R18恋愛官能小説 青山倉庫

快楽コサイン

第9話「誘拐事件」


 芝山巡査の交番へ行って、あたしたちは事情を話す。
 智之お兄ちゃんは最初にゆきえの家に電話をかけてくれたけど、誰もでなくて、もしかするとゆきえちゃんの車でお父さんが迎えに来たのかもしれない、と言う。そういわれてみると、あたしもそんな気がするけど、黙っていなくなるなんてすごく不自然。お兄ちゃんはひとりで交番に行こうとしたけれど、家にいても不安だからあたしも一緒についていく。お母さんには携帯で連絡して、ひどい雨だったから、お兄ちゃんと一緒に芝山さんに送ってもらうと言えばひとまず安心してくれる。あたしの代わりにお兄ちゃんが事情を説明してくれる。その日の交番には、芝山さんの他に、茶色のジャケットを着た年配の男の人がいた。
「コウキちゃん、それって誘拐じゃないのー?」とその男性が言う。
「大内さん、どう思います?」
 芝山さんが調書を取りながら訊く。大内さんと呼ばれた年配の男性は爪を切りながら、大きなおならをする。洗ってなさそうな頭をかく。ため息をつく。
「しらねーよ俺管轄でも担当でもねーんだから」
「いえ、その、大内さんの個人的なご意見を参考にしたくて……」
「いやっくしょい!」
 あたしたちは怒鳴られたとおもって、びっくりしてちいさく飛び上がるけど、大内さんはくしゃみをしただけだった。目つきが鋭くて、怖そうなひと。そのひとが、あたしをみる。顔を近づける。煙草臭い。
「お嬢ちゃん、そのゆきえちゃんってのは、いくつだい?」
「あたしと同じで、十歳です」
 大内さんは再び椅子にふんぞり返って、爪をヤスリで研ぎ始める。
「ほーら決まった、ロリコンがさらっていったんだよ。今頃さんざ犯されて、ザーメンまみれでどっかの山奥に埋められてんだろ。ロリコンなんざこっから駅の出口に石投げりゃ当たるくらいウヨウヨしてんだからさ、もうみつかんねーって」
「ちょっと、子供の前でそういうこと言わないでくださいよ」
 芝山さんが慌てて咎める。大内さんは鼻くそをほじりながら、またあたしに訊く。
「その男って、どんなやつだった?」
「黒っぽい服を着ていて、ちょっと太っていました。帽子を被っていたから、顔はみえなかったです」
「どんな車だった?」
「ナンバーを覚えています」
 あたしはナンバーを言う。芝山さんが手帳に書き取る。大内さんは目の前の古いパソコンにナンバーを入力する。車種を選ぶ。振り返って、色は? と訊く。濃い色だったような、えんじ色か、紺色か、いえもしかすると白かも、グレーだったっけ。
「えてして、車のカタチや色って、覚えやすいようで覚えてねーんだよな。覚えたとおもったら、別の車が視界に入ってくるんだから、記憶が上書きされちゃうのね。コウキ、覚えとけよ」
 芝山さんが、はい、と答える間に、プリンタが地図を印刷する。大内さんが万年筆でそこに名前を書く。
 片山大嗣。汚い字。
「こいつ、駅で女子中学生のスカートん中盗撮して、いっぺん捕まってんな。あー、親はあの会長かあ。親の金で大学まで出してもらってて、その後、なーんも仕事してねえなあ。年金も払ってねえし。それで自分の車まで買ってもらえるんだから、いいご身分だよなニートってよ。クズの臭いがプンプンするぜ」
 大内さんが立ちあがる。交番を一歩出て、喫煙禁止区域の表示の上に立って、煙草に火をつける。
「大内さん、禁煙ですよ」と芝山さんが咎める。
「馬鹿! なにぼーっと座ってんだよ、行くぞ。ロリコンしょっぴくぞ」

