R18恋愛官能小説 青山倉庫

鳴沢文芸部

第10話「発表」

 一週間後、鳴沢青年部が刊行された。
 各クラスに数冊、希望者にも一人一冊配布される。人気投票の結果で文芸部と文研のどちらかが残るという話は全校生徒が知っていて、過去もっとも盛り上がった青年部だと世界史の森野先生が教えてくれた。
 表紙は天音の一枚絵で、縮小コピーではわからなかった、その絵の繊細さとインパクトは絶大で、最初に噂に上ったのはその絵師が誰なのかということ。表紙をめくると、青年部の復刊に寄せて、関係する先生方の言葉が寄せ書きされていて、次の頁に目次、そして四人の作家の作品が名前を伏せて掲載され、窪塚基丹のエッセイが奥付の代わり。実留衣は勝ち負けなんてどうでもいいと言っていたけど、やっぱり気になって、ぼくたちは教室の隅で青年部を開いて、文研の作品を読む。文研の二作品がどれかはわかるけれど、どちらがどちらの作品かわからない。
 病弱な老人が人生最後の旅に出かけて、旅先の各地で様々な想いを綴る純文学作品『波止場の頃』、貸し漁船が難破して、幼い兄妹が漂着した無人島で暮らしていく『六月漂流』の二作品。どちらも格式高い文学の香りがして、紙の上に印刷された文字になると更にその芳香はつよくなる。
 冒頭に『六月漂流』、二番目に実留衣の『穴』、三番目に『波止場の頃』、最後にぼくの『うつくしい世界』が掲載されていた。ぼくは活字になった自分の作品を読む気になれない。週刊誌のように、おもしろい作品順に掲載されているような気がして心が苦しい。
 クラスの男子から、お前が書いたのはどれだときかれるけど、女子たちがそれは訊いたらだめなんだよと諫める。投票用紙は一人一枚ずつ配られ、各クラスで回収する。結果は文芸部と文研の手に触れず、生徒会が管理する。
 放課後、部室を訪れると、塔子が部屋の隅で文庫本を読んでいる。おつかれ、と挨拶する。あの日、中庭で転部の意を伝えられた日から、塔子は文芸部の部室に入り浸るようになっていた。
「投票、明日までだね」とぼく。
「私は今日出したよ」
「自分の作品に投票した?」
「ううん、良いとおもった作品に投票したよ。あたりまえでしょ」
 ぼくは、あ、そうですね、と呟く。塔子はぼくたちなんかよりキャリアが長いから、小説に対する誠実さを失わない。誠実さ、というより、情熱。だけど、今のことばを推察すれば、塔子は清春作品には投票してないだろうから、実留衣かぼくの作品に投票したかもしれない。たぶん、実留衣の作品。ぼくのは、票なんて取れるのだろうか。
 牧野部長が入ってくる。ぼくが不登校だった数日の間に髪型を変えた。老けた雰囲気が明るくなった。牧野部長は、ぼっちゃり系の同級生とつきあっている。携帯で撮った写真を何回も見せられた。今日も見せられるかもしれない。
「感触、どう?」
「なんですか?」
「投票。誰の作品に票があつまりそう?」
「わからないです、ぼくのクラスでは、あまり噂が聞けなくて」
「俺の個人的なアレだけどさ、波止場は逃げ馬、六月先行で穴差し、あとは世界がどれだけ追い込むか、だね」
「ごめんなさいなに言ってるか全然わからないです」
「要約すると、投票期間が短すぎて不利だってこと。ウチの二人はマイルで勝てるけど、四百スプリントに向いてない。しくじったよ、生徒会って窪塚先生の息がかかってるから、投票期間は自由にいじれるんだった。まさか二日間に縮めてくるなんて、予想してなかった」
 天音と実留衣が部室にやってくる。ふたりとも投票の話題を口にする。今回、文研の作品にも天音が挿絵をつけている。だから、どれが誰の作品かしっているのは天音だけ。天音はぼくにもそのことを教えない。ぼくたちはその日、青年部のできばえの話題に終始して、とくに活動らしいことはなく、お喋りだけで解散する。
 ぼくは、天音と二人で帰宅する。天音は帰りの送迎を辞めた。実留衣は予備校に週三で通い始めたから、一緒に帰る日が少なくなった。手をつなぐ。天音は、学校が遠ざかると、手をつなぎたがる。
「実留衣、気づいてるかな、ぼくたちのこと」
「わからないけど、あの子勘が良いから」
「言った方が、いいかな?」
「わからない…。実留衣が聖のことを好きだったら、傷つけてしまう」
「ぎくしゃくするよね」
「それも、仕方がないことです」
 電柱にとまったカラスが鳴く。遠くから、別のカラスの返事がきこえる。カラスは、決して無意味に鳴かない。必要があって、連絡を取り合う。地震があった日、カラスたちが見当たらなかったことを、後になって思い出しました。あれ以来、ぼくはカラスの存在を気にかける。カラスはひとりぼっちにみえることもあるけれど、大抵は支え合って生きている。

