R18恋愛官能小説 青山倉庫

鳴沢文芸部

第2話「部活動」


 活動のない部活を探していました。
 ぼくがみつけたのは文芸部。もともと大きな部活だったけれど、過去に事件を起こして部員が減った文化系クラブで、あまりに規模が小さいから、廃部寸前の美術部と統合し、美術部の部室を使っていた。ぼくはそこで、毎日、適当に置いてある本を読んでいるだけで、部活動に参加したという内申を得たかった。
「聖くん、小説書いてみない?」
 嗚呼、災いの発端はなんと素朴なのだろう。
 文芸部の部長にして、ぼくが入部する前は唯一の部員だった牧野友親部長が、ぼくに小説を書くことを薦めた。あるいはいくぶん強要した。一人だけの部活になって、活動らしいことがなにもできなかったけれど、ぼくが入部したことで、牧野先輩は学内誌を復活させたいと言い出した。
 文芸部は過去に学内誌「鳴沢青年部」という冊子を配布していた。クラスに一冊、希望者には有償で、かなり大量に発行していたときいた。実際、いまでも部室の片隅のキャビネットには過去の鳴沢青年部がすべて揃っていて、何冊か読んでみたけれど、どれもアカデミックな文学気取りの小冊子で、荒削りで、へたくそで、だけどなにかわくわくさせるエネルギーに溢れている。
 ぼくは本を読むのは好きだったけれど、書いたことなど一度もない。読む能力と、書く能力は、別物です。ぼくは図書館へ向かって、いつも読んでいる最近の作家ではなく、古い、教科書に載っているような文学者の作品を手にとって読んでみる。実に、実に、退屈でした。ぼくは尾崎紅葉とか、漱石とか、泉鏡花とか、注釈がないと読めないものまでまとめてロビーに持って行って、数頁読んで眠ってしまったのだけど、ぼくをだれかが揺り起こした。おなじクラスの波多野実留衣。
「なに読んでるの?」
 実留衣は小学校から同じ学校だから、クラスもおなじになったことがあるし、高校でもおなじクラス。中学までは三つ編みの地味な眼鏡っこだったけれど、高校生になって髪型が変わって、眼鏡もお洒落になった。女子はみんなそうやって同級生の男子を引き離し、急激に大人になっていく。
「文芸部に入ったんだ」
 めんどくさがりのぼくは、そうやって一言で全部説明しようとするけど、実留衣はあまり賢くないから、首を傾げてしまう。
「参考になればとおもって、古い作家の本を読んでみたんだけど、ツマンナイね」
「文芸部入ったんだ、へぇ」
「実留衣は、部活は?」
「あたしまだ入ってないよ。あたしも文芸部入ろうかな?」
「部員は、ぼくと部長の二人だよ」
「二人だけ? あたしそういう部活がいい」
 ぼくは実留衣を連れて部室に戻り、牧野部長に入部届を書かせて貰う。部員は多い方がいいと言われて、ぼくたちは勧誘もやることになった。

 ろくに勉強していなかった中間試験の結果は散々で、実留衣と喫茶店の窓際カウンターに並んででドーナツを食べながら腐っているところに、温井清春と小野寺塔子が通りかかった。
 清春はちいさい頃から知っている奴だったけど、中学に入って成績が学年トップになってからは元々悪かった性格に磨きがかかって、格下を捕まえては様々な表現で罵倒する。
「聖、お前こんなとこでドーナツなんか喰ってていいのか? 成績順位表みたぜ。お前そんなんで受験大丈夫かよ?」
「一年から受験なんて心配してないよ」とぼくは応える。
「しってるか? 鳴沢は一学年九クラスで、一組から成績の良い順に振り分けられてるらしいぜ。お前はその調子じゃ来年も九組だな」
「そんなのただの噂じゃないの」
「お前さ、文芸部に入ったんだってな」
「だからなに?」
「四十一期生の鳴沢青年部がヒデー内容で、廃部になったってきいてたけど、まだあったんだな、その部活。まあ部員の集まらない落ち目の部活だとおもうけど、がんばれよ。なんならおれが復活させてやろうか?」
 小野寺塔子が清春の袖をひいて、やめなよ、と呟く。ぼくがなにか言おうとするのを無視して、清春と塔子は店を出る。
「なにあれ?」と実留衣。
「温井清春。頭いいけど、性格悪いんだ」
「塔子、あんなのとつきあってるんだ…」
「小野寺のこと、知ってるの?」
「中学の頃、おなじクラスになったことあるよ。真面目で堅い子だけど、あーゆーのとくっつくタイプとはおもわなかった」
 ぼくはそのとき、清春についてそれ以上語らなかった。清春は友達ではないし、深く関わることを避けているのだけど、過去にあったある事件をきっかけに、清春はぼくに強い敵愾心を抱いている。だから、こうやって町中ですれ違っただけで勝手に牙を剥く。
「聖は、だれかと、つきあったことある?」
 実留衣がそうきいた。ぼくはなんてこたえたか覚えてない。
「聖はおとなしいけど、女の子と喋るの抵抗なさそうだよね。すきなひととか、いるの? いないの? どんなタイプがすきなの?」
 実留衣はそうやってしつこく囁くのだけど、きっとぼくはしどろもどろに曖昧に受け答えしたにちがいない。