 大内さんと芝山さんが歩いていく後ろを、あたしとお兄ちゃんはついて行く。
 途中で芝山さんが、交番で待っていなさい、と言うけど、大内さんがついてきていいという意味のことを言ってくれる。
「変態がそのへんうろうろしてんだから、こんな時間に無人の交番に居たら余計あぶねーだろ」
 口は悪いけど、悪い人ではないのかもしれない。
 蛍ヶ浦の南、あたしの小学校のすぐ裏手の古いアパート。大内さんは芝山さんに何かを指示すると、芝山さんはアパートの裏手に回る。大内さんは外ポストをのぞき込む。電気のメーターを懐中電灯で照らす。金属の階段をのぼる。あたしたちもそっとついて行く。大内さんはドアをノックする。
「片山さん、水道局でーす。片山さーん」
 もう一度ノックする。足音がきこえる。鍵を開ける音。ドアがわずかに開いて、ぼそぼそとした声がきこえる。
「なんですか?」
 大内さんがドアをガバと大きく開く。部屋のなかのすえた空気が漂って、ジャージ姿の太った男が現れる。あたしはその男を指さす。
「このひと!」
 大内さんは警察の身分証を見せる。男は驚くほど俊敏な動きで部屋の奥へ逃げ出して、大内さんはその後ろを土足で追いかける。ガチャン、とガラスの割れる音。大内さんが部屋の電気を点けながら、声をあげる。
「コウキ、そっち行ったぞ」
 あたしたちは部屋の中をのぞき込む。玄関先に大きなゴミ袋が二つ置かれていて、その奥の廊下も物が散乱している。生ゴミの腐った臭い。智之お兄ちゃんは、靴を履いたまま、部屋の中に入っていく。あたしもその後をついていく。
 ベッドの上に、全裸で仰向けに縛られたゆきえがいた。
 ゆきえの顔は涙とそれ以外の液体で濡れていて、猿ぐつわを噛まされて、両手を縛った荷造り紐はベッドの脚側の柱に、両膝を縛った紐はヘッドボードの柱に結わえられて、股を開いたまま動けない。大内さんがライターの火で荷造り紐を焼き切ってくれる。ゆきえは体中がぶるぶると震えていて、言葉を発しない。大内さんは、自分の茶色のジャケットを脱いで、ゆきえの肩にかける。ジャケットの胸ポケットから煙草を一本出して、火をつける。割れて穴の開いた窓から階下をみおろす。さっきから、苦しそうなうめき声がきこえてくる。
「コウキ、きゅーきゅーしゃ呼べ。あと県警にも連絡入れろ。ヨンマルヨン」
「大内さん、ゆきえちゃんは、いました?」
「ああ、無事だよ」
 大内さんが振り返る。部屋の中を見渡す。あたしたちも、改めて部屋を見回す。
 恐ろしく物があふれかえった部屋。壁に据え付けの棚には猥褻なアニメのDVDとかゲームとか漫画が並んでいて、金属棚にフィギュアが飾られていて、ベッド脇のパソコンは電源がつけっぱなしで、直視に耐えない壁紙が設定されていて、ベッドの向かいの液晶テレビには、修正の施されていない猥らな映像が大写しで流れる。部屋の壁中にいやらしいポスターがびっしりと貼られていて、なによりひどい臭い。だんだん頭が痛くなってきて、もう吐きそうだった。
「恵未、ゆきえちゃんつれて、出よう」
 お兄ちゃんがそう言って、あたしたちはゆきえの手を曳いて部屋を出る。大内さんが後ろから言う。
「玄関先で待ってろ。救急車来るから」

 救急車で運ばれていくまで、ゆきえは虚ろだった。
 ようやく連絡のついたゆきえの両親に、芝山さんが電話口で病院の名前を教える。パトカーが二台到着して、あたしとお兄ちゃんはパトカーの回転灯を眺める。二台目の救急車が犯人の片山を連れて行く。大内さんは救急車に乗る。あたしとお兄ちゃんは、芝山さんの運転するパトカーで家まで送ってもらう。
 マンションに戻っても、あたしたちはあまり会話せず、お兄ちゃんが夕食を温め直している間、あたしはお風呂に入る。湯船につかって目をとじる。あんなおぞましい部屋にとじこめられて、おそろしいおもいをしていたゆきえのことを考える。具体的に、ゆきえがなにをされていたのか、想像がつかない。あたしは芝山さんにもお兄ちゃんにも、あたしのチャットが原因とは話していない。
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