R18恋愛官能小説 青山倉庫

太陽ノ樹

第4話「人頭蛇と見世物師」


 その日、午後の授業が中止になり、日直だったぼくとお姉ちゃんは、授業で使った定規やコンパス、マーカーを会議室に返す。黒板がマーカー式になったのは今年からで、頻繁にインクが切れる。そのたびに、ぼくたちは会議室の備品を借りる。大会議室の隣は和室になっていて、テーブルと座椅子が並び、窓から中庭が見下ろせます。中庭の向こうは体育館。
「火事があったんだってね、校舎一階の古い教材準備室」
「それでマーカーが無いのかな?」
「マーカーはもともと無いんだよ。備品がよくなくなるし、予備の教科書もないし、要領悪いよね、この学校」
 ぼくとお姉ちゃんは窓際に座って、火事のあった方向を見下ろす。ここからじゃ見えない。お姉ちゃんは片膝をたてて座るから、縞々のパンツがみえてしまう。お姉ちゃんは胸もないし、背もちいさくて、もう中学生なのに初潮も来ていない。下着も子どもっぽくて薄くてサイズもちいさいから、割れ目がくっきり浮かぶ。ぼくは目のやり場に困って、部屋の中をみて、外をみて、お姉ちゃんと眼があって、ドギマギして天井を見上げて、じぶんの制服のナロータイをみおろす。
「どうしたの?」
「いや…、気になってることがあるんだ」
「なに?」
「お姉ちゃんって、好きな人、いる?」
「この学校で?」
「どこの学校でもいいけど……」
「いないよ」
「そっか、ならいいんだ」
「へんなの…。あたし人見知りするからさ、この学校男子すくないし、無理かも」
「お姉ちゃん、人見知りしてたら、彼氏できないよ」
「あっ、でも、気になってるひとはいるよ」
「沖田くん?」
「ぶぶー、あんな脇役顔好みじゃない」
「じゃあ、誰?」
 お姉ちゃんはぼくに寄り添って、慕わしげな眼差しでみあげて、囁きます。
「さぁ、だれかなー」
 お姉ちゃんがぼくの太股に指先を滑らせる。ぼくはまだ教科書を貰えていないから、授業中はいつもお姉ちゃんと机をくっつけているのだけど、授業の最中にもこうやってお姉ちゃんはぼくに触れることがあります。ぼくはみるみる充血して、みぞおちまで反り返った肉がシャツを膨らます。ぼくは妹はおろか、実の双子の姉にさえ欲情する卑劣な少年です。このちいさな身体に納まりきれない情欲が、みぞおちまで反った肉となって屹立し熱を帯びて、成長途上の姉の肉体と媚びた表情に溶かされてゆきます。ぼくは顔を傾けて、お姉ちゃんの唇にゆっくり近づく。お姉ちゃんは、眼をとじる。
「おねえちゃ…」
 入退室場の電子音が響いて、大勢の足音が近づく。ぼくとお姉ちゃんは入り口を振り返る。たくさんの話し声が、となりの大会議室に流れ込んでいく。ぼくらは忍び足で入り口の引き戸に近づくけど、扉の向こう側に椅子が並べられてしまう。この和室は大会議室を通り抜けないと出られない。ゴトゴト席に着く音が聞こえて、やがて静かになる。ぼくとお姉ちゃんも息を潜める。
「本日はお集まり頂きありがとうございます。先日の校舎火災について、内々にお話ししたいことがあり、定例会まで一週間ですが、前倒しして保護者会を執り行わせていただきました」
 渡辺先生の声が聞こえる。金魚鉢では男性教師はいないけど、学年主任とか教頭とかどうでもいいポストにオジサンがいる。何の仕事をしているのかはわからない。
「校舎火災は、現在、消防署の調べで、放火の可能性が高いことがわかっております。外部から持ち込まれた燃焼促進剤により瞬時に燃え広がり、重要なデータベースが一部破壊されてしまいました。お静かに。犯人はまだわかっておりません。ですが、学校内の構造に詳しいものでなければ、出火場所に潜入し、放火することは困難であることから、警察は内部の犯行も視野に入れて捜査中とのことです」
「落書きがあったという話ですが…」
 誰かが発言する。ざわつく。
「本校の校長の肖像がかざってあるのですが、眼に赤いインクで丸をつけられ、このような内容が床に描かれていました」
