R18恋愛官能小説 青山倉庫

絶頂ラジアン

第2話「華欄ホテル」

 ぼくは久松結愛の自転車の後ろをついていく。
 ぼくの自転車の後ろにはつぐみが乗っていて、ぼくの腰に腕をまわす。鬱蒼とした森の中を上ったり下ったりしながら、ぼくたちは麓ににょきっと建っている華欄ホテルの廃墟にたどり着く。蛍ヶ浦の住人たちが景観を損ねると建設に大反対したバブルの遺物。ユルゲント・シュティール調の禍々しい自由曲線に覆われた玄関口はスッカリ蔦で覆われて、貴族主義の面影もない。
「ここ入ったことある?」と結愛が訊く。
 ぼくとつぐみは首を横に振る。結愛は鞄を持って、廃墟の中に入る。ぼくたちもついていく。
 久松結愛は一学期の終わりに東京から転入してきた子で、見た目はギャルだけど、誰とでも仲良くなる性格で、自然と取り巻きが増えていった。つぐみは結愛とよく遊んでいる。廃墟のホテルを探検しようと二人に誘われたとき、崇も一緒に誘いたかったけど、三人でいこうと言われた。複数の女の子は壁をつくってしまうから、ひとりで相手をするのは不安なのだ。
 玄関のロビーは落書きだらけ。外観と違って、黄ばんだ壁紙とプラスチック枠の什器、木目プリントがはがれ落ちた柱が並ぶ、安っぽい内装。階段をのぼって二階のギャラリを伝い、ゲストルームに入る。ソファが並んだ空間で、ここは荒らされていない。華欄ホテルには幽霊が出るという噂があるから、奥まで入る人はあまりいない。結愛はソファの埃を払って腰掛ける。ぼくたちも向かいのソファに座る。
「トモくん、飲む?」
 結愛が鞄から缶入りのカクテルを取り出す。受け取る。つぐみも受け取る。二人は缶を開けて乾杯する。
「お酒じゃないの?」とぼくは訊く。
「お酒だよ。飲めないの?」
「ううん、飲んだことないの」
「飲んでみて、おいしいよ」
 缶を開ける。ひとくち飲む。甘い、ジュースみたいな味。
「うん、これなら、飲める」
「でしょ、トモくん酔っぱらったらどうなるんだろ」
「うーん、わかんない」
 ぼくはそのカクテルを一気にたくさん飲む。鼻のあたまが熱くなる。顔が火照る。つぐみが嗤う。
「きゃっはは、かわいい、トモくん朱いよ」
「顔が熱い……」
「きもちよくなってきたでしょ」
「うん」
 結愛が立ち上がって、ぼくの隣に座る。ぼくはつぐみと結愛に挟まれて、ますます顔が熱くなる。汚れた窓から差し込む白い光が、徐々に陰る。薄暗くなる。今日は夕方から雨になる予報。
「つぐみ、これ持ってきたよ」
 結愛が木製の器具と袋を取り出す。軍艦巻きのようなパイプ器具をひらいて、袋から取り出した粉末状のなにかを乗せる。つぐみに渡す。つぐみは器用に火をつけて、煙を吸い込む。吐き出す。微笑む。
「煙草?」とぼくは訊く。
「煙草とは違うよ。からだに悪いものじゃないから、トモくんも吸ってみて」
 そう言って、つぐみがパイプを差し出す。結愛がまたなにかを乗せて、火をつけ直す。吸い込む。咳き込む。急に世界がゆがんで、くらくらする。
「どんな感じ?」と結愛が訊く。
「ふらふらするよ……」
「もっと吸ってみて、きもちよくなるから」
 きもちいい、きもちよく、そう言われるとそんな気もするから、言われたとおりに吸い込んでみる。さっきよりたくさん吸い込んで、からだが浮かびそう。結愛もパイプを取り出して吸う。つぐみはお酒を飲む。
「これ吸ってセックスすると、めちゃくちゃきもちいいんだよ」と結愛が言う。
「結愛って、崇とつきあってるの?」とぼくが訊く。
「うん、転入してすぐ。あたし前の学校では五人くらいとつきあったんだけど、たぶん崇が一番巧いの」
「それは、セックスが?」
「そうだよ。トモくん、童貞?」
 ぼくはちょっと考えて、頷く。
「今の間はなに?」
「なんでもないよ」
「トモくんって、臆病?」
「何に対して?」
「恋愛」
「うん、臆病」
「セックスは?」
「わかんない」
「じゃあ、つぐみとヤんなよ」
