R18恋愛官能小説 青山倉庫

絶頂ラジアン

第1話「オカルト研究会」

「あーかいくつー、はーいてたー、おーんーなーのーこー」
 ミニバンの後部座席で、あたしは椅子をおさえて、加藤奈々はテーブルをおさえて、一緒に歌をうたう。
 運転席には奈々のお父さん、助手席には奈々のお母さん。あたしの名前は櫻井恵未、小学五年生。あたしたちはシートを倒した後部座席で家具が動かないようにおさえる。車は緩やかな坂を上り、蛍ヶ浦で一番見晴らしのいい高台へのぼっていく。奈々が窓の外を指さす。
「恵未ちゃん、みて。お祭りやってるよ」
「蛍祭りだね。山車はないけど、夜店が並ぶよ」
「綿菓子食べたい」
「じゃあ、あとで一緒にみにいく?」
「うん、いくー」
 車は二階建ての大きな家の前で停まる。奈々のお母さんが、ついたよ、と言って振り返る。奈々のお母さんは、とても美人だけど、お父さんは、ふつう。仲良しな夫婦で、あたしと奈々の前でも、お構いなくキスをする。あたしにはお父さんがいないから、そういう夫婦をみると、羨ましくなる。
 車を降りて、あたしと奈々はちいさな荷物を運ぶ。奈々のお父さんとお母さんは家具を運ぶ。まだ整理されていない室内は広くて、新築の匂いがする。あたしと奈々が荷物を運び終えると、奈々のお母さんが冷たい麦茶を出してくれる。
「恵未ちゃん今日はありがとね。晩ご飯、食べていく?」
「いえ、夜遅くなるといけないので」
「そっか、じゃあ帰りは送っていくね」
「ありがとうございます」
「おばさんたち、荷物を開くから、奈々と一緒にお二階で遊んでてね」
 あたしは頷いて、奈々の手を曳いて二階へあがる。奈々の部屋はベッドと机、空っぽの本棚、積み重ねられた段ボールの山ばかり。あたしたちはエアコンを点けて、窓から外をみる。蛍ヶ浦が駅のほうまで見渡せる。
 加藤奈々は一学年下の子で、おなじ手芸クラブで知り合った。東京から転入してきたばかりの頃は、駅の近くの狭いアパートに住んでいて、いつもクラブ活動の教室では隅っこでちいさくなっていて、あたしが声をかけると、生まれたてのヒヨコみたいになついてしまった。おなじクラスに何人かお友達がいるようだけど、休日はあたしと遊ぶことが多い。女の子どうしでくっつくのに抵抗のない子で、ゆきえとおなじで、こうしてベッドの上に並んで座っているだけで、腕や脚を絡めて窓ガラスに指先をつけて、あそこが中央公園で、あそこが銭湯で、こっちがパン工房さんで、恵未ちゃんちは向こう側で、と耳元で囁きながら、ますますくっついてしまう。頭の後ろに盛った髪がふわふわとあたしの肩を撫でる。
「奈々ちゃん、また髪型変わったね。こないだは巻いてたし。自分でしてるの?」
「ううん、お母さんにしてもらってるの。髪も切ってくれるよ」
「すごーい、奈々ちゃんのお母さん器用だね」
「元、ミヨーシなんだって」
「美容師?」
「うん、それ」
 あたしたちはベッドの縁に座り直して、麦茶を飲む。お祭りの太鼓の音が聞こえてくる。
 蛍ヶ浦のお祭りは、夏休みの間に何回か催されるけれど、花火大会はない。夏休みの時期は、製材所の船が川を往来するから、花火ができないんだってお母さんに聞いた。川の水はあまり綺麗じゃないから、蛍ヶ浦という名前なのに、蛍をみたことがない。河原はコオロギさんがいっぱいで、あたしがちいさい頃はホームレスの住居があった。いまはなにもない。
「お祭り、行ってみる?」
「ううん、なんだかくたびれちゃった。あたしここで恵未ちゃんとゴロゴロしてる」
「奈々ちゃん、出不精だよね」
「あたし、デブ?」
