R18恋愛官能小説 青山倉庫

金魚博士の些末な日常

第11話「子猫」


 一月十四日、土曜日、午後零時十二分、晴れ。昨日よりずっと寒い。
 お父さんが子猫をどこかから貰ってきました。
 赤いキジ猫で、とても大人しくて、あたしが差し出した指先の匂いをかいで、目の前でころんと転がって、お腹を撫でているとウトウトして、それをみているあたしもウトウトしてきて、居間のコタツに入って寝転んで、子猫を引き寄せて柔らかい毛に包まれたお腹に顔を突っ込んでもふもふしていると、真優がいいました。名前はなんにするの?
「のんたんでよくない?」
「お姉ちゃん、それ絵本だよ」
「じゃあ、フクちゃん」
「それなに?」
「おなじクラスに深田さんって子がいるんだけど、猫だいすきなんだって。でも家でペット飼えないらしくて、いつも学校の駐車場に集まる猫さんを携帯で撮って我慢してるの」
「うん」
「それでフクちゃん」
「お姉ちゃん、フカちゃんじゃないの?」
「フカちゃんじゃ、鮫みたいじゃん」
 フクちゃんはまだすこし微睡んでいて、ときどき首を振り、あたしの瞳を絶対に直視しない。家では猫を飼ったことなどないのに、あたしは猫がすきで、いつも観察しているせいか、先日みた猫の映画の嘘くささに辟易しました。猫は積み木の上にジャンプなどしないし、意味もなく鳴かないし、人間の敵愾心にとても敏感で、自分の存在を悟られぬよう息を潜めてささやかに暮し、お腹がすいてやむにやまれぬときだけ、めんどくさそうに、人間の眼をチラ見して、にゃーと鳴いてみせます。人間によってコントロールされた猫なんて、見るに堪えません。
 フクちゃんはお母さんにすこしだけカリカリとミルクを貰ったから、あとは寝るだけ。猫はいちにち十四時間以上眠っています。お腹がすいたら目覚めて、食べて、うんちして、ちょっと遊んで、疲れたらまた眠ります。犬のように、あたしたち人間と深い交流をもったり、遊び相手になったり、守ってくれたり、お散歩に出かけて日々の生活を律したり、悲しみや喜びを分かち合い、やがて年老いて命の尊さを教えてくれることもなく、自分勝手に生きて、誰にも頼らず、誰にも心を開かず、人間たちはみんな下僕か勝手に生きている隣人に過ぎず、著しく孤独な一生を日陰ですごすのにはきっと深刻な理由があります。あたしの直感ですが、猫には、死んだ人間がみえるのです。
 朝から寒いなかガレージで洗車していたお父さんが戻ってくる。カメラを持ち出してくる。フクちゃんを撮る。
「名前決まったか?」
「うん、フクちゃん」
「なんだそれ? 漫画か?」
「違うよ。同級生の子のなまえ」
「ビデオカメラが無いんだよな…。沙希、お前知らない?」
「しらないよ。お母さんにみつかったんじゃないの?」
「そうか……。神社から帰ってきたときはあったんだけどなあ」
 あたしはフクちゃんを抱っこして、お部屋に連れて行きます。真優もついてくる。キッチンテーブルでココアを飲んでいたシュンも子猫目当てでついてくる。フクちゃんをベッドのうえにおろして、あたしは真優の袖をひく。
「ね、ビデオカメラって返したよね?」
 真優はちょっと考えて、首を横に振る。
「どうしたの?」
「先生に貸したの」
「担任の先生?」
「うん、別役先生」
「いつ?」
「休み明け」
「一ヶ月前じゃん。返して貰った?」
「ううん、まだ……」
「返して貰わないと。バレるとまずいよ」
「だって、言いにくいもん。友達じゃないし」
「先生の家しってる?」
「うん、PTAの連絡票に書いてある」
「じゃあ、明日、三人で返してもらいにいこう」
 真優は大人しく頷く。シュンはフクちゃんをくすぐって、フクちゃんはシュンの手に飛びついて、囓りながら猫キック。あたしはとんでもない事実に気づいてしまう。それを問いただす勇気を得るために、すこしだけ、時間が必要でした。
「ねえ、真優。SDカードは?」
 真優は俯いたまま、うーん、と首を捻って「差したままかも」と答える。
「真優、こないだのカビ動画って…、先生が作ったんじゃない?」
「先生はそういうことしない」
「なんでそんなこと言えるの?」
「すごく、優しい先生だから」
 あたしは立ち上がって、上着を取る。真優の手をひく。
「いますぐ行こう。明日まで待ってられない」
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