R18恋愛官能小説 青山倉庫

鳴沢文芸部

第3話「佐賀」


 佐賀にいく羽目になった。
 佐賀に作家を捜しに一人旅したいなんて母親には言えない。母は生活に余計なイベントを持ち込むことを著しく嫌う。ぼくが自分の意志で勝手になにかをすると、迷惑に感じるのです。だから、ぼくはゴールデンウィークに祖父の家に行くと言う。祖父には、電話で口裏を合わせて貰う。祖父には、一人旅の話をしておく。祖父はぼくの身勝手を喜ぶ。男の子は冒険したほうがいい、と言う。
 佐賀行きのチケット手配について相談しようと部室を訪れた日、実留衣が新入部員を連れてきていた。
「和智天音といいます。よろしくお願いします」
 天音が牧野部長に頭をさげているところに出くわして、ぼくは入り口の石膏像の陰に隠れた。
「あら、七隈くんも文芸部ですか?」と天音がきいた。
 ぼくは小学生の頃、天音とおなじクラスで、一緒に遊ん仲良しさんだったけれど、中学のときに天音が転校してしまって、それ以来、連絡は取っていなかった。三年のブランク、天音はすこし大人びたくらいで変わっていなくて、一目で天音と気づいた。
「あま…和智さん、鳴沢に入ったんだ」
「入学式のときにすれ違いましたよ。視線があったから、気づいているのかとおもったけど…」
「そう、ぜんぜん、気づかなかった」
「あたし、絵が描けるから、挿絵描かせてもらおうとおもって」
 天音は切り絵に似たお洒落な絵を描くことをしっている。こどもの頃から上手だった。実留衣は、知り合いなの?と不安げ。ぼくは小学校で一緒だったよと説明する。実留衣は、天音とクラスがおなじになったことがない。
 牧野部長に佐賀行きの話をする。部長は紹介状を用意してくれていた。天音と実留衣も一緒についていくと言う。牧野部長が、それじゃあ部員みんなで行こうかと言うけど、実留衣は部長はこっちに居てくださいと言う。天音は、ハウツー本なんて役に立たないかもしれないと言う。それでも、ぼくは旅に出たい。そのハウツー本は口実にすぎない。