「ううん、出不精。お外に出たがらないひとのこと。奈々ちゃんは、デブじゃないし、すこし太ったほうがいいよ。痩せっぽっちじゃない」
 奈々はベッドに仰向けに寝転ぶ。あたしも一緒に寝転ぶ。天井を見上げたまま、クラブのことを話す。手芸クラブって、男の子いないよね。そんなのしょうがないよ。恵未は新聞クラブにいたの? 辞めちゃったよつまんないもん。階下から奈々のお母さんの声が聞こえてくる。笑ってるような、怒ってるような、赤ちゃんの泣き声のような。あっ、あーっ。
 奈々がため息をついて起きあがる。
「お父さんとお母さん、またエッチしてる」
「えーっ、あたしたちいるのに?」
「うん、毎日だよ。休みの日は、なんかいもしてるの。時間も場所も関係ない感じ」
「ほんとに? 奈々ちゃん、大変だね。厭じゃない?」
「最初はイヤだったけど、お父さんとお母さんが仲良しならそれでいいの。仲が悪い方が、やだよ」
「はぁー、奈々ちゃんオトナだね」
「オトナじゃないよ、まだエッチしたことないもん」
 そう言って、奈々はベッドの上を這って、ヘッドボードの携帯をひらく。メールの返事を書く。その間にも、階下の睦言の声は大きくなって、やがてリズムに乗る。あたしは一人で恥ずかしくなるけど、奈々は携帯の画面に集中してる。
「恵未ちゃんは、エッチしたことある?」
 奈々はメールを打ちながら、ストレートに訊く。
「えっ、うーん、どうして?」
「ないよねー」
「う、うーん」
「あるの?」
 あたしは首を傾げて、ちょっと頷く。奈々は飛び起きる。
「えっ、誰と? まさか、トモくん…?」
 あたしは無言で頷く。頬がみるみる熱くなる。
「マジでー。トモくん、従兄弟でしょ?」
「うん」
「それって危なくないの?」
「大丈夫じゃないかな、結婚もできるし」
「イトコどうしって、超きもちいいんでしょ」
「うん……たぶん」
「たぶんって、なに?」
「他のひとを、しらないから」
「いいなあー、トモくんってエッチしてくれるんだぁ。全然、そんなふうにはみえなかったよ」
「お兄ちゃん、結構、エッチだよ」
「トモくんのこと、好きなの?」
「うん、好きだよ」
「エッチだけってわけじゃないんだ」
「そりゃそうだよ。好きじゃないひととエッチしたくないもん」
 階下の声が収まる。玄関から話し声が聞こえる。きっと新聞屋さん。しばらくするとバイクが走り去る。
「ウチ新聞とったことないの。お父さんが昔、新聞配達してて、勧誘の追い払い方をしってるみたい」
「新聞ウザイよねー」
「あたしも好きじゃないひととエッチしたくないけど、トモくんとなら、してもいいかも」
「どうして?」
「トモくん、恵未ちゃんに似てて、かわいいもん。女の子をだいじにしてくれそう」
 奈々はベッドにのぼって、窓を開ける。柔らかい風がカーテンをなびかせるけど、あたしと奈々は鼻と口を押さえて、咳き込む。奈々は慌てて窓を閉める。
「うわ、くっさ…。なんの臭い?」と奈々が言う。
「そういえば、玄関先でも臭ってたよ。絶対、近くでなにか腐ってるよね」
 あたしたちはベッドを飛び降りて、階段を駆け下りる。玄関を出ると、残暑の熱風が通りを吹き抜ける。その風に混じって、ひどい腐臭がする。ガレージの前に、へんな格好をした少年二人と少女が一人。あたしたちを見つけると、少年二人が柵ごしに声をかけてくる。
「すいません、ぼくたち今、この臭いの原因を探っているんですけど、お心当たりはありませんか?」
 あたしと奈々は顔を見合わせて、同時に首を横に振る。バンダナを巻いた青白い少年と、五分刈りの日焼けした少年、その後ろに髪が長くて中学の制服を着た少女。バンダナの少年が自己紹介する。
