R18恋愛官能小説 青山倉庫

人形地獄

第21話「人形地獄」


 昭和二十七年、春。あれからおよそ九年。

 ぼくが優香理さんの処女を貫いたあの朝、日本は真珠湾を奇襲して、戦争を始めた。
 一般定期船の運航が停まり、優香理さんは臨時船で本土へ戻った。蘭聖島は太平洋上に浮かぶ防衛島のひとつで、米軍機の空襲を真っ先にうける拠点。ぼくたちは覚悟していた。
 戦争が始まったというのに、実次は変わらなかった。銀色の仮面を白く塗ったくらいで、ぼくたちの写真を撮り続けた。スタヂヲから、訓練飛行中の軍機がみえた。島に送られてきた小学校の教科書には、大きな戦艦が描かれていて、ぼくはその姿をみようと、ときどき水平線の彼方を何時間も眺めていた。
 優香理さんと麗奈は一緒に本土の別荘で暮らし、ときどき手紙が届いた。優香理さんも麗奈も、女の子を産んだ。実次は一度本土へ戻ったとき、二人の写真を撮ってきてくれた。真っ白な布に包まれた赤ちゃんを、優香理さんと麗奈が抱いていた。
 開戦からまもなく、晃さんから実次宛に手紙が来た。甲信越を転々としていた晃さんは兵隊にとられ、比島へ向かうことになったと書いてあった。その手紙の最後に書かれていた和歌で、確信の持てなかった実次と晃さんの関係をうかがい知ることができた。

 梓弓、引かばまにまに、寄らめども、後の心を、知りかてぬかも

 ぼくに短歌はわからないとおもったらしく、実次は手紙を読ませてくれた。晃さんのことを心配していたのは、お屋敷ではぼくだけだから。だけど、ぼくはたまたま万葉集のこの歌を識っていた。
 晃さんの手紙を受け取った翌月から、実次は身寄りのない少女たちを島へ引き取るようになった。定期船よりも小型の臨時船で、毎月いちどに四、五人、多い時で七、八人の幼い娘たちを連れてきて、お屋敷の隣に建つ木造の寮に住まわせた。少女たちは裸に薄いショオルを羽織っただけの格好でぼくの寝室を訪れて、丁寧にご挨拶して、恥じらいながら股をひらく。ぼくは訪れる少女たちをつぎつぎに抱いて、未発達な肢体を貪り、未熟な子宮にあらん限りの精を注いだ。いよいよ本格的な人形製造が始まったことを実感したけれど、それは想像より粛々とした静かな儀式だった。
 少女たちが人形になるということがどういうことか、そのときのぼくははっきりとした理解ができなかったけれど、ぼくが抱いた少女たちはいつまで経ってもすこしも成長せず、幼いままだった。実次と那須野先生にきいたとおり、別段特殊なことにはおもえない。やがて人数が増えると、比例して性交の時間と回数が増え、こどもたちの往来は交代制になった。寮の掲示板に『枕当番』と書かれた紙が貼られていて、少女たちの名前が並んでいた。
 肉の交わりは不思議なもので、ぼくをあまり好いていない娘でも、いちどつながってしまえば、甘い囁きを漏らして、ぼくのピストン運動を求める。ぼくは娘たちのからだに性欲の匂いを感じて、ただ肉欲の赴くまま精を濫費し続けた。
 綾乃とさくら、優那、遥香の四人は寮に住まず、ぼくの寝室で過ごす。新たに連れてこられた少女たちの緊張をほぐして、お喋りして、うちとける。なかには難しい子もいるけど、一週間足らずで心をひらかせる。少女たちはぼくと褥を濡らしても、ぼくと打ち解け合う子は稀で、四人とお喋りして、悪巧みをして、ぼくにきもちいい屈辱を与えることがある。そうやって休み無く快楽に溺れ、寝ても覚めても少女の肉に包まれて、しばしば気を失うほどきもちよくても、ぼくは少女たちに愛されることはなかった。それはたぶん、業のようなもの。少女たちはみな明るくて、欲深くて、ささやかに生きている小さくて弱いいきものだ。からだを搾取できても、こころまで簒奪するのはあまりに罪深い。

