R18恋愛官能小説 青山倉庫

快楽コサイン

第6話「キノコ園」


 崇の自転車に二人乗りして、磯谷達也の自転車に併走しながら、ぼくたち三人は山へ遊びに行く。
 ぼくは自転車を持っていない。以前、住んでいたところは都会だったし、どこへ行くにも電車かバスで移動する。だから、自転車にだってちゃんと乗れないし、補助輪がとれた想い出がない。山へ行くと、バブル期に建てられてそのまま破棄された趣味の悪いホテルの廃墟が並んでいて、昼間でもおっかないところだから、軽く肝試しができる。崇と達也は携帯で心霊写真を撮る気だけど、ぼくは早苗叔母さんに買ってもらったばかりの携帯を部屋に忘れてきた。
「俺さぁ、先週、附属高校の禮世館でアレみたんだよ、アレ」
 達也が言う。ぼくは適当に、あーアレね、と相づちをうつ。
「アレってなんだよ、アレじゃわかんねーよ」と崇。
「アレだよアレ、えーと、そうだゴーリキー! ゴーリキーの戯曲の舞台を観たんだよ」
「今度は剛力かよ、先々週はなんだっけ?」
「その前はチェーホフだよ」
「カタカナの名前は覚えらんねーよ」
「スゴかったんだよ、俺らカブりつきで観てたんだけどさ。周りの高校生はチットモ興味ねーの」
「そりゃ、古典演劇なんて普通のやつにはわかんねーだろ」
「劇場もすっげ巨大だしさぁ、タダ観だよ、タダ観」
 ぼくは空を見上げる。重い雲が空一面に蔓延して、今にも落ちてきそう。ぼくは達也に訊く。
「達也くん、お芝居するの?」
「俺? しないよ」
「じゃあなんで……」
「好きなだけだよ。俺さ、一度劇団の面接に行ったのね。でもダメなんだって、素養がないって、それだけで終わったよ」
「ソヨー?」
「才能がないってことかな。一度面接受けただけなんだけど、周りみて無理だとおもったね。全然心構えが違うっていうか、好きってだけじゃ触ることもできない世界だよ」
「こないだ、ツカナントカさんが亡くなったね」
「あー、あいつね。あんなのはどーでもいい。他の劇団ディスってないと主体性も保てないクズとかまじ興味ない」
 ザァッ。
 最初に音が近づいて、ぼくらが空を見上げた途端、豪雨に覆われる。達也がなにか叫ぶけど、雨音できこえない。遠くを指さしている。ぼくたちは河川敷沿いの道を走っていたけど、川向こうに大きな建物が見える。ぼくたちは最初の橋を渡る。錆びて日焼けして色あせてなにが書いてあるかわからない看板の前を通り過ぎて、砂利道をガラガラと突っ走って、ぼくらは剥き出しコンクリートの建物にたどり着く。自転車を草むらにとめて、破けたフェンスをくぐる。もう下着までびしょびしょ。しぶきをあげて走る。裾が汚れる。制服の替えは一着しかないのに。
 裏口のステンレス扉を開けて、中に入る。達也は緑色のネクタイを外して、搾る。ぼくは狭い廊下を見渡す。ひどく暗い。
「ここって、廃墟?」とぼくは訊く。
「いや、ここはキノコ園らしいよ」と崇が教えてくれる。
「キノコ園?」
「トモはしらないか……。蛍ヶ浦でキノコを栽培してさ、ネット通販してるらしいんだよね。ウチの母親も投資してるから、一応噂だけはしってるんだけど、結構儲かってるんじゃないかな」
「こんな建物でキノコなんて作れるの?」
「しらないよそんなの。百瀬に訊け、百瀬に」
「夏美ちゃんに? なんで?」
「投資栽培の元締めって、百瀬ン家じゃなかったっけ?」
 崇が達也に訊く。たぶんそうだよ、と達也が答える。元締め。夏美の部屋でみた家族写真が思い浮かぶ。色あせて、薄暗い写真に、昭和七十年代くらいのファッションで登場した夏美の両親の姿が印象に残っている。

 ぼくらは建物内を探索する。
 どう見ても廃墟としかいえない内装に、壊れて散らかった什器の大群と、汚れたチラシの束が床一面に撒かれて、その上をたくさんの足跡が踏み荒らす。誰かが出入りしているのだろうけど、どこにもキノコなんて無い。水の循環装置や、錆びたボイラー、燃料の入ってない発電機、トイレの便器はどれも割れていて、給湯室の壁は黒こげ、倉庫に積まれた麻袋に、おが屑が満杯に詰まっている。一番大きな区画はシャッターを隔てて外と直結していて、あちこちに雨漏りの水が流れる。ぼくらは二階の踊り場にのぼる。そこから大きな区画を見下ろせる。窓から外が見える。達也が外を指さす。
 人影がフェンスの入り口を開けて、乗用車が建物の敷地に入ってくる。崇は、ヤベエ、と言って逃げ出す。ぼくらは廊下を走って、柱の陰に隠れる。シャッターが開く。車ごと、中にはいってくる。雨の音とエンジンの音。エンジンが止まる。車から誰も出てこない。しばらくすると、防火扉を開けて、カッパを着た老人が入ってくる。片山会長だ。車のドアが開いて、男女が降りてくる。ぼくたちは柱の陰から三人の様子を伺う。背の高い男性がぼそぼそと喋る。
「ウチダ金属の社長が参加しました。これは内金です」
 男性が片山会長に封筒を手渡す。会長は封筒から札束を取り出して、数える。
「あれ、百瀬夫妻だぜ」
 崇が指さす。会長が顔をあげる。こっちをみる。指さす。
「おい、おい! 誰かいるぞ!」
 ぼくらは飛び上がって駆け出す。崇と達也は階段を駆け下りる。ぼくはひとりで廊下を走って、区画の反対側へ回り込む。背の高い男性が廊下を猛烈な勢いで追いかけてくる。非常口の扉を開けると、滝のように降り注ぐ雨に打たれ、非常階段の下から黄色いカッパを着た会長が駆けあがってくるのがみえる。手に鉈が握られている。ぼくは震えあがって、全力で階段を駆け上がる。屋上に出る。反対側の非常階段まで走る。駆け下りる。非常階段が二階までで腐れ落ちて、先が無い。豪雨で増水した川がすぐそこに渦を巻く。振り返ると、鉈を持った黄色いカッパの片山会長。ぼくは鞄を川に投げ込んで、その後に続いて、えいっ、と跳躍する。
 ドボン。
 あの日の恐怖が蘇る。四肢が硬直し、ものすごい力で下流へおし流されていく。ぼくは急にもがいて、タスケテ、と叫ぶ。きっと誰にもきこえない程度の声で、タスケテ、と言う。唇が、タスケテ、の形に動いているばかりで声がでない。
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