R18恋愛官能小説 青山倉庫

太陽ノ樹

第5話「朱雀橋ホームレス」


「慈恵のなんつーせんせいだったかな?」
 お父さんは車を運転しながらぼくにきく。ぼくはお父さんの車に乗って、休止線の終着駅付近にあるバス停まで母親とお姉ちゃんを迎えに行く。お姉ちゃんは撮影があると、電車ではなくバスでスタジオを行き来する。電車に乗っているとき、高校生に携帯で写真を撮られたことがあって、お母さんが電車での往来を嫌ったのです。
「そうだ、草刈正雄だ」
「お父さん、日下部先生だよ」
「そうそう、あの先生なんかあったのか。前回会ったときは髪の毛黒かったのに、全部白髪になってるじゃないか」
「急に白髪になったんじゃなくて、白髪染め使うの止めたんだよ」
「良い先生か?」
「識らないよ、ぼく手術受けたの慈恵じゃないもん」
 交差点で一時停止。お父さんは二種免許を持っているから、ぼくはずいぶん長いことタクシーの運転手だと思っていました。お父さんもお母さんもお父さんの仕事のことを教えてくれなかったから無理はないけど、小学生の頃、お父さんについて作文を書かされたとき、ぼくは平然とタクシー運転手と書いて、お父さんもお母さんも指摘しなかった。本当は、お父さんは税務署に勤めている役人です。
 車が走り出す。同時にざあと雨が降り注ぐ。雷がとどろき、急に降り出した雨が豪雨と化して、アスファルトに粟立つ水煙を散らし、視界をむらなく遮ってのろのろ運転を誘う。お母さんとお姉ちゃんが心配になる。
「杏樹はこんど、雑誌の表紙を飾るらしいな。ちょっと見せてもらったが、いまの子って派手な格好するんだな」
「エロくなきゃいいよ」
「杏樹はオメー、ペタンコじゃねーか、背もちんちくりんだし」
 そう言ってお父さんはぼくを見ながらへらへら嗤う。ガシャンと衝撃があって、お父さんは急ブレーキを踏む。段ボールが路上に崩れる。フードを被った男が段ボールを拾うのが見える。
「なんだ、あたったか?」
 そう言いながら、お父さんは車を降りる。ぼくも降りて、傘を差す。ひどい雨で、視界は十メートルもない。
「あーあー、なにしてくれんのよもー」
 フードの男が声を上げる。
「大丈夫ですか?」とお父さんがフードの男にきく。
「ちょっと、これ手伝うて」
 お父さんは段ボールを持たされる。ぼくも手伝う。フードの男は段ボールを持って、橋桁に作られたテントの下に運ぶ。ホームレスのようだ。お父さんは道端に積んだ段ボールを跳ねたらしい。
「あーたた、疲れた。アンタ、煙草持ってる?」
 お父さんは自分の煙草を出して渡す。男はフードをあげて、煙草をくわえて火をつける。テントは天蓋だけを帆布で覆っていて、壁はない。地面に並べられたコンクリートブロックのおかげで漏水は免れているのだけど、一体どこで寝泊まりするのだろう。橋桁は古い朱雀陸橋のもので、陸橋そのものはすでに解体されている。
「怪我はないですか? エライ勢いでぶつかりましたが」
 男は手を振る。酷い臭い。
「平気平気、あたしゃあっちの集積場にいたんだけど、業者が戻ってきたからこっち移ったばかりなのよ。荷物を運んでるところに、あーたの車が走ってきてドーン、むしろ車の傷の方が心配やが、ケケケ」
「スンマセン、急にこの大雨ですから…」
「今年の天気はおかしいのう」
「我々は人を迎えにいきますんで」
「ちょーっと待って、せっかくやから、いいもんやる」
 男は濡れた荷物のひとつを紐解き、中から古いハードカバーの本を取り出す。お父さんじゃなくて、ぼくに差し出す。受け取る。表紙には『人造人間』と書かれている。
「それな、ワシが若い頃に書いたんよ。当時は大学で講師をやっとってな」
「どういう内容ですか?」とぼく。
「書いてあるとおりよ。戦時中か、戦前か、ずいぶん昔から日本では人造人間を作り出すための研究しとった。その実験場に研修に行ったときに、その研究がな、基礎研究なんてレベルじゃのうて、すでに実用化のレベルに達しとったわけよ。ほだら、学会に発表して時の人になったらうと息巻いてみたんやが、相当な虐待うけてな。学会はおろか、大学も追んだされたんさ。その本は、ワシがどうしても当時の学会にゆうたりたいこと書き殴った怒りの書ちゅうわけ。素人でもわかるように書いとる。読んでみ」
「ありがとうございます」
 ぼくは深くお辞儀する。こういう胡散臭い本は大好きだ。