 ぼくは小説を書き始めたのだが、誰かの表現を借りてきたツギハギにしかならなくて、数枚書いただけで原稿用紙を破り捨てた。部室に限らず、家に帰ってからも書き進めるのだが、場所が変わってもなにも改善しない。
 実留衣の原稿を見せて貰いました。
 ぼくよりもずっと筆が早くて、書きかけの文章もしっかり固まって迷いがない。ぼくには、なにが違うのかわからない。実留衣はじぶんのことばをもっていて、ぼくは他人のことばを借りるしかない。牧野部長は資料をあつめてくるばかりで、じぶんで何かを書くことはない。牧野部長はタイポグラフィが得意なひとで、もともと美術部系の部員です。本はたくさん読むみたいだけど、装丁ができる貴重な人材のひとり。実留衣は書ける人材のひとり。ぼくはなんだろう。
 ぼくたちは週末、三人でご飯を食べに行った。
「七隈くんはさ、どういう本がすきなの? ラノベとか読まないよね?」
 牧野部長が聞く。ぼくは首を傾げる。
「現代作家は、全般的に読んでます。でも、ラノベはあんまり…」
「小説ってさ、昔と違って原稿用紙に書かずにパソコンでカチャカチャ打ち込むわけじゃん。作られるスピードも速いし、売れた作品に似たようなものをどんどん量産できちゃう。だから、下手な鉄砲を数撃って、あたったら二匹目、三匹目のどじょう狙いの劣化コピーが量産されるんだ。そうやって小説ってどんどん劣化していって、だけどやっぱりちゃんとした文学ってのはどこかに残っていてさ。そしていまや、文学と商用小説とのあいだには大きな溝ができちゃった。ケータイ小説とかラノベとか、ネットとかでいい加減な小説書いてる奴も増えて、需要を供給が遥かに上回ってるのだけど、品質が需要に届いていないんだこの世界って。そのわりに数ばかり増えていってさ。市場が飽和してるのに、書籍を電子化するのを嫌って意固地になってる界隈もあるわけじゃん。売れるわけないよね。だから本を売るために、パフォーマンスするひとたちもいる。有名人を使うひとたちもいる。手直ししようのない本を映画化してみたり、出版社の人たちが毎日夜なべして手作りしたポップを書店に平積みされてる新刊本の前に飾ってもらったり、あの手この手で頑張ってるけど、商品に魅力がねーんだもん。アート然とした表現や哲学で武装したかっこつけ勘違い作家と、売ることに特化して読者のほう全然見えてない軽ーい作家と、なんかそういう厨二病をワッショイする編集と、間違ってそういうのを追いかけちゃってる劣化した若手とか、劣化というより退化だよね、進化を逆行するしかなくなったのかもしれないけどさ出口を見失って。彼らに共通してるのは、昔の作家にあったドロドロしたエネルギーというか、人間の臭いが失われてることなんだ。売れるパターンを熟知してる東野ナントカなんて、小説生産手工業だろあれ。そういうのみてるとさ、おもっちゃうわけ、小説っていう文化はいっぺん滅びた方がいいんじゃないかって」
「そう…なんですか」
「秋月義彦ってしってる?」
「いえ、しりません」
「小説のもってる機能とか作用にとても造詣の深い作家だったんだ。いまは引退して、大学で講師をやってるらしいけど、彼の書いた小説教本は一読することを薦めたいんだ。あまり知られてない話だけど、有名人の代筆をやってるゴーストライターの多くが、秋月義彦の小説教本をバイブルとして所有している。ネットで連中が集まるSNSに潜り込んで知ったんだけど、教本を読めば、好奇心をかき立てる文章が書けるようになるらしい。あやしい情報教材みたいな触れ込みで、俺も信じてなかったんだけどね、おどろくべきことに、秋月義彦って鳴沢の卒業生なんだ」
「そんなにスゴイひとなんですか?」
「スゴイかどうかしらないけど、SNSでは教本持ってることが前提で話が進んでることがあって、手に入らない人たちのために一部コピーがアップロードされたこともあってね、俺みたんだよ部分的にだけど。いまさっき俺が偉そうに喋ったことはその受け売りに近いんだけどね。まあ、教本書くだけあって、そこに書かれた理論で教本も書いてるんだろうけど、俺続きが読みたくてしょうがないんだ。あれだけ序文で煽られたあげく、本文落とせて無くて。肝心なことがぜんぜんわからない。どう、七隈くん、教本手に入れてみない?」
「ちょっと、みてみたいです」
「俺、窪塚先生に頼んで、紹介状書いて貰うよ。七隈くん、ゴールデンウィーク利用して行ってみなよ」
「どこにですか?」
「秋月先生の住んでる佐賀に」
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