R18恋愛官能小説 青山倉庫

トッカータ

第6話「指先」


 梅久池のボート乗り場で待ち合わせしていたあたしは、アヤが現れるといつものように手を振る。アヤも手を振る。アヤはボートを指さす。
「乗る?」
「あたしたちだけじゃ、乗れないみたい」
 あたしがアヤの手を取ると、アヤは頬を赤くして肩を竦める。アヤの腕をひいて、野外ステージまで歩く。座席に並んで腰掛ける。あたしはお母さんが焼いてくれたクッキーを出して、紙コップに二人分の紅茶を注ぐ。アヤに紙コップを持たせる。アヤはあたしと目が合うと、恥ずかしそうに顔を伏せる。手を振った時は安心したけど、やっぱりいつものアヤじゃない。
「お母さんが焼いたクッキーなの。あたしも手伝ったけど…。このへんなカタチのがあたしの、食べて食べて」
「うん、ありがと。いただきます」
 あたしは責任持って自分が焼いたもそもそのクッキーを食べる。涼しい風がながれる。特に暑い日でも、梅久池の周囲はいつも涼しい。催し物のない野外ステージには、客席に何人かのカップルと、親子連れだけ。あたしたちは会話がないまま、クッキーを食べて、紅茶を飲んで、ステージ上で遊んでいる子供たちを眺める。
「ねぇ、お花畑に行ってみようか」
 そう言って、あたしはアヤの腕を取る。二人でゴンドラに乗る。歩いていける距離だけど、ゴンドラに乗ってみたかった。窓際に向かい合って座る。ゴンドラが動き出す。駅を抜けると、なだらかな丘の向こうに神奈川テレビの飛行船が浮かぶ。
「アヤ、みてみて、お魚お魚」
「飛行船だよ」
「元気ないね…」
「違うよ、緊張してるの」
 あたしが首を傾げてアヤの顔を覗き込むと、今日はじめてアヤは微笑んでくれる。
「どうして緊張?」
「だって、あたしを好きだって言ってくれたひとと…」
 アヤがあたしを見つめる。あたしは肩を竦める。
「麗羅、かわいいのに、男の子に興味ないんだね」
「かわいくないよ」
「かわいいよ」
「かわいくないもんアタシ」
 窓からお花畑が見える。色とりどりの花が丘の向こうまで続いている。ゴンドラがお花畑駅に到着する。あたしたちは手をつないでゴンドラを下りる。あたしたち以外にはあまり乗客がいなくて、丘の頂上に続く小道は誰も歩いていない。
「暑いね」とアヤが呟く。
「展望台が日陰になってるよ」
 あたしたちはお花に囲まれた小道を歩く。敷石を順番に飛ぶ。用水路を流れる水の音とか、花々を撫でる風の音や、野鳥の鳴き声が聞こえて、花びらが舞って、雲一つ無い青空にさらさらと散る。
 ここに引っ越してきたとき、公園にお花畑があることは知っていたけど、入り口から少し遠いからここまで来たことがなくて、こんなに美しいとは思っていなかった。
 円錐状の天井のある展望台には人がいなくて、お花畑の間に青いツナギを来た作業員の姿が見える。あたしたちは展望台の椅子に腰掛ける。
「麗羅のお父さんって、しゃちょーなの?」
「ううん、カイチョーだよ」
「しゃちょーより偉いの?」
「うん。でも社長とはちょっと違うみたい」
「じゃあ、お金持ちなんだ…」
「わかんない」
「あたし、麗羅ン家に行ったことないけど、やっぱり豪邸なの? 執事とかいるの? 若くてかっこいいセバスチャン」
「あはは、いないよぉ。あたしだって、アヤの家に遊びに行ったことないよ」
 アヤは俯く。遠くを見つめる。
「あたし、お兄ちゃんと部屋が同じだから…」
「アヤ、あたしのせいで喧嘩しなかった?」
 アヤは首を横に振る。展望台の脇を用水路が横切っている。キラキラと輝く清流の畔に、お腹が白い小鳥が降り立つ。指先にアヤの体温を感じる。
「あたし、お兄ちゃんが他の子と逢うのを咎めたりできないもん。だって兄妹だから、つきあうとか、別れるとか、できないもん」
「ごめん…」
「麗羅は悪くないよ。誰も悪くない。あたしとお兄ちゃんだって、ずっとこんなこと続けられないって、心のどこかでわかってるし。麗羅がお兄ちゃんとつきあっても、あたしは何も言えないの…」
「あたし、優くんとはつきあってるわけじゃないよ…」
「でも、逢ってるんでしょ」
「誘われると、断れなくて…」
 あたしが小さくなってしまうと、アヤはあたしの手を取る。からだを寄せる。
「麗羅、気にしないで」
 あたしはアヤの唇を見つめる。自分の唇を近づけると、アヤは顎を引いて逃げてしまう。あたしはアヤの肩に手を回す。指先でアヤの頬を撫でる。顎を上げる。そっと唇を重ねる。

 あたしたちは神社を背景に写真を撮る。
 おみくじを買う。アヤは中吉、あたしは小吉。二人で梅の木に結わえる。お麩を買って、池の鯉に投げる。アヤが金色の鯉を指さして、ジンメンギョ、ジンメンギョ、とはしゃぐ。
 あたしたちは手をつないで、駅まで歩く。電車で梅久池から帰るとき、あたしとアヤは別々の方向になるから、あたしはアヤが乗る下りのホームまで送る。すぐに電車が来る。アヤはじゃあねと手を振って乗る。ドアの脇で振り返る。手を振り合う。あたしは車両の向こう側の席を指さす。
「そこ空いてるよ」
「麗羅、電話するからね」
 手を振る。ドアが閉まる。一度開いて、また閉まる。駆け込み乗車はおやめ下さい。電車から離れてお歩き下さい。
 電車が動き出しても、あたしはアヤにずっと手を振っている。
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