 急に騒がしくなる。ぼくはお姉ちゃんと二人がかりでテーブルを壁際まで移動させる。大会議室と和室は壁で仕切られているように見えるけど、天井付近はエアコンを共有するために吹き抜けになっていて、声も筒抜け。ぼくたちはテーブルにのって、つま先立つ。壁際の観葉植物のせいで、渡部先生の禿頭しか見えない。すこし横に移動すると、ホワイトボードに貼られた現場写真が見える。
『人頭蛇を生ませてみたいと
 思ひつゝ女と寝てゐる
 若い見世物師』
 何かの一節が、床にスプレーで落書きされている写真。会議室には大勢の父兄が集まっていて、渡辺先生の他に百道先生、田渡先生、体育の先生、英語教師、理科の斉藤先生の姿もみえる。父兄から声があがる。
「とても中学生が書く文章には見えないのですが、生徒も疑われているんですか?」
 質問をうけて、渡辺先生が目配せする。百道先生が父兄の前に歩み出る。
「震災の影響で、精神的に不安定なお子様もいらっしゃるとおもいます。ですが、子どもたちには何の罪もありません。ここに書かれた一節は、こちら、夢野久作の『猟奇歌』の中から抜粋されたものです。残念なコトに、こういった猥褻な悪書を授業の資料として使う教師もいることは、我が校の未熟さでもあります。私たちにできることは、こうした書籍を学内から追放し、生活指導の強化を推進することと考えます」
「すいません、その本が放火の原因のような説明ですが?」と別の父兄。
「この本の中には、こうした一節もあります。放火したい者もあらうと思つたが、それは俺だつた。殊に感受性の高い思春期の青少年を焚きつけるに充分な刺激を与える悪書ではありませんか」
 よく見えないけれど、一部の父兄たちは明らかに唖然としている。
「今回、生活指導の強化において、生徒たちの将来の進路や自我の形成に関わる重要な教育をサポートしていただけるすばらしい方をお呼びしています。箱崎さん、お入りになって」
 会議室のドアが開いて、青いスーツの男性が入ってくる。百道先生からマイクを受け取り、自己紹介する。
「箱崎太一と申します。皆さんの中には、私の箱崎会をご存じの方もいるかもしれません。そう、もともとは企業向けの自己啓発セミナーを主催していたんですが、いまは学生向けにも同様の会を開いており、金魚鉢学園では小学校でもなんどか生徒さん向けにお話させていただいたことがあるんですよ。ま、自己啓発と言いましても、言ってることは単純な話で、『書を捨てよ、町へ出よ』みたいなことを皆さんに実践して頂くわけですね。頭の中でアレやコレやを考えるだけでは何もならないので、いかにそれを形にしていくか、といったことを学びながら、健全な学生生活を送ってもらうため、できる限りのことをやりたいとおもいます」
 何人かの父兄から拍手があがる。オバサンたちが拍手している。ぼくは、箱崎太一をみたことがある。いつだったか、まだ学校に来る前、ぼくが公園で倒れていたところを起こしてくれた渡辺先生と一緒にジョギングしていた四角い顔の男。百道先生がマイクを持つ。
「私たち教師は、放火犯を捕まえようとはおもいません。それは警察の仕事です。学校としては、生徒さんたちに間違った教育をしないよう注意深く、その生活規範の隅々に至るまで目配せして行く方針です。本校は公立ではありませんから、そうしたきめ細かな指導を行う義務と責務があるのです。以上、生活指導と学生相談の窓口を設けるに際して、PTA理事からの説明に移ります……」
 ぼくとお姉ちゃんはふたたび窓際に座り込む。退屈な保護者会が終わるのを待つ。ついさっきまで、ぼくと杏樹お姉ちゃんは、姉弟の過ちに踏み込もうとしていたのに、すっかり熱が醒めてしまって、窓を覗きながら、中庭でおなじクラスの佐竹義弘がBMXを操るのをみる。佐竹はそうやって毎日、休み時間と放課後に一人で練習している。練習場まで行く時間のロスが惜しいときいた。晃弥は練習のために大学まで自転車を飛ばしていったし、居眠りしていた山本裕也は研修に急いだ。沖田くんは撮影で今日はお休みしている。みんなそれぞれの道を歩んでいるけれど、ぼくは彼らのように明日を期待して生きることができない。
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