R18恋愛官能小説 青山倉庫

快楽コサイン

第14話「葬式と洗脳」


 片山会長が亡くなった。
 ぼくはひとりでお葬式に出る。お母さんと恵未は午前中に焼香を済ませていた。小雨が降っていて、弔問客はすくない。名前を記帳するとき、会長が片山満という名前だと初めてしった。列に並んで、前のひとと同じように振る舞う。ぼくは学生服を来ているけど、周りはみんな黒いスーツか黒いドレス。
 親族にご挨拶をする。焼香する。もう一度頭を下げる。外に出る。傘をさす。崇とつぐみが現れる。崇は手をあげる。
「達也がこれねーって」と崇。
「どうして?」
「あいつ、伊勢に家族で旅行にいってんだよ」
 二人は連れだって弔問の列に並ぶ。近所のひとたちや、蛍ヶ浦に住んでいる生徒たちがちらほら訪れる。ぼくは崇とつぐみを待つ。受付で大きな声がする。
「ロリコンの家でしょ? なんで俺たち入れないの?」
 ぼくは声のするほうをのぞき込む。制服のズボンを下げただらしない格好の高校生が二人。見覚えがある。カラオケ店の前で、つぐみと夏美をナンパしようとしていた二人組。
「ねえねえ、ロリコンの父ちゃん死んじゃったの? 喪主は息子じゃないの? つーかあんた誰?」
「他の方の迷惑になりますから」
「あれあれ? 幼女監禁して人様に迷惑かけるのはオッケーっすか?」
 受付の女性がうつむいてる。高校生がのぞき込んで言う。
「ちょっと写メ撮りたいだけなんだよ、いいじゃん入れてくれたって」
 もう一人が言う。
「アンタに入れる訳じゃないんだからさあ」
 高校生二人がゲラゲラ嗤う。みんなみている。やっぱ父親もロリコンなわけ? なんか盗撮までやってたんでしょ? すげえクズの臭いがするんだけど? 親戚に引きこもりがいると大変だね、ロリコン一族とか言われちゃってさ、いまどんな気分? アンタいくつ? 彼氏とかいんの? ロリコン息子のこととかどう? つきあっちゃう? 息子はどこにいんの? あっ刑務所かー。
 高校生に近づく二人の男性。傘で顔がみえない。何か話している。男性二人が高校生を連れて行く。男性一人が戻ってくる。大内さんだった。ぼくに声をかける。
「兄さん、ちょっといいか?」
 ぼくは恵未と一緒に大内さんについていく。片山家の向かいのゴミ集積所の前で、大内さんが煙草に火をつける。
「百瀬ファミリーのことってさー、もっと訊けない?」
「どうしたんですか、急に」
「写真見つけたのよ、ほらこれ」
 大内さんが折りたたんだチラシを差し出す。ひろげる。
『蛍ヶ浦自然栽培キノコ園』
 大きく描かれたロゴの下に、夏美を真ん中に、右に夏美のお父さん、左に夏美のお母さんが並んで映っている。通信販売のチラシ。いろんな種類のキノコの紹介と、電話番号、メールアドレス、インターネットアドレス。百瀬ファミリーの写真には、『わたしたちが育てています』と吹き出しがついている。
 ぼくは夏美の両親をみて、衝撃をうける。どうして、どうして? いいえ、たぶん他人のそら似、気のせい、だってありえないもん。ぼくは首をかしげる。恵未にチラシを見せずに、大内さんに返す。
「キノコの通信販売ですよね」
「百瀬家が胴元なんだってな、出資者の」
「きいたことありますけど、そこはよく知らなくて」
「ひとつ頼まれてくれねーか?」
「なんですか?」
「片山大嗣のアパートの片付け、手伝って欲しいんだよ」
「え、いいですけど……」
「芝山だけじゃ心配だからな、昼飯くらいは奢るよ」
「あれ、大内さんは?」
「俺は百瀬の捜査」
「さっきの高校生はどうしたんですか?」
「ああアレ? 葬式の妨害行為は犯罪、現行犯。ああいう手合いは搾ってもきかねえから、きっちりキズつけとかないとな」
 そう言って、大内さんはぼくらを促す。焼香が終わって出てきたつぐみと崇がなにか喋っている。小雨はいつしか霧雨になって、傘をさしていても濡れてしまう。じめじめと蒸し暑い。大内さんの車に乗る。後部座席でシートベルトを締める。車はゆっくり走り出す。