 ある日、ラジヲで戦争が終わったことをしった。
 新しい日本になるのだ。かつて都築家の運転手で港の守衛だった加藤佐喜治はそう言い残して他界した。
 本土は焼け野原で、ひどい有様だときいていた。ぼくにとって、戦争はなんだかツマラナイものにおもえた。戦争になにかを期待していたわけではないけれど、戦争なんて何もなかったのと同じくらい退屈で乾ききったものだ。歴史は変わるだろうけれど、ぼくたちは変わらない。変わることができない。戦争が始まったときと同じ、十一歳のからだのまま、壁掛け時計が正午と零時に一度鐘を鳴らす度に、抱く相手が入れ替わるだけだ。
 戦後、島の北側には別荘が建てられ、高級官僚や政治家、芸術家、実業家たちの避暑地として栄えた。都築家と縁のある貴族たちはことごとく没落し、実次が会う人物の様子も変わっていた。みんなただの金持ちで、教養も道徳も思想もない商人の欲深さを感じた。下野さくらは「お父様に見せて頂いた女郎閣にたむろする男たちと同じ臭いがする」と云って、彼らをひどく毛嫌いする。
 優香理さんからの便りは、いつも、もうすぐ島へ戻れます、というものだった。だけど、待てど暮らせど、優香理さんが島へ渡ってくる様子はない。そして、晃さんと麗奈からの手紙は、終戦直前からふっつりと途絶えていた。優香理さんは、麗奈について、なにも知らせてくれなかったし、実次も、晃さんについてなにも語らなかった。
 ぼくは、優香理さんへの手紙に、島へ戻って欲しいとか、逢いたいなどと書いたことは、いちどもない。優香理さんがしっているぼくは、まだほんの子供だったけれど、あれから何百人もの少女たちに、からだじゅう隙間なく陵辱され、今では顔つきだって変わっているだろう。鏡に映るぼくは、とても猥褻ないきものにみえる。優香理さんがぼくをどれだけ想ってくれているかわからないけれど、きっと今のぼくに逢えば、不確かな想いも散り散りに砕けてしまう。それがとても怖くて、逢いたい、などと甘えることができない懦弱なじぶんが愚かしい。

 お屋敷の隣の寮はお屋敷を囲むように増築され、いつしか四百人もの少女が住まう離宮と化した。そして少女たちは、ときどき誰かに引き取られていった。実次に貰われる少女たちの数に比べて、出て行く少女の数はずっとすくなかったけれど、引き取られていく娘たちを寝室の窓やバルコニイから眺めていると、あてのない焦燥に胸が張り裂けそうになる。ぼくのもとを訪れるときは美しい裸体にショオルを羽織るだけなのに、朱い宝尽くしの着物に伊予絣を羽織って、風呂敷を抱えた普通の童女に戻って、ぼくに手を振るのだ。そのいじらしさに、いつも涙ぐんで、ぼくは気がくるいそうになる。
 その離宮は、女中たちから『人形屋敷』と呼ばれるようになった。
 ぼくは珠莉から寮内の様子をきいて、好奇心から人形屋敷を訪れたことがある。こどもたちが住まう下宿のようなものを想像していたけれど、建物のなかは静かで、不気味だった。どこもかしこもおんなの匂いで充ちて、寝室が並ぶ廊下には、部屋から漏れてくる少女たちの甘えた声と、喘ぎ声がこだまする。食堂のテエブルに座っていた二人の少女は、醒めたスウプにお匙をさしこんだまま、ぼんやりと窓のそとを眺めていた。人形になるということがどういうことか、そのとき初めてわかった。
 この島は避暑地でも楽園でもない、人形たちの地獄なのだ。
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