R18恋愛官能小説 青山倉庫

快楽コサイン

第12話「盗撮カメラ」

 一学期終業式。
 朝から学校内はざわついていた。スーツ姿の男性が数人、校内の至る所を調べてまわる。手に持った機械をみながら歩いて、そこそこ、と指さして、すこし若いひとが調べる。なにかを取り外す。壁掛け時計、電源タップ、マイクの先端、スピーカ。何人かの生徒がついてまわって、その様子を観察する。つぐみが走ってくる。夏美のいた席に座る。
「ねぇ、あれ盗聴器だよきっと」
 つぐみがそう言うと、うつぶせで寝ていた崇が起きる。
「ちげーよつぐみ、盗撮カメラだって」
「うっそー、超ちっちゃかったよ」
「今時、スゲーんだよ。万年筆とかキーホルダーサイズのカメラでさ、動画撮影できるんだぜ」
「いやぁん、崇くん詳しい」
 担任の柴田先生が遅れて教室にバタバタはいってきて、みんな席につけ、と言う。夏休みの日程表を配る。宿題はたっぷりある。先生は早口で夏休み中の心得を説明する。日直が、起立、礼と言う。先生はまたバタバタと教室を出て行く。崇が一緒に帰ろうと言うけど、ぼくは交番によっていくと言う。

 駅前交番には芝山さんはいなくて、代わりに大内さんがいた。交番は頻繁に無人になる。ひとがいなくても、蛍ヶ浦で道をたずねるひとなんていないから、誰も困らない。大内さんはぼくと目が合うと、よっ、と声をかける。暑い中、熱いうどんを食べている。
「こんにちは、大内さん」
「あっちーなー、兄ちゃん、学校は?」
「今日、終業式です」
「あー、それでガキが多いのか。このクッソ暑いのにチャラチャラチャラチャラ遊び回りやがってよおお」
 ぼくは交番に入って、扇風機の前に座る。風を遮られた大内さんは、あっテメエ、と凄む。
「百瀬さんって、みつかってないですか?」
「捜査中」
「今日、芝山さんは、パトロールですか?」
「昼飯買いにいってるよ、あいつおっせーなー」
 ぼくはハンカチで首筋を拭く。交番内はエアコンなんてないから、めちゃくちゃ暑い。制服を着ている芝山さんはもっと暑いはずだ。
「全然、捜査していないようにみえます」とぼくは言う。
「してねーよ」
「なんでですか?」
 大内さんはうどんのつゆを啜る。怪獣が生まれそうなゲップをする。ティッシュで洟をかむ。それをまるめて、ぼくの手に握らせる。ちょっと、やめてくださいよ。ゴミ箱に投げる。
「百瀬なんて存在しない奴を捜査できるほど暇じゃねーの。こういう扱いに困るヤバそーな事件よりもさ、もっと深刻な事件がいっぱいあるんだよ。隣の久田山公園でさ、女子高生が輪姦されたのしってる? テキ屋のにーちゃんに飲まされて泥酔して、五人にぐるぐる朝までマワされたんだけどね、とっつかまえてみたらヤクザに混じって高校教師がいたんだよ。あっ、これは余罪あんなっと思って、いろいろ調べたら、中学生と援交したり、強姦未遂やってたり、教え子に関係強要したの犯されたの、ぼろぼろ出てきちゃった」
「それとこれとは…」
「ああ違うさ、なにが違うかわかるか?」
「いえ……」
「事件性っちゅうやつだ。その事件の背後に、でっかいクソが隠れてると、どうしてもプンプン臭ってくるんだよ。俺はそのクソを汲み取るヨゴレを二十年やってわかったんだけど、ヤバイ事件ってのはさ、捜査しなくても事件のほうからこっちに近づいてきて、耐え難い臭いを発するんだよね」
 ぼくは黙ってしまう。交番の窓からみえる駅前ロータリーをバスがぐるりと周回する。一日に数えるほどしか運行しないバス。大内さんは立ち上がって、交番の奥で冷蔵庫を開ける。閉める。戻ってくる。ぼんやりしているぼくの火照った頬に冷えた麦茶のコップをあてる。ぼくはびっくりして、コップを受け取る。ありがとうございます。大内さんは新聞をひろげて、煙草に火をつける。いままで饒舌に語っていたのに、まるでぼくの存在に興味を無くしてしまったかのよう。芝山さんはまだ戻ってこない。
「大内さん、ぼく、百瀬さん夫妻をみかけたんです」
「ほお、いつ?」
「事件の前の日です」
「どこで?」
「町外れに、川沿いにキノコ園があるのはご存じですか? ぼくは転入してきたばかりでよくしらないんですけど、町の人がお金を出し合って、キノコの栽培をやって、ネットで通信販売してるらしいんです。そのキノコを栽培しているっていう大きな建物があるんですけど、キノコなんてどこにもなくて、百瀬さん夫妻と、片山会長をみかけました」
「なにしてた?」
「お金を……」
「金?」
「お金の入った封筒を、百瀬さんの旦那さんが、片山会長に渡していました。ぼくはそのとき見つかってしまって、逃げ出して川に飛び込んで、あとはわかりません。夏美さんに会ったのはその後です」
 大内さんは新聞を小さく折りたたんで、煙草を手に持ったまま、キノコキノコ……キノコねぇ、と呟く。熱風が交番を吹き抜ける。足首を蚊に刺されてかゆい。今年は蝉の声がぜんぜん聴こえない。暑すぎて、蝉も鳴く元気がないのかもしれない。
「百瀬さんに最後に会っていたのは、片山会長です。会長に訊けば、なにかわかるかも」
「いねえんだよそれが」
「え?」
「片山の会長とやら、俺まだ会ったことねーんだ。自宅に会いに行ってるけど、出てきゃしねーし」
「それなんかへんですね」
「もう死んでんだろ、自宅に籠もってセンズリぶっこくような年でもあるめえ」
「そんな……」
 自転車の止まる音。暑い中、制服の上着まで着込んだ芝山さんが、弁当屋の袋を下げて戻ってくる。近所のほっとなんとかはそういえば駅の反対側で、ここからものすごく遠い。弁当は二人分。
「コウキ、おせーよ」
「すいません、お昼時で並んでて……、あれ? 櫻井くん」
「こんにちは」
「どうしたの、学校は?」
「今日、終業式ですよ」
 芝山さんは、ああそうかとつぶやいて、麦茶を取りに行く。大内さんは弁当をひろげる。さっきうどん食べたばかりなのに。ぼくは椅子を立つ。帰ります、と言う。お辞儀をする。大内さんが、おう、またな、と言う。

