R18恋愛官能小説 青山倉庫

絶頂ラジアン

第12話「幽霊の噂」

 お昼休みのチャイムが鳴る。
 ぼくは崇と向かい合ってお弁当を食べる。達也は今日もお休み。あれ以来、会っていない。携帯の番号はしっているけど、こちらからかける気にはならない。崇がぼくのお弁当箱から出汁巻きを摘んで食べる。
「旨い。弁当、早苗さんがつくってんの?」
「今朝はじぶんでつくったよ」
「なあんだ」
「早苗さん、料理はあんまり得意じゃないみたい」
「ふだん、休みの日とか、喋ったりするの?」
「うーん、生活時間帯が違うから、すれ違いばっかりだよ。ときどき喋るけど……」
「喋るだけ?」
「こないだ、ぎゅって抱きしめられた」
「うーわ、さらっと惚気やがった」
 ぼくは出汁巻きの代わりに、崇の弁当から笹蒲鉾を盗る。抱きしめられたのは嘘。ほんとうは避妊具をお口でつけてもらった。そんなこと誰にも言えない。
「崇さぁ、結愛とつきあってるの?」
 小声で訊く。結愛は教室の対角線上の一番離れたところで、他の子たちとお喋りしながらお弁当を食べている。
「ハハッ、なわけねーじゃん。トークがおもしろいから友達なだけだぜ」
「結愛は、つきあってるみたいなこと言ってたよ」
「なんじゃそら、あいつ自身がそういう噂を流してんのか」
「ただの噂なの?」
「俺、アテクシ系とギャル系嫌いなんだよ。第一、あいつ別にかわいくないじゃん」
「そっか……。じゃあ、どういうのがいいの? つぐみとかは?」
「つぐみは可愛いけどさ、おれ年上がいい。オバサンまで行かない感じの。だから、お前ンちの早苗さんとか理想のなかの理想なんだよね。そういえば、つぐみとお前はヤったんじゃねえの?」
「誰がそんなこと……」
「結愛が言ってたぜ。廃墟でヤリまくったって」
「そっか……」
「何回ぐらいヤったの?」
 いちばん前の席で、つぐみは友達とケラケラ嗤ってる。つぐみは確かに可愛いけれど、ぼくはどうしても興味を持てない。つぐみとエッチしたと言えば、嫉妬するひとだっているだろうけど、してないと言えば、つぐみが法螺吹きになってしまう。火星の女になってしまう。
「えっと、七、八回くらいかな」
「ヤリ過ぎだよ。お前、綺麗な顔して、さらっとスゴイこと言うよな」
 普通のひとが何回くらいするのかしらないから、控えめに言ったつもりなのに、崇は眉をひそめる。二、三回じゃすくないし、四、五回じゃ中途半端すぎるとおもった。ぼくが毎晩、恵未と十回近くしてるのは、とんでもないことかもしれない。急に、恵未のことが不憫になる。
「櫻井くん、櫻井くんはいるかい?」
 教室に他のクラスの男子生徒が入ってくる。背が低くて五分刈りで、いつものバンダナをアタマに巻いてないから、しばらく誰だかわからなかった。ぼくは弁当箱をしまって、立ち上がる。
「えっと、オカ研のひと…」
「久松大介だ。いい加減、覚えてくれ給え」
「何か用ですか?」
「もちろんだ、用がなければ他のクラスなどに来ない!」
「はあ……」
「華欄ホテルで、きみがみたと主張する幽霊の話なんだが、もっと詳しく聞かせてくれないか」
「いま、ですか?」
「図書館までついてきてくれないか。そこで、話をしよう。他のメンバーも集まっている」
 崇はひどく眉をよせて、久松をみつめる。
「崇、めずらしい生き物じゃないんだから……」とぼくは囁く。
「ああ、うん、ああ…」
 上の空。
 ぼくは、行きます、と答えて、久松の後について教室を出ようとする。久松はわざわざ教室の後ろから出ようとするから、結愛のそばを通りかかる。結愛と目線があってしまって、話しかけられてしまう。
「智之さま、ごきげんよう」
 最近、図書館に入った小説の影響。結愛は成績が悪い癖に、本をたくさん読むし、知識も語彙も豊富だから始末に負えない。ぼくもまけずに挨拶し返す。
「結愛さま、ごきげんよう」
「つぐみさまとは、毎日おセックスに励まれて?」
 教室の何人かが振り返る。取り巻きの子たちが笑う。ぼくは一瞬硬直して、あまり考えずに答える。
「毎日、七、八回は愛しあっております」
 そう言って、返事を待たずに教室を出る。女の子たちがきゃあきゃあ騒ぐ。

