R18恋愛官能小説 青山倉庫

鳴沢文芸部

第5話「キスと告白」


 休み明け、実留衣は作品を書き上げた。
 最終推敲に入っていて、部室で天音と打ち合わせにはいっていた。天音はスケッチブックにその場ですらすらとラフを書いて、イメージを実留衣と共に固めていく。ぼくは焦燥に駆られ、もくもくと執筆に入る。頭の中でイメージが曖昧模糊としたまま書き始め、スグに行き詰まる。行き詰まってしまうと、何時間経っても進まない。
 仕上がりかけの実留衣の原稿を読ませて貰う。
 女性専用マンションに住む女子大生が主人公で、入居した部屋の壁に穴が空いているのをみつける場面から始まる。女子大生は穴に練り消しを押し込んで、管理会社には伝えずに済ますのだけど、ある夜、すすり泣きをきいて、穴を覗いてしまう。自分の部屋と左右対称なレイアウトの部屋に、女性がひとり、ベッドに縛られて、仮面を被った男に暴力を受けている。暴力はエスカレートして、血しぶきがカーテンに飛び散るのを見て、女子大生は警察に通報する。警察が駆けつけて、隣室を調べるのだけど、隣は空き部屋で、空いている穴は隣室には届かず何も見えないと言われる。翌日の夜も、悲鳴をきいて眼がさめる。不安を感じた女子大生は、機械に詳しい学友に相談し、CCDカメラで穴の向こうを撮影することにする。一晩中きこえてくる暴行の音と悲鳴、しばしば絶叫になる。翌日、撮影された映像を分析すると、その部屋が女子大生の部屋と左右対称なこと以外はまったく同じで、暴行を受けている女性は女子大生とソックリで、壁に掛けられたカレンダーは来月になっている。女子大生が自室に監禁されて、暴行を受ける未来の映像かもしれないと、学友が言う。二人は協力して、その運命を回避する方法を探し始めるのだが、女子大生は仮面の男が学友であることに気づいてしまう…。
 そこまで読んで、推敲中の原稿に追いつく。先はまだまだ長いけれど、実留衣なら二三日で仕上げてしまうだろう。
 ぼくと実留衣はその日、一緒に帰宅した。
 道すがら、実留衣は昔のことを持ち出す。あたし、ほんとうは聖の書いた作文を読んで、小説を書き始めたんだよね。だから、聖には才能があるとおもうの。
「いつの作文?」
「中二のとき、夏休みの宿題で出された作文だよ、覚えてない? やる気のない適当な作文と、勘違いした内容の作文が溢れる中、聖の作文は絶対的に静謐で、うつくしくて、一文一文が異彩を放っていたの。先生も驚いてたじゃない、覚えてないの?」
 夏休みの最後に、夏休みが終わってしまう憂鬱のなか、覚えていることを作文ノートに記録しただけ。なにを書いたかなんて覚えていない。山も谷もない、平淡な文章だったはずです。ぼくに才能なんてあるわけない。実留衣の思い遣り、だとしたらすこし切ない。
「それ以来、ずっと趣味で小説を書いてて、将来物書きになれたらいいなとおもっていたけど、あたしには聖ほどの才能はないから、小説家なんかになるより、小説家のお嫁さんとかになれたらいいなと思う…よ」
 そう言って微笑む。ぼくは、実留衣が好意を示してくれるとき、素直さを忘れて、硬直して、言葉が出てこなくなる。どうしてだかわからない。
 通学路の途中にある神社への石段をのぼるとき、実留衣はぼくと手をつないで引っ張る。実留衣が輝いて見える。ぼくたちは二人で並んで勝利を祈願するけれど、ぼくはまだなにも書いていない。

 ぼくは本格的に執筆を開始する。
 恋愛小説。二人の少女の間で揺れ動く主人公の心情をひたすら丁寧に描く。その三人は、ぼくと、実留衣と、天音がモデルだったけれど、事実はぼかして描く。著しいプレッシャーをかんじる。正体不明のその抑圧は、本をよむといつも感じていた類のものです。
 小学生の頃、友達がすくなくていつもひとりぼっちだったぼくと仲良く遊んでくれた天音のこと。中学になって天音が転校すると、ますます孤独になって、ときどき喋ってくれる実留衣との会話がひたすら嬉しかったから、実留衣の前では子供のようにはしゃいだことを覚えている。それらひとつひとつのなんでもないしあわせを紡いで、行間に織り込んでいく。
 寝食をわすれて執筆をつづけるぼくに、母親がホットレモンと暖めたパイを持ってきてくれる。
「聖、お姉ちゃんがね、いま彼氏を連れてきてるのよ」
「また来たの?」
「またってなによ。こないだと違って、今日は二人で一緒になりたいって言う報告よ」
「あ、そうなんだ」
「まぁ、感動のない子ね。これから病院のお父さんのところまで報告にいくから、ちょっと留守番しててね。あんたも、後でご挨拶するんよ」
「うん、わかった」
 適当にそう受け答えしたけれど、ぼくの心は大きく揺れていた。お姉ちゃんは、やっぱり結婚するんだ。そう思うと、なぜだか心細くて切ないきもちになる。いま、小説を書く、という使命がなければ、落ち込んでしまうかもしれない。夢中になれるものがあることは、何もしないでいるよりも楽なのです。
 翌朝、天音が家を訪ねてくる。
 一緒に登校する。ぼくは、小説が進み始めたことを報告する。そのせいで、あまり寝て無くて、まだ眠たい。天音は純粋に喜んでくれる。あの小説を見せたら、天音や実留衣はどうおもうだろう。それをしるのがこわいけれど、しりたい。学校に到着する。授業を受ける。居眠りをする。隣の席の河合さんに、小説書いてるの?と訊かれる。他に人にも訊かれる。急に注目の的になる。
 お昼は、お弁当を実留衣と一緒に食べる。放課後、部室で執筆を進める。天音が絵を描くために、パソコンが欲しいと言い出す。牧野部長と二人で、図書館の地下で蔵書管理用につかっているiMacを借りる。天音は下絵をスキャンして、ペンタブで絵を描く。帰りは、天音は家から迎えが来る。ぼくは実留衣と一緒に帰る。実留衣は朝、お父さんに車で送って貰っているから、天音とは逆。ぼくは二人と朝と夕方、一緒に登下校する。仕合わせな日々、なのかもしれない。ぼくたちは仲良しだけれど、それ以上、進展はない。

 六月に入って長雨が降る日、ぼくの小説が完成する。冒頭から読み返し、いくつか手直しが必要な箇所をチェックする。ぼくの物語は、二人の少女のうち、天音がモデルになっている子に告白するところで結末する。気がつくと朝になっている。原稿用紙を鞄に詰め、制服に着替えて、ぼくは物語を現実のものにするために、覚悟を決める。
 だけど、その朝は、いつもの時間になっても天音は来なかった。
 毎朝かならず来るわけじゃないから、ぼくは気をとりなおして、一人で登校する。携帯で天音にメールする。おはよう、先に行ってるよ。しばらくすると返事が来る。用事があるから遅刻するかも。そういえばぼくもギリギリに出たから遅刻しそうだ。近道をするために、普段決して通らないラブホ街を抜ける。
 ホテルの白い壁に挟まれた出入り口から、背の高い男の人と、天音が連れ立って出てくる。ぼくは建物の柱に身を隠す。男の人が屈んで、二人はキスをする。天音はひとりで登校する。ぼくは、ルートを変える。
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