R18恋愛官能小説 青山倉庫

人形地獄

第10話「遺産の島」


 そのちいさな島は『蘭聖島(らんせいとう)』と呼ばれている。
 北東から南西に伸びる細長い島で、北側には病院や宿泊施設、港がある。ぼくたちが島を訪れた初日は、宿泊施設に一泊する。実次は同じ船に乗っていなかったから、ぼくたちは彼の到着を待たなければならない。
 宿泊施設は旅館というよりホテルかなにかのようで、食事は出ない。寝台の上にはシーツもない。優香理さんは麗奈を病院に連れて行ったきり帰ってこない。部屋は最上階の五階にあって、島を遠くまで見渡せる。
 道を行き交う人たちは、倉庫と港を往復する。炭坑夫のようなひとたちの群れと、質素な着物をきた女性たち、その周囲にちいさな子供たちがまとわりつく。背広の男たちが、建設中の建物の前で、左官と何かを言い争う。空き地の地べたに座り込んだ足袋姿の男たちが煙草を吹かす。
 島の中央付近には巨大な円蓋状の建物があって、南側に行くにはその建物を通り抜けなければならない。南側はその建物のせいでみえない。人工的な直線と曲線、コンクリイトに覆われた島の大地は、針葉樹ばかりが目立つ。ぼくはその殺伐とした風景を窓から眺めながら、真新しい寝台のうえで、優那と遥香とさくらの三人を相手に、一晩中愛し合う。
 翌朝、ぼくたちは四人で病院へ行く。二階建ての古びた建物には蘭聖島診療所と書かれていて、待合室には誰もいない。受付から看護婦さんが顔を覗かせる。
「あらぁ、雅之くんじゃない。朝倉麗奈さんのお見舞いかしら?」
 しらない看護婦さんがぼくの名前をしっている。ぼくはぴったりした開襟シャツと短パンを着てたから、自然と猫背になる。
「あの、優香理さんが帰ってこないのです」
「昨夜はお泊まりになられましたよ。病室は二階にのぼって、つきあたりの角部屋…」
 ぼくはありがとうございますとお辞儀をして、階段を駆け上がる。三人の娘たちもついてくる。薄暗い廊下、北側の窓は白く汚れていて、天井には雨漏りの染みが広がる。銀色の台車が廊下にならんでなければ、廃院のようだ。
「こんにちは、麗奈…」
 ぼくは病室の入り口から覗き込んで、声をかける。広い病室には大きな寝台がひとつだけ。
 優香理さんが飛び起きる。麗奈も目覚める。二人は同じ寝台で、裸で寝ている。優香理さんは毛布を胸元に引き寄せる。ぼくたちは、寝台のそばに立つ。
「優香理さん、ぼくたち、一晩中待ってたよ…」
「ごめんなさい…」
「優香理さんと麗奈は、恋仲なのですか?」
 ぼくは純朴に訊いたつもりだったけれど、二人とも頬を赧らめて俯いてしまう。病室の掛け時計が、正午の鐘をボウンボウンと打ちならす。優那が寝台の脇に手を突いて、麗奈の毛布を剥ぐ。下腹部に耳をあてる。
「ごろごろ、云ってるわ」
「くすぐったいわ、ゆうな…」
 麗奈が身をよじって嗤う。遥香も耳をあてる。二人でおしあいながら、麗奈のお腹のおとをきく。
「おと、きこえないよ」と遥香が言う。
「まだ、動かないですよ」
 優香理さんが言う。遥香が顔をあげる。
「いつ、産まれるの?」
「そうね、来年の春ぐらいかしら」
「そんなにかかるの?」
「そうよ、あなたたちも、それくらいの間、お母さんのお腹の中にいたのよ」
 そう云って、優香理さんは寝台から降りる。背を向けて、服を着る。ぼくは白い浴衣を麗奈に渡す。麗奈は寝台のうえで器用に浴衣を着る。さくらが窓をあける。涼しい風が吹き抜ける。薄いワンピイスの裾がひらひらと舞い上がる。
「こどもが産まれる前に、私は東京へ戻ります」
 麗奈が言う。ぼくは首をかしげる。
「ここでは産めないのですか?」
「ええ。ここで産んで育てたいのですけど、設備が整っていないそうです。学校もありませんし…」
「産まれたら、ぼく、みにいっていいですか?」
「ええ、もちろんです。いの一番に、雅之さまに抱いて頂きたいわ」
 白い台車を推す看護婦さんが病室に入ってくる。朝食ですよ、そう云ってベッド脇の小さなテエブルに朝食の盆を載せる。すこし冷めた雑炊とお味噌汁、おひたし、梅干し。遥香がお椀を取って、レンゲで雑炊を麗奈のくちに運ぶ。照れていた麗奈もやがて慣れる。仲の良い姉妹にみえる。優那はさくらと窓際で電柱にとまるツバメを眺める。優香理さんがぼくの袖をひく。ぼくを病室の外に連れ出す。
「雅之、今日は午後から、新しいスタヂヲで撮影があります」
「はい」
「新しいおんなのこが、撮影に加わるの」
「はい」
「それと、おとこのこも…」
「おとこのこも、ですか?」
「そうよ」
「ぼくと、同じことをするのですか?」
「いいえ、まだわからないわ」
 ぼくは微笑んで、優香理さんの耳元で囁く。優香理さんの白いうなじから、麗奈の匂いがする。
「ぼく、平気ですよ」
「そう、ヨカッタわ…」