 初めて乗った飛行機は、離陸のときの加速で怖くなり、福岡空港への着陸時にもフラフラと揺れることに怖ろしくなり、空港ロビーに降りたときはもう帰りたくなくなった。天音と実留衣は離陸から着陸までずーっと眠っていて、ぼくを両脇で挟んでいるのに喋ってくれない。
 牧野部長が調べてくれた情報では、秋月義彦は佐賀の伊万里というところに住んでいて、福岡県内の大学にときどき講師をしに訪れるくらいで、ほとんど自宅を離れないと言う。窪塚先生宛の書簡に書かれた達筆の住所だけを頼りに、ぼくたちは地下鉄に乗る。唐津まで二十三駅、そこから筑肥線に乗り換えて十二駅揺られると、こぢんまりとした伊万里駅に到着する。駅前広場はハチ公口よりも広大だけど、人がひとりもいない。空は曇っていて、雨が降りそうだったのを覚えている。だけど、旅はまだ終わりじゃない。ぼくたちはそこからタクシーに乗って旅館まで。旅館と言っても、風情とは無縁。秩父と変わりない。ただ、どこもかしこも人がいない。旅館も、お客はぼくたちと、会社員と、家族連れが一組くらい。
 ぼくたちは部屋に荷物を置いて、旅館を出て、すこし歩くと麦蕎麦屋があって、そこでお昼を食べる。時計をみると、もう午後二時を回っていた。実留衣と天音はお喋りしながら食べるから、ぼくは先に食べ終わってしまって、牧野部長に貰った書簡を取り出して、お店のおばちゃんを呼び止める。
「この住所に行きたいのですが」
「立花町ね、こっからはうーんと遠かよ」
「歩いていけますか?」
「車かタクシーやないと、バスも通っとらんし。あら、これは秋月センセの実家やないね」
「ご存じですか?」
「ウチの店にもときどき来んしゃるよ。でもいまおらんちゃなかろか。ねえ、のぼるさん、秋月せんせて山岳会に出かけとる言うてたよね?」
 お店のおばちゃんが、奥の厨房に声をかける。
「なんてー?」と厨房からおじさんが顔をだす。
「あーきーづーきーせんせ、こないだ来たとき、出かけるからしばらく来れんち言うとらんかった?」
「ああ、先生は山岳会じゃろもん」
「秋月先生は山岳会ちゅうて、山登りする団体におるけん、今の時期は阿蘇だか天拝山だかに登りにいっとるとよ。あーたたちは秋月先生に会いに来たと?」
「そうです。本を見せてもらいに東京から」
「本?」
「秋月先生の本って、お店に売ってないんです。だからぼくたち、先生に直接本を見せて貰おうとおもって」
「あら、そんなら真鍋さんトコ行ったらいいったい。秋月先生の本ならいっぱいもっとるはずやけん」
「真鍋さんって、誰ですか?」
「秋月先生の飲み友達よ。ちょっと待ってね、いま電話しちゃるけん」
 そう言って、おばちゃんはカウンターのダイヤル式電話を取って、電話をかける。もしもしートシちゃん? あんね、あんた秋月先生の本いっぱいもっとるやろ。いまお店に学生さん来とってさ、秋月センセの本ばみたいて、うん、うん、そんなら夕方帰ってくるっちゃろ、いいよいらんことせんで、トシちゃんの住所と電話番号ば教えるけん、ちょっと話聞いてやらんね、東京から来とらすとよ、うん、うん、そんならよろしくね、はい、はーいはいはい。
 おばちゃんがカウンターのメモ用紙に住所と電話番号を書いて、ぼくに渡す。
「真鍋さんはここから歩いて十五分くらいのところに住んどるけど、今から出かけなさるって。明日の夕方には帰るって言ってるけど、明日までこっちにおると?」
「はい、明日までいます」
 真鍋俊三は秋月義彦の大学の級友で、飲み友達らしく、蔵書を交換する仲だと言う。ぼくたちは空っぽの秋月宅まで無駄足を運ばずにすんだのだけど、やることがなくなってしまった。
 ぼくたちは釜跡をみにいって、ぶらぶらしていると、焼き物体験教室みたいなものに誘われた。ろくろを回して、泥だらけになってお茶碗をつくって、筆ででっかく「聖」って書いて焼いて貰う。焼き上がるまでに二週間くらいかかるから、ぼくたちは自宅の住所を書いて送付して貰う。
 夕方、旅館に戻って、夕食を食べる。春野菜をつかった湯葉会席。実留衣は、秋月義彦とは会えない気がするという。そんなことより、明日も観光を楽しめばいい。だけど伊万里には伊万里焼以外にみるものがあまりない。桜はもう咲いてないし、観光名所は伊万里のあちこちに点在していて一度にまわれない。それ以上に、伊万里をよくしらない。牧野部長に紹介されるまで、伊万里焼は瀬戸内海で焼かれていると思い込んでいたくらい知識に乏しい。唐津街道沿いにはすこしお店があって、それ以外は住宅地、川向こうに学校と寺、市民図書館。
 お風呂にはいる。
 浴場は女湯と男湯にわかれていたけど、外には混浴の露天風呂。夜も遅くて、他に客もいないし、ぼくは最初から露天風呂に浸かる。薄暗がりの湯煙の向こう側に、天音をみつけた。天音はぼくに気づいて、湯船の中を泳ぐようにふわりと近づく。
「実留衣はね、恥ずかしいから露天風呂はイヤなんですって」
 そう言いながら、天音はぼくの真横にぴたりと寄り添う。肩まで伸びた髪をタオルで巻いていて、とても大人びてきらきらしています。天音は、お嬢様だから、いつも丁寧なことばで喋る。小学校のころから変わっていない。
「天音は平気なの?」
「あたしは子供っぽいから、みられて恥ずかしいトコなんてないですよ」
「そ…そう」
「聖は、実留衣のこと、どうおもっていますか?」
「どうって?」
「すき、きらい?」
「ただの友達だから…」
「ただのトモダチ…だなんて、いやな言い方です」
 そう言ってぼくの耳元でくすくす嗤う。ぼくは正面の暗がりを見つめたまま、天音を直視できない。天音と二の腕が密着していて、からだの一部分が充血してみるみる大きく硬くなるのを感じる。ぼくは腰にタオルを巻いたまま湯船に浸かっているけど、露骨にタオルがテントになってしまって、ぼくはぎこちなく両膝を抱える。
「天音は変わらないね」
「あら、幼いってこと?」
「ううん、雰囲気が、お日様みたいで」
「あたし、未だに胸がちいさいんですよ、ほら」
 そう言われて、ぼくは天音の乳房に眼を落とす。思ったよりふっくらした乳房と、桜色の乳首が湯船に揺れる。
「幼いですよね。あたし、アソコにもまだ毛が生えてないんです。触ってみる?」
「え…」
「聖なら、触っていいよ」
 そういってぼくの手をとって、太股で挟む。湯船の中で、ぼくは指先を動かして、天音のなめらかな割れ目に指先で触れる。つるんとした大陰唇に柔らかな小陰唇が包まれていて、花びらのよう。天音がぼくのタオルをひったくって、ばしゃりとぼくの頭に載せる。
「湯船にタオルを浸けてはいけません、アハハ…あん」
 ぼくが中指の腹で割れ目をなぞると、敏感に反応して、甘い声をもらす。初めてきく、天音の媚声。やわらかな指先が、ぼくのそそり立つ陰茎にするりと絡みつく。唇が五センチの距離にあって、お互いの吐息が触れあうほどに近づいて、
「おとーさん露天風呂あるよー」
 女の子の声が響いて、素っ裸の少女が露天風呂にぱたぱた走ってくる。足の先端を浸けて、あちっ、と言う。ぼくと天音はゆっくり離れて、天音は先にあがるね、と言ってお風呂を出る。ぼくは充血がおさまるのを待ってからお風呂を出る。部屋に戻ると、みっつ敷かれた布団にそれぞれ横になって寝る。ぼくは真ん中で寝る。天音は万歳したまま眠ってしまう。歯磨きから戻ってきた実留衣が天音のばんざいを下ろしてあげる。
「実留衣は、どうやって、あの文章を書いているの?」と訊く。
「どれのこと?」
「いま部室で書いているの」
「たくさんの本を読んで、たくさんの文章を書いて、たくさんの文体をまねして、ようやく書けるようになったよ。そういうのって、たくさんの努力をして、達成できるものじゃないの」
「そうだね…」
「聖は、それを簡単に得ようとしている。それは、不毛な努力だとおもう」
 そう言って、実留衣は背をむけて眠ってしまう。
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