「でな、そのルンペン、言ってることがコロコロ変わるから、しつこく訊いてみたらなんのことはない。研究職だったのは確かだけど、本当はただの助手で、バブル期に投資で儲けてそのまま失敗して、借金を穴埋めするために薬の売買や情報漏洩なんかの違法行為で真っ黒け、薬事法違反で逮捕収監されて人生積んで、朱雀橋の下に凋落したわけだ」
 綾川邸の広大なリビングで、ビールを飲みながらお父さんがお母さんとお姉ちゃんに語る。お父さんは呂律の回らないホームレスや心に問題を抱えている病人なんかに異様な耐性を発揮する。ぼくはお姉ちゃんを早く迎えに行きたかったのに、結局三十分以上、橋の下の臭いテントでお父さんはホームレスに執拗に様々な質問をばらまいていた。言葉を変えて似たような質問を散りばめることで、お父さんはホームレスの支離滅裂な言葉から真実を引きずり出すことに成功した。お父さんは税務署に勤めているときいたけれど、国税局の査察部かもしれない。マルサの親父かもしれない。だとしたら、職種を家族にさえ黙っている理由になる。
「そんな人でも、ホームレスになっちゃうんだね。怖いね」とお姉ちゃんが言う。
「バブルで調子こいたもんだから、そうなっ……、ふっざけんなよフィガロ! あーダメだ終わった」
 テレビでソフトバンク、オリックス戦をやっている。二回表で五失点。お父さんの機嫌が悪くなる前に、ぼくは二階の寝室に戻る。ドアを閉めて、鍵をかける。妹が駅前で貰った風船をぽんぽん叩いている。寝室は3つしかないから、ぼくと妹はおなじ部屋で寝る。本来ならお姉ちゃんと亜梨子が一緒に寝るべきですが、ありすが姉とおなじ部屋で寝るのを厭がるし、ぼくはずっと妹とおなじ部屋で寝ているから、お父さんもお母さんもなにも言わない。
 ぼくはベッドに仰向けになって、ホームレスに貰った本を開く。最初のページだと思ったのは、白い和紙で、こう書いてある。
『谷崎先生、蘭陽社に残っていた初版です。古本でも出回っていませんので、回収分を差し引けば、これが現存する最後の一冊となります。担当、若林』
 テントは悲惨な臭いだったけれど、本は書物独特の匂いしかしない。ぱらぱらめくる。目次、人造人間の歴史、人造人間の作り方、細菌と国際規約、不老不死へ到達するヒントとしてのアナロジー、宗教と人形、ホムンクルスの嘘と誠、秘密の要塞、七篇に渡る章立ては想像したほど嘘くさくなくて失望するのだけど、その内容は途轍もなく生真面目。
 もっとも手っ取り早く人造人間を作り出す方法は、人間の成長を止め、自我を奪い、生きた人形にしてしまうことだと書かれている。そして、そのための方法は古くは帝国陸軍が実践的に研究を重ねており、当初その目的は恐怖と疲れをしらない忠実な兵士を作り出すことを標榜していたが、敗戦と同時に研究は軍の手綱を離れ独立して暴走を始め、I中将が隠匿した資料と共に闇に消えた。その資料の一部、成長を止めるためのカビに似た細菌を培養感染させるためのノウハウは目眩ましのために当時のGHQに提供され、米国と英国の研究者によって追試が完了し、国際規約で実験さえも禁じられている。その規約自体、詳細は公にされていない。
 I中将のくだりは、百道先生が大嫌いな匿名掲示板の軍事板でもしばしば語られる程度の想像に過ぎなくて、そもそも革命的な結果が得られず中将止まりだったわけで、戦犯免責のためにどうでもいい資料を差し出しただけと伝えられています。だけど、ぼくはこの種の妄想は嫌いではありません。
「お兄ちゃん、寝ないの?」
「うん……、もうすぐ寝るよ」
 亜梨子はぼくのお腹を枕にして、ジャージに手を差し込む。ぼくは下着を履いていないから、亜梨子の指先はじかにおちんちんに巻きついて、するすると先端を包み、柔らかく刺激する。綾川邸で暮すようになっても、ぼくと亜梨子は一緒に寝て、お風呂だけでなく、寝るときもこんなふうにじゃれあいます。
 ぼくは本を閉じて腰を浮かし、ジャージの下を脱ぎ捨てる。おちんちんが上を向きます。亜梨子はぼくにお尻を向けて覆い被さって、無言のまま、ぼくのおちんちんを咥えます。咥えているところはみえないのですが、熱くて柔らかく濡れた感触に先っぽが包まれて、ゆっくり深く沈んでいく感触が堪らず、ぼくは、甘い溜息を漏らします。亜梨子はワンピースのパジャマを羽織っているけど、ぼくとおなじで下着をつけていません。そのちいさなお尻を両手で包み、親指で中心のもっちりした肉をひらくと、薄くて幼い花弁がぱくりとひろがって、その花弁全体を包むように唇を密着させて、舌でくちゃくちゃまさぐり、亜梨子の密を啜ります。二年もの間、まいばん、ぼくの長大な性器を包み込んだ割れ目は未だに綺麗な肉色で、亜梨子は細い身体を捩って、ときどきぼくの肉から口を離して、甘い溜息を漏らします。
 ふと顔を横に向けると、サイドボードの鏡にぼくらの嬌態が映る。妹を肩に抱いて撫でるような自然な愛撫の表現を逸脱した行為に唖然とするのだけど、そうして鏡にでも映さない限りそれはお互いの頭を撫でたり抱きしめたりするスキンシップのひとつに過ぎなくて、ぼくの未熟な肉体は慢性的な性衝動に発熱し、柔らかな肌とのふれあいをもとめからだじゅうの血流が潮となって下腹部に渦巻いているのですから、それが良いとか悪いという判断と呵責は亜梨子の喉に飲み込まれてきえてしまいます。
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