R18恋愛官能小説 青山倉庫

絶頂ラジアン

第6話「つぐみの媚態」

 差出人:新浜五郎
 件名:ホームを出る
 本文:
 ホームを出ることになった。
 松下史郎はみんなの心の中に生きている。
 ここへ近づいてはいけない。
 史郎のように心の中だけに生きることになる。

 意味のわからないメール。
 ぼくは最初、新浜五郎が誰なのかわからなかったけれど、『ホーム』という単語で、貴婦会のお手伝いに行った老人ホームで会った新浜さんだとおもいだす。ぼくも妹も、新浜さんとは少し言葉を交わしただけで、それほど親しくはないし、メールアドレスだって交換していない。
「だれから?」
 公園のベンチ。隣に制服を着たつぐみが座って、制服を着たぼくに訊く。今日は夏休みの登校日。蛍ヶ浦の小中高は、同じ日が登校日だから、今日は通りに制服とランドセル姿が目立つ。夏休みの真っ最中だから、めちゃくちゃ暑い。いや、今年はいつもの夏よりずっと暑い。蒸し暑い。ベンチは木陰になっていたけど、遊歩道を熱風が吹き抜ける。
「みて、これ。新浜さんってひとから」
「だれそれ?」
「老人ホームのお爺ちゃん」
「知り合い?」
「ううん、メアドも交換してないし、こないだ貴婦会のボランティアでちょっと言葉を交わしたくらいだよ」
「間違いメールかも……」
「そうだね」
 ぼくは携帯を閉じる。ペットボトルの水を飲む。あっついねー、とつぶやきあう。
 ぼくは妹が帰ってくるのをベンチに座ってまっていて、そこへつぐみが通りかかった。ぼくもつぐみも部活はやっていないから、帰りが早くて、ときどき一緒に遊ぶこともある。
「ねぇ、こないだのことだけどさ……」
 つぐみがぼくを覗き込む。
「こないだ?」
「ホテルでしたこと」
「なにかした?」
 つぐみは、もぉっ、と言ってぼくの袖をひいて、引き寄せる。耳元で囁く。
「セックスしたじゃん」
 ぼくは、ええっ、と呟いて、つぐみを見つめる。
「覚えてないの?」
「うん……」
「あんなにいっぱいしたのに?」
「うん……」
 つぐみはぼくの手を取って、自分の太股に乗せる。
「あたしとしたことは、間違いだった?」
 ぼくはつぐみの眼をみて、わからない、と呟く。つぐみがぼくの手を制服のスカートの中へ導く。柔らかくて、熱くて、すこし汗ばんだ肌の感触にドキドキする。指先が、つぐみの滑らかなショーツに触れる。ぼくは自然とわれめに指先を沈める。薄いクロッチが湿っている。
「つぐみ、芝山さんとつきあってるんでしょ」
「それ、ただの噂だよ」
「そうなの?」
「あたし、処女だったよ。トモくんに奪われたの」
 思い出せない。華欄ホテルから帰るとき、ぼくはふらふらしていて、つぐみと寄り添って歩いていた。言葉数もすくなく、指先を絡め合って、ときどきみつめあって、あとは、覚えていない。ぼくは勃起していて、歩きにくかったことを覚えてる。それは、結愛に吸わされた煙のせいだとおもっていたけど、つぐみとセックスしていたせいかもしれない。ぼくは恵未とセックスしたあと、いつも数時間は元に戻らない。
「もういっかい、しよっか? そしたら、おもいだすよ」
 つぐみが囁く。学校ではきいたことのない、甘い囁き。
「ここで?」
「トモくん、おっきいから、あたしまた痛がるかも…」
「ここじゃ、みんなにみられちゃうよ」
「いいよ、もう、クラスのみんなには知られてるよ」
「どうして?」
「結愛がいいふらしたの。あたしたちが、してるとこ、みられちゃったし」
 ぼくは憂鬱になる。そんなことが噂になってほしくない。つぐみは可愛い子だし、厭な気はしないけれど、好きになるタイプじゃない。だけど、一時の気の迷いでセックスしてしまうことはあるかもしれない。事実、たったいまぼくはつぐみとセックスしたくなって、唇が吸い寄せられるように近づいていく。
「トモくん、やさしくして…」
「つぐみ…だめだよ」
 パトカーがサイレンを鳴らして走り去る。遊歩道を、三人の中学生が駆けてくる。ぼくたちは手をひっこめる。
「大ニュース、大ニュース!」
 黒いバンダナを巻いた少年が言う。だけど、息切れして後が続かない。口髭の少年が追いついて、言う。
「殺人事件だって!」
 ぼくはつぐみと眼をあわせる。
「どこで?」
「小学校の敷地で、人間の千切れた腕がみつかったんだって」
「やーん、こわい」
 つぐみがそう言って、ぼくの腕を抱く。つぐみはそうやってさりげなく男の子に触れる。体重をかける。背はちっこいのに、意外と重い。男の子はみんな、その重みを忘れられなくなる。
「きみたち二人も、その人間の腕とやらをみにいかないか」
 バンダナの少年がようやく喋る。三人目の女子がようやく追いついて、長い髪を振り乱して、息を荒げる。ぼくは肩を竦める。
「いや、でも…」
「ぼくたちは、蛍ヶ浦オカルト研究会のメンバーです」
「はぁ」
「きみたちも、ぼくたちと一緒に神秘を探求してみないか」
 つぐみがケラケラ嗤う。男の子の口調が芝居がかっていて、おかしな抑揚のたびに仰け反って嗤う。
「つぐみ、嗤いすぎだよ」
 たしなめてもとまらない。口髭がバンダナの脇腹を小突く。
「久松くん、きみが喋ると侮られるから黙るんだ」
「ぼくのせいなの? 栗山くん」
「ああ、きみのせいさ久松くん! いつもいつも、部員の勧誘のときにしゃしゃり出て、みんなに馬鹿にされるじゃないか!」
「ひどいよ栗山くん! ぼくだって一生懸命なんだ」
「ちょっと喧嘩しないでよ」
 つぐみが二人を遮る。二人は顔を見合わせる。久松くんは腕組みをして、栗山くんは肩を竦めて、お互いそっぽを向く。長い髪を振り乱した女子がようやく口を開く。
「早くいかないと、腕が回収されちゃうよ」
「そうだった、新浜さん。ありがとう」とバンダナ久松。
「しかし新浜さんが辛そうだ、これ以上全力で走るわけにはいかないな」と口髭栗山。
 新浜さん。
 ぼくが首を捻る。どこかできいた名前。ごく最近きいた名前。どこできいたか思い出せない。宿題の一部回収のとき、崇が日焼けした皮膚をむいているとき、先生が喋っているとき、結愛が煙草を吹かすまねをしているとき、ついさっき、ついさっきは、つぐみと出会って、ぼくはつぐみの柔らかな太股に触れて、ドキドキして、それから…。
 三人のオカルト研究会はぼくたちを置いて走り去る。その三人とすれ違って、恵未とゆきえが歩いてくる。ぼくは手を振る。つぐみは立ち上がって、帰るね、バイバイ、と言って背を向ける。ぼくは急に名残惜しくなるけれど、振り返らないつぐみの背中をみつめて、声をかけることができない。
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