 そう言って、結愛はつぐみを指さす。つぐみはすっかり酩酊して、埃だらけのソファに仰向けに寝転ぶ。
「つぐみは、彼氏がいるよ」とぼくが言う。
「違うよ、そんなの噂だよ。つぐみは処女だよ」
「つぐみが厭がるよ……」
 ぼくはいい加減な言い訳をしている。なんだか理性的な判断ができない。よくわからない。化粧をした結愛の顔面がゆがんでみえる。その胸元に光るハート型のペンダントが、ハート型だけが拡大して、ぐるぐると回転しながら迫ってくる。仰け反る。
「厭がらないよ、いま寝てるよ。ゆーやっちゃいなよ」
「できないよ、そんなこと」
「つぐみはトモくんのことが好きなんだよ、むしろ喜ぶよ。ほらっ」
「あっ、やめ……」
 結愛はぼくの手をとって、つぐみの太股を滑らせる。柔らかい内股をのぼって、指先が白いショーツに触れる。つぐみが呻いて、ぼくは手を引っ込める。
「なあんだ、超臆病じゃん。つまんない」
 結愛はパイプをガチャガチャ鞄に戻す。立ちあがる。歩く。奥の扉に消える。
「どこいくの?」
 ぼくは声をかけるけど、返事がない。急に静かになる。ぼくも立ちあがって、よろける。つぐみを残して結愛のあとを追う。扉を抜けると、壁紙も塗装もはがれ落ちた壁に囲まれた通路。奥へ進むと動かないエレベータ、コインランドリー、割れたガラス、電源の入っていない自販機。階段をのぼる足音が響く。ぼくは薄暗い階段ホールに立って、結愛を呼び止める。
「結愛、まって、どこいくの。ひとりじゃ危ないよ」
 ぼくは階段をのぼる。階段の一段一段がゆらゆらと踊っていて、ただのぼることさえ難しい。やがて行き止まり。結愛の足音はきこえない。階段を出て、壊れた什器が散らばる廊下の向こうで足音。ちりちりと音がする。厭な臭い。廊下をまっすぐ歩く。一番奥の部屋から灯りが漏れる。廊下がまるで踊っているかのよう。ぼくは壁に手を突いて、ゆっくりゆっくり歩く。体が斜めになったまま、ぼくは壁を伝う。何か踏みつけて割れるおとがする。結愛がどこへ向かおうとしているのかわからない。
「結愛、どこ? ぼく、怖いよ……」
 返事がない。
 歩みがとまる。奥の部屋から漏れる灯りが、はらはらと揺れる。だれかいるけど、結愛じゃない。華欄ホテルには幽霊が出るという噂がある。そんなの信じてないけど、いまは前に進むことができない。
 奥の部屋から、ふらりと人影が現れる。天井から吊り下げられた格好の干物が、廊下の奥から急速に迫ってくる。
 ぼくは声も出せずに、バタバタと逃げ出す。
 階段を駆け下りる。転びそうになる。床から生えた突起がゆらゆら揺れる。壁じゅうに血管が浮き出て、じわじわと黒くなる。闇とか、悪意とか、すごく黒いものがすぐ背後に迫る。一番下まで駆けおりて、廊下に飛び出す。ドアを開いて、ぼくはつぐみにぶつかって転倒する。つぐみも転ぶ。ぼくは起きあがる。つぐみを抱き起こす。
「大丈夫? ごめん」
「トモくん、どこいってたの? 怖かったよ……」
「結愛が、ひとりでうえの方にのぼっていって、追いかけてたんだけど」
 つぐみが起き上がる。ぼくの腰に手を回したまま、微笑む。
「ねぇ、すごい雨だよ。これじゃ、帰れないよ」
 窓の外は、知らない間に豪雨になっている。汚れた窓ガラスを、雨水が滝になって流れ落ちる。ゴウゴウとものすごい音が響く。
「ほんとだね、どうしよう?」
「待ってようよ。ただの夕立だよ」
 そう言って、つぐみはぼくの腕を取って、ソファまで引っ張る。さっき起こったことが、なんだかどうでもよくなる。お互い腰に腕をまわして、抱き合って座る。寝転ぶ。つぐみはぼくに覆い被さって、跨ぐ。薄いショーツ越しに、つぐみがぼくを圧迫する。ぼくは、いつも恵未にそうするように、つぐみのスカートに手を入れて、お尻を両手で包む。つぐみが囁く。
「ねぇ、雨があがるまで、なにしよう?」
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