです。たとえば宮田くんであれば、こういうのはどうでしょう。まずは公務員になって、収入と時間の安定した生活ができるようになった上で、写真の道を考える。もちろん、それが遠回りになることは承知の上です」
 宮田くんは下を向いてちいさくなっている。こういうときに何か言いたくなるはずの肝心の晃弥は、今日は大会の最終調整でお休みをとって遠征している。
「えーっと、他にはですね、これ。これはちょっと短いです。いまお喋りしていた夏目くんの作文ですね。将来は医療に関わる仕事が、できたらいいなあ、というのは、もはやその時点で夢物語ですね。将来のビジョンが甘いまま学生生活を無為に過ごすことは、先程箱崎さんがおっしゃった貴重な時間をドブに捨てているのとおなじことです。小学生が書く、しょうらいのゆめ、みたいな文章ですね。これではその将来像が全く見えてきません。野球選手になりたい、とか書いて貰った方がずっと読み応えがあるかもしれないです。ビジョンが上手く思い描けないひとは、せめて夢、希望だけでも持つべきです。その両方とも描けないと」
「ぼくには十年後はありません」
 ぼくは立ち上がってそう発言する。百道はなにもしらないか、しった上で言っているのか、はっきりさせたい。
「なんですか、ありま」
「先生はご存じないかもしれませんが、ぼくは心臓移植を受けています。いまは普通にみえるかもしれないですけど、免疫抑制剤がないと心機能が低下するし、うまくいったとしても、そんなに長生きはできません。十年先はありません。この学校で三年間過ごせたら幸運です。それをしったうえで十年後について先生が書かせたとしたら酷な話です。ぼくは医者になりたいなんて書いていません。医療に貢献したいだけです。ぼくはぼくの死を以てそれに替えるつもりです」
 L教室に入ってから感じたことのないくらいの静寂が支配する。ぼくは着席しない。答えを待つ。みんなぼくをみている。さぞかし有名になったことだろう。言葉に窮した百道先生に、箱崎が助け船を出す。
「人間はみな、運命を受け入れる準備をしなければいけない」
 なにをいっているんだ。
「俺だって、明日、車にはねられて死ぬかもしれない。だけど、それはそれでしょうがないんだ。今を生きるということの大切さを、君は他の誰よりもしっている。充分じゃないか。君らはしらないかもしれないが、ある有名な経営者が大学で講演したときに、今日、自分が死ぬとしたら、今日自分は……」
「すいません、ぼくは百道先生に答えて欲しいです。先生はぼくの事情をしっていたのですか?」
 ぼくは箱崎の演説を遮る。ジョブズの講演くらい馬鹿でもしってる。何を偉そうに。
「しっていますよ。先生は……」と百道。
「もう結構です」
 ぼくは席に座らず、そのままL教室を出て行く。
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