 夏休み直前の学期末、部活の生徒以外はみんな早々と帰宅して、学校の中はがらんとしていた。
 部室で、塔子と牧野部長が文学談義に花を咲かせている最中、ぼくは図書館から借りてきた芥川賞作家の本を読んでいて、天音はカンヴァスに向かって木炭デッサンを続けて、実留衣は原稿用紙に向かって腕組みをしたままさっきから動かない。こういうとき、ぼくたちは声をかけない。集中が途切れることのストレスをしっているから。それに、いつもと変わらない部室の光景だけれど、みんな緊張しています。廊下から足音がきこえるたび、ぼくたちは入り口を振り返る。違った。また視線を戻す。塔子と部長の談義は熱を帯びてくる。
「この時期はこういう作家が多くて、たとえば南部修太郎がそうなんですけれど、ナンセンスなんですよ。意味がありそうで、実はなにもない。そこに…」
「いや、意味を求めちゃいけないんだ。九十年代のメディアってすごく魅力的だったんだけど、中身は究極のナンセンスじゃない。四十年代の復古的なエログロナンセンスというより、バロキズムなんだよね。南部もそうだけど、その種の作家って言葉のゴミ屋敷みたいな側面があって、そこを探検するぼくたちの探求心とか知的好奇心を過剰にかき立ててくれる」
「ゴミ屋敷は言い過ぎです。もっと整理整頓されてるとおもいますよ」
「そうだね」
「だから余計にあざといとおもいます。意味深な配列を見せて、ほら、これは宇宙人からのメッセージなんだって、適当に受信したノイズの規則性に丸をつけるような似非科学みたいな行為ですよ。言い換えれば新興宗教の勧誘というか、情報商材の販売ページみたいな、リテラシの低さにつけ込んだステルス商法です。この人たちは、そのとき、本が売れればよかったんですよ。だから汚い技巧で武装する」
「言うねぇ、小野寺さん。武装しないと、批評家にやられちゃうじゃない」
「私は、武装は、いらないと思います」
「どうして? エッセンスだけで、戦える?」
「いいえ、武装しなければ、狙われないとおもっただけです。そういう手合いから、無視されるとおもいます。本来、読者は、作家の未熟さなんてこれっぽっちも気にしないんです。言い過ぎを覚悟の上でたとえるなら、作品は女なんです。批評家は、この子はカワイイとかカワイクナイとか、処女だとか非処女だとかビッチだとか言いたい放題なキモくてモテない一生童貞のオタクくんで、普通の読者は女をナンパしに来るんですよ。作品とヤりにくるの。服と化粧で飾ることはできるけど、脱いじゃえばみんな一緒じゃない。身の丈以上の装飾盛って、期待はずれだったら読者だってたたきますよ。押井守が、ぼくは百人のファンしかいらないって言ったのも、そういう意味だとおもいます」
「いや、言ってることはわかるけど、押井の喩えはそれ違うでしょ」
「揚げ足とらないでください」
「いや、小野寺さん揚げ足じゃないから、落ち着いて」
「冷静です私」
 部室のドアが開いて、丸刈りの生徒会員、二年生の西脇が入ってくる。突然過ぎて、ぼくは驚いて本を取り落とす。
「はい、みなさん。結果発表です」
 ぼくたちは全員席をたち、西脇氏の方に向き直って、神妙に直立不動のまま聞き入る。西脇氏は次期生徒会長候補だったとおもう。いまそんなことはどうでもいいのに、西脇氏の胸ポケットに刺さったどうでもいい万年筆を気にしてしまう。西脇氏は手に持った紙を拡げる。
「六月漂流、二百八十九票、穴、二百七十七票、波止場の頃、八十三票、うつくしい世界、三百十一票。結果、五百八十八対三百七十二。おめでとうございます。文芸部の圧勝となります」