 交番から出たところで、携帯が鳴る。
「もしもし、トモくん? 今ね、夏美の家の前にいるんだけど、大変なことになってるの。すぐきて」
 つぐみの声。ぼくは今行くね、と言って携帯を切る。夏美の家の方へ歩く。横断歩道を渡る。走る。坂を下る。汗が噴き出す。何本もの電柱と、そこここに貼られた選挙のポスターが通り過ぎて、ダンプカーが砂塵を舞いあげる国道を、歩道橋の上からみおろしながら、ぼくはふたたび住宅街を走り抜け、汗でシャツが肌に張り付いて、曲がり角をまがると百瀬家の異様が目に入る。
 少し離れた場所から、つぐみと崇が百瀬家を観察する。つぐみが手招きする。ぼくは駆け寄る。
「みてみて、あれ、すごくない?」
 つぐみが指さす百瀬家は、白い壁一面にスプレーで落書きされ、窓ガラスは割られ、庭も家の前の道路もゴミが散乱する。ドロボウ、サギ師、金返せ、死ね、くたばれ、ウソつき、いろいろ陳腐で画数のすくない罵詈雑言が書き殴られて、玄関前には毛筆体の文章が書かれた紙が貼られている。ここからはよく見えない。
「これって、いつから?」
 ぼくは訊く。つぐみは首を横に振る。崇が答える。
「多分、昨日の晩じゃないかな。俺、昨日の夕方ここ通った時は、まだ警備の警官いたし、なにもなかったよ」
「じゃあ、警察の人がいなくなってから、こんなことになったの?」
「うん、まだ誰も通報してないんじゃないかな。芝山さんがパトロールに来るまで、誰も気づかないぜこれ」
 ぼくは百瀬家に近づく。百瀬家の前は五叉路になっていて、道幅も広い。周囲の家から監視されるような位置にある。つぐみと崇もついてくる。車庫の門には生ゴミの袋が引っかかって、中身が散乱して異臭を放つ。玄関前の通路にも、割れた鉢植えとゴミが散らかって、歩けない。一歩、足を踏み入れるけど、ぼくは怖くて進めない。振り返る。周りの家を眺める。左はす向かいの家と、街灯のある右斜め前の家、カーテンを閉める人影がある。玄関ポストの内側が見える。ポストにもいろいろな物が詰まっている。ぼくはポストを内側から開ける。中に詰まっていたおが屑と萎びた椎茸がボトボト落ちる。またおが屑。
 ポストの蓋の内側から、一本の黒いケーブルがぷらり。
 ケーブルを引っ張る。蓋の取っ手につながっている。つい最近、どこかでみた形状の取っ手。ぼくは蓋を持って、取っ手を内側から押し込むと、ぽろりと外れる。崇がそれをみて言う。
「それ、カメラじゃね?」
 ぼくは外れた取っ手を拾って、崇に投げる。ああやっぱり、これ隠しカメラだね。つぐみが片手を唇にあてて、こわーいと言う。
「学校だけじゃなくて、町中、あちこちに仕掛けられてるのかな?」
「さあ、どうだろう。でもこれ、フラッシュメモリタイプじゃないね。ケーブルでデータ受信するタイプだから、ケーブルつながってないと意味ないぜ」
「どこにつながってたんだろう?」
 ぼくはポストを調べる。千切れたケーブルの端をみつけて、指で引っ張る。ブイン、と音がして、外壁を伝ったケーブルが電柱へ伸びているのを発見する。
「ここでうろうろしてるとヤバイよ。帰ろうよ」
 つぐみがそわそわして言う。崇はカメラをゴミだらけの庭に投げ込む。ぼくたちは百瀬家を後にする。昼下がりの炎天下、建設中の住宅を通り過ぎる。分厚い作業服の袖をまくった大工さんが大きな機械を持って、バスン、バスン、と釘を打ち込んでいる。
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