 大嗣の部屋は大量の物で溢れていた。
 先に部屋を片付けていた芝山さんに、軍手とマスクを借りる。そして、ぼくたちは土足で部屋と外を行き来する。何百とあるDVD、ブルーレイディスク、大人向けのゲームソフト、成人漫画雑誌の山、アニメキャラのフィギュア、プライズの人形、カビの生えた服がほんの少し、冷蔵庫に腐った餃子とスライスチーズ、大量のお酒、パソコン、プリンタ、デジカメ、周辺機器、ゴミ、ゴミ、ゴミの山。それらを軽トラックの荷台に投げ込んでいく。ぼくは手を止めて、芝山さんに訊く。
「片山会長って、どうして亡くなったんですか? 病気?」
「いや、自殺したんです」
「そうなんですか…」
「息子さんの事件もあって、心労が堪っていたんじゃないでしょうか」
 ぼくはゴミの山に目を落とす。
「これ、全部捨てるんですか?」
「うん、そうだよ。必要な物はもう持って行ったし、お父さんは亡くなったからね」
「なにか、もらってもいいですか?」
「櫻井くん、こういうの、欲しいの?」
 芝山さんがフィギュアを手にとる。水着をきた女の子のフィギュア。ぼくは首を横に振る。
「この英語の辞書が欲しいんです。ぼくの辞書、鞄に入れたままにしてたら、こないだの大雨で流されちゃって……」
「え、どれ?」
「これです、ここに転がってるの」
 ぼくは深緑のケースに収まった立派な辞書を指さす。芝山さんが拾う。ぼくに渡す。
「もらったのは、内緒にしといてよ」
「ありがとうございます」
 ぼくはそう言って、辞書を鞄にしまう。片付けに戻る。階段を上って、部屋に入るたびに、気持ち悪くなる。物を動かすたびに、悪臭がどんどんひどくなる。ぼくも芝山さんも、だんだん乱暴になってくる。カラーボックスに物を詰めて運ぶ。投げ入れる。何かが割れる音がする。戻る。液晶のテレビを運ぶ。投げ入れる。汗びっしょり。大内さんの車が戻ってくる。運転席の窓が開く。
「コウキ、櫻井くんつれて昼飯いくぞ」
「すいません、私食べました」と芝山さんが言う。
「じゃあ、櫻井くん。寿司食いにいくぞ」
「あ、寿司ならお供します」と芝山さん。
「お前は食ったんだろ。つれてってやんねーよ」
 ぼくは手袋を外して車に乗る。車が走り出す。芝山さんがみるみる小さくなる。夏祭りの太鼓の音がきこえる。雨はあがって、蒸し暑い。

 お寿司屋さんは閉まっていて、代わりに料亭で天麩羅を食べる。
「なにか、わかりました?」
 ぼくは大内さんに訊く。大内さんは天麩羅を食べながら、大きな鞄と、資料と、大きなデジカメをテーブルに載せて、ノートパソコンをいじる。行儀が悪い。
「まだなんもわかんねーよ」
「そうですか……、普通、教えて貰えないですよね」
 大内さんは茄子の天麩羅をぼくの皿に移す。代わりに海老を奪う。
「会長、なんで死んだかきいてるか?」
「芝山さんに、自殺だってききました」
「だったら俺が捜査するわけねえだろ。殺されてんだよ、あの爺さん」
「犯人は捕まっていないんですか?」
「まだだよ、百瀬の失踪と、なんか絡んでるようだし」
 そう言って、大内さんはノートパソコンを見せてくれる。キノコの通信販売ページ。以前みせてもらったチラシと同じ写真が使われていて、購入ボタンをクリックすると、商品カートのページが表示される。
「まだ買えるんですね。キノコ」
「買えないんだよ、コレ」
「買えないのですか?」
「買えない、最初から。注文データはちょこちょこ溜まってンだけど、どうも蛍ヶ浦からの注文以外は受け付けてないらしい。そもそも、このページはどこからもリンクされてない。検索でもみつからない。注文だって、蛍ヶ浦の住人からのものだけ」
「電話でも注文できますよ」
「キャリアのIVRと通録で音声だけは溜まってるみたいだな」
 天麩羅を食べ終わった大内さんはお茶をすする。煙草に火をつける。店員さんに、「姉さん、灰皿!」と大声で頼む。
「こんなビデオもあるぜ、知ってるかこれ?」
 大内さんが動画ファイルをダブルクリックする。プレイヤーが起動する。
 公民館の会議室。見覚えのある部屋。夏美と結ばれたあの部屋。そこに蛍ヶ浦の住人が集まって、百瀬夫妻の説明に熱心に耳を傾ける。みなさんはこの苗床に投資して頂きます、その苗床のキノコが売れるたびに、売り上げの六割がキックバックされるんです、苗床のおが屑は製材所から購入し、製材所所有の建物で栽培を行います、販売はインターネット、電話、はがき、ファックス、それからみなさんは投資に参加していただける方を紹介するだけで、新たな参加者のキックバック六割のうち、一割を受け取ることができます。そう言って、百瀬紀子はホワイトボードにピラミッド図を描く。百瀬正樹が説明する。なんだかむずかしいビジネスの話。ぼくは、百瀬夫妻に注目する。ちらちらしたブロックノイズに囲まれて、二人はぴったり息のあった演出で場を盛り上げ、みているぼくも引き込まれ、二人はなんども拍手を浴びる。
「洗脳型ネズミ講っていうんだ、こういうの」
 大内さんの声に現実に引き戻される。大内さんは煙草を消す。ぼくはお茶をすする。
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