 図書館の隅のテーブルに、オカルト研究会の二人が待っていた。
「栗山くん、連れてきたよ」と久松。
「やあ、取り込み中、すまないね」と口髭の栗山が言う。
 ぼくは席に座る。新浜さんはラヴクラフトの本を読んでいる。
「あの華欄ホテルの件だが…、もっと詳しい状況をきかせて欲しい」
 栗山がもったいぶって話し始める。ぼくはもう一度、同じ説明をする。詳しく説明したくても、あの日は意識朦朧としていてよく覚えていない。
 図書館のなかは閑散として、司書の女の人がひとり、カウンターで作業をしている。美術部員が画集を開く。女子生徒が教科書をひろげて、携帯をいじる。銀縁眼鏡の男子生徒が、図書カードに記名する。連絡版に新しい本のお知らせと、延滞者リスト。
「……ぼくたちは廃墟を出ようとしたけれど、大雨だったから、雨がやむまで外にはでなかったんだ」
「ちょっと待ってくれ、ぼくたちって?」と口髭の栗山。
「一緒に、クラスの友達もいたんです」
「友達は、きみと一緒に上の階には上らなかったのかね?」
「はい、ぼく一人で探検してみようとおもって…」
「ふーむ、解せないな。なぜひとりで上の階にいこうと思ったのか、そしてそれだけ怖い目にあいながら、なぜすぐに外へ出ようとしなかったのか……」
 本当の理由はうまく説明できない。結愛と彼女が持ってきた草のことを喋ると、いよいよ話が混乱する気がする。
「華欄ホテルには幽霊が出るっていう噂は有名じゃないか」
「そうですね…」
「きみは、二年生のある生徒のお爺さんが行方不明になって、腕だけが見つかったという噂をしっているかね?」
「いえ、しりません。でも、小学校で腕がみつかったという話だけは…」
「その直後に、新浜さんのお爺さんまでが行方不明なんだ。不思議なのは、新浜さんのご両親は、警察に届けをだしていない」
「どういうことですか?」
「我々にもよくわからない。宇宙人の仕業か、はたまた地縛霊の影響か……」
 本を読んでいた新浜さんが顔を上げる。言う。
「暗示をかけられたのかもね」
「新浜さん、それはないよ。田島さんちは大所帯だから、全員に暗示をかけるなんて無理にきまってる」
 久松がそう反論すると、新浜さんが強い口調で言い返す。
「ウチの両親も暗示をかけられてる兆候があるのよ。あたしはかからなかったわけじゃなく、何か理由があってかけることができなかったんだとおもう。お爺ちゃんがいなくなる前後に、家に例の車椅子の二人が出入りしてたのは事実。この町がおかしくなり始めたのも、あの二人をみかけるようになってからよ。ねぇ、あのひとたちって、どこに住んでるか、なにをしているか、つきとめたの?」
「車椅子の二人って?」とぼくが訊く。
「中央公園の噴水広場に、車椅子に乗った青年と、女の子が現れるの」と新浜さんが答える。
 栗山が産毛の口髭を指先でかきながら、椅子にふんぞり返る。
「ぼくは追跡に成功したよ。あの二人、華欄ホテルに出入りしている」
 久松と新浜さんは顔を見合わせる。栗山はぼくを指さして、言う。
「そこで、きみに華欄ホテルで観た幽霊の居所まで、案内して欲しいのだ。我々は、この町で起きているいくつかの解明できない不可思議な現象が、あのホテルの廃墟と、そこで起きている何かに由来すると考える」
 栗山はテーブルの上のクリアファイルから、印刷した写真をとりだす。車椅子に乗った青年とそれを推す少女が、華欄ホテルに出入りする瞬間の写真。ピントがぼけているけれど、その二人をぼくは公園で見かけたことがある。広い噴水広場の石畳に逃げ水の揺らめきをみつけて、浮世離れした少女が、美しい青年の車椅子の傍ら、きまった間隔で吹き上がるみずのキラキラをみつめていた。
「櫻井くん、案内してくれるね?」
 栗山がぼくの顔を覗き込んできく。いま初めて知ったけれど、栗山は三年生だ。
「いつですか?」
「今週末か、来週末…」
「今週末なら大丈夫です」
 今週末、恵未がゆきえの家に貴婦会の手伝いに行くことをきいていた。ぼくは誘われていない。
「よし、決まりだ。今週末の土曜日、朝十時に校門前に集合だ。お菓子とお弁当は持参してくれ」
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