「ぼくは、オカ研の久松といいます。こいつは栗山で、彼女は新浜佳枝。みんなそれぞれいろんな能力を持っているんです」
「はぁ……」
「この臭いは、人間の肉が腐ったときの臭いなんです。この近くに死体がある!」
 久松という男の子は両脚をひらいて、腰に手を当てて空を指さす。奈々が小声で、ねぇなんなの、と囁く。あたしも肩をすくめる。新浜という少女が、奈々の家の隣を覗き込む。少年たちも隣を覗き込む。あたしたちもその後を追う。隣の家に近づくほど、臭いが強くなる。少年たちは、ここだな、ここだ、と言う。言うばかりで、いろいろなにか話し合ってて、なにもしない。
「ねえ、ほんとに人間が腐ってたらやばくない。通報した方がいいよ」とあたしが言う。
「通報! まだ死体を確認したわけじゃないのですよ」
「いいじゃん別に」
 あたしは携帯をひらいて、芝山巡査に直電。三コールで出る。はい、芝山弘毅です、ああ櫻井さん? 腐った臭いですか? はぁわかりましたちょっと近くにいるのですぐ行きます。相変わらず覇気のない感じ。もし死体なんか出てきたら、芝山さんはひっくり返ってしまいそう。
「ねぇ、オカケンってなに?」と奈々が訊く。
「オカルト研究会です。中学で正式な部活として認めて貰うために、ぼくたちは夏休みもこうして活動しているのです」
「へえー、そうなんだ。それって、怖い話とか、幽霊とか、宇宙人とかそっち系の集まり?」
「まぁそうなんですけど、ぼくたちはどちらかと言うと、そういったストーリーを科学的に解明することをヒョーボーしているんです。たとえば、蛍ヶ浦で有名だった、水面を歩く人影伝説をご存じですか?」
「知らない」
「夜中に、川の水面を歩く人影が、昔から多数目撃されていたのです。ですが、我々が調査した結果、これは夏の時期に川上の製材所から流れてくる材木の上を、作業員が歩いているだけだと発覚しました。みなさんが溺れたひとの霊だと信じていたのは、製材所の職員山口克也四十二歳だったのです。同様に、ぼくたちは、例の華欄ホテルに現れるミイラの伝説にも挑むつもりなのです」
「ねー、それって逆に夢がなくない?」
「夢! ぼくたちの夢は、すべての都市伝説に論理的説明をすることです!」
「あっそう、頑張ってね」
 栗山が久松をこづいて、なんだかぼくたちバカにされていないか、と囁く。その向こうに、自転車に乗った芝山さんが現れる。あたしたちは手を振る。オカ研の少年少女は、ダメコウキだ、と言ってばたばたと逃げ出してしまう。
「うわっ、ほんとに臭いね」
 自転車を停めた芝山さんが言う。
「でしょお。たぶん、お隣だと思うけど……」とあたしが隣を指さす。
「隣は田島さん宅ですね。ちょっと伺ってみます」
 芝山さんは田島さんちの玄関に消える。松の木が生えていて、砂利に踏石が並んだ玄関先には、無造作に土のついたスコップが落ちていて、破れた土嚢袋が転がる。家の人が出てくる。何か話している。お帰りください、と声が聞こえる。礼状はないんでしょう、お帰りください。ドアが閉まる。芝山さんはあっさり戻ってくる。帽子を脱いで、汗をぬぐう。
「いやあ、裏庭の生ゴミが腐っているって言うんですけどね、家の中も臭いから調べたいと言ったんですけど……」
「ええーっ、芝山さん諦めるの早すぎ」
「でも礼状もないですし」
「大内さんにいいつけるからね」
「ちょっと勘弁してくださいよ」
 あたしたちはケラケラ嗤いながら、家の中に戻る。
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