 麗奈とわかれて、病院を出たぼくたちは、優香理さんと共に島の中央にある円蓋状の建物に向かう。複雑に入り組んだ階段を下り、上り、針葉樹に囲まれた道を歩く。乾いた潮風があしもとを吹き抜ける。風の音と、ぼくたちの足音と、とおくからきこえてくる波の音。高台の小屋に荷物を運ぶ丁稚が、急な石階段を駆け上がる。坑夫に見えた男たちは土建屋の職人たち。薄く透けた洋服を一枚まとっただけのぼくたちは注目を浴びるけど、すれ違うひとびとはみな優香理さんに頭を垂れる。
 建物のちいさな入り口に到達する。金属製の扉はひとつしかなくて、とても小さくて、優香理さんは複雑な形状の鍵を挿し込んで扉を開く。つめたい空気が流れる。ぼくたちは薄暗い建物の中、西の壁沿いに湾曲した廊下を進む。外側の窓から海が見える。内側の窓は真っ暗。さくらが覗き込んで、呟く。
「大砲があるよ」
 優香理さんがさくらの腕をひく。
「あまりみてはだめよ」
「この島って、砲台じゃないの?」
「違いますよ」
「だって大砲があるわ。砲台って、真っ先に空襲されるんじゃない」
「心配しなくても大丈夫ですよ。南には大きな防空壕があるわ」
 云いながら、優香理さんは廊下をどんどんすすむ。やがて建物の南側に出る。南側の入り口には扉がない。
 北側よりも起伏が激しくて、高台に白い建物、海沿いに洋館、コンクリの倉庫、いくつかの建物が曲がりくねった道でつながっている。賑わう北側と違って人影はほとんどない。洋館の周りに新しい藍色の給仕服を着た女中たちがみえるだけ。優香理さんが指さす。
「若い女中たちが、わたしたちより先に来て、準備しているのです」
「前のお屋敷は、なくなっちゃうのですか?」
 ぼくは優香理さんの袖をひいて尋ねる。
「いいえ、前のお屋敷は、陸軍に接収されるのです」
「いつか、帰れますか?」
「サァ…、雅之は、帰りたいのですか?」
 ぼくは肩を竦める。首を横に振る。
 階段をくだるぼくたちの前に、女中の前山珠莉が駆けつける。深々とお辞儀をする。スタヂヲの準備は整っておりますと云う。優香理さんは珠莉に任せて、自分はお屋敷へ道を下る。ぼくたちは珠莉のあとについて、急な坂道を白い建物に向けてのぼる。
 新しい給仕服は以前よりずっと裾が短くなり、からだの線が浮き出るような露西亜風のデザインに改められた。十五になったばかりの珠莉は背が高くなって、裾からフリルのついた短いドロアーズが覗く。その後ろを透けたワンピイスをひらひらさせて少女たちがついていく。ぼくの短パンと開襟シャツは柔らかい素材だったけれど、からだにぴったりくっついて、すこし苦しいし、おおきな性器のカタチがくっきりと浮かび上がる。そういう洋服を、実次がどこかから買い付けたり、仕立てたりして、ぼくたちや女中に着せる。新しい洋服が届く度に、生地が薄くちいさくなり、露出が増える。いつかぼくたちは裸になってしまうかもしれない。
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