 唐突で味気ない結果宣告。牧野部長はありがとうございますと頭をさげ、天音と実留衣は歓声をあげ、ぼくは頭をかいて、塔子は西脇氏に詰め寄る。
「波止場は、どうしてそんなに票数すくないのですか?」
「不正がありました」
「フセイ?」
「わかりやすく言えば、票を買ったのです。いま生徒会では、既存の学食慰留派と改装派とで議論をしている最中ですが、温井殿が生徒会に働きかけて、改装をごり押しするという話を、改装派の生徒たちに持ちかけたわけです。それによって、百票あまりが無効票となりましたが、それを加えても、波止場は勝てませんね。少々、学生に合わない話だったと、個人的にはおもいます。生徒会では作品を分析していますが、波止場はとくに、学生が書いたと思えない老獪さと計算が随所にみられ、精緻でありながら、肝心の題名が不適切なのです。文学に理解のある生徒の票は、なおさら獲得できないとおもいますよ」
 塔子は、そうですか、と呟いて、それ以上追求しない。
「僅差であった六月漂流と穴ですが、穴の暴力表現が一部の女子生徒の人気を得るに至らなかったことが考えられます。しかし、作品としてはもっとも勢いと精気に満ちたものだとおもいます。六月漂流は非常にきわどい表現が多く、読者に期待させながらも悖徳は描かれないその配慮が、大きな人気獲得に至らない原因だと、生徒会では分析しています」
 ぼくは手をあげる。西脇氏は、なんでしょう、と言う。
「過去の青年部での投票は…」
「ああ、過去のことは、私にはわかりません。それから、うつくしい世界ですが、ええと、三百十一票ですね。最多得票です。これらの中では唯一、直接的な心理描写が皆無だった作品です。どんなに才能に恵まれていても、学生の書く小説は荒削りな稚拙さを隠すことができず、それは内省的な心理描写に際立つものですが、うつくしい世界は、言葉の拙さを逆手に取り、自らの精神を白紙にして読者の心へ巧みに浸透した、と窪塚先生が高く評価されています」
 西脇氏は一礼して、回れ右。ふと、振り返る。
「そうだ、窪塚先生は、顧問を辞めるそうです。もう、お年ですからね…。次の顧問は、みなさんで探してください」
 そう言って部室を後にする。
 牧野部長はガッツポーズして、よっしゃあーと雄叫びをあげるけど、ぼくは椅子にへたり込む。
 塔子は実留衣の袖をひき、どっち、書いたのは、どっちがどっち、と訊く。
「あたしが穴だよ」
「波多野さんが穴なの? あたしは、逆だとおもっていた」
 牧野部長はぼくたちひとりひとりにお礼を言ってまわる。塔子には、正式に文芸部員として迎えると言う。

 ぼくたちは部室の片付けをして、その日は早めに帰宅する。天音と実留衣と三人で帰宅する。
 校門を出て、最初の交差点で、実留衣が振り返ってきく。
「ねえ、ふたり、つきあってるの?」
「どうして?」と天音。
「みてて、そんな気がするよ。前と、ちがうもん」
「どこが?」
「お互いを見てる目が違うの。甘々だよ」
 ぼくと天音は眼をあわせる。天音は頬を朱くして目を伏せる。ぼくも視線を落とす。天音をみていると、あの日愛し合ったできごとを克明に想い出してしまう。
「ほらぁ、もうヤったんでしょ。パツイチ決めた直後のカップルだよー」
「ちょっと実留衣、オッサンみたいなこと言わないで」
「いつからなの?」
「それは…」
「こないだウチに来たときから、へんだったよね。あのとき?」
 天音がしぶしぶ頷く。実留衣はくるくる回りながら、やっぱりそうなんだーと言って笑う。無理して笑う。
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