R18恋愛官能小説 青山倉庫

ぼくと妹とガラスの少女

第13章「別れ」

 朝ごはんを食べに下りてきた彩奈は、緑色のカーディガンを裏返しに着ている。
 お母さんはお弁当を作っているし、お姉ちゃんはテレビを見ていて気づかない。ぼくは彩奈の後ろに回って、カーディガンを着直させる。ぼくはお姉ちゃんと彩奈の分の納豆を貰う。お父さんが寝室から出てきて、日経産業新聞を持ってトイレに立て篭もる。お姉ちゃんは行ってきますと言って先に出てしまう。彩奈はゆっくりご飯を食べる。ときどきぼんやりテレビを眺める。
 ぼくは彩奈の手を引いて一緒に登校する。冷たい風が吹く。彩奈のマフラーが解ける。ぼくは彩奈のマフラーを巻きなおす。ランドセルと背中の間にマフラーを押し込む。再び手をつなぐ。彩奈が手を振り払う。ぼくはもう一度手をつなぐ。彩奈は手を振り払う。手をポケットに入れる。ぼくは彩奈の腕に手を添える。彩奈は微笑んで、お兄ちゃんひとりで歩けないの?と言う。ぼくは俯いてしまう。

 体育館で終業式が行われる。校長先生の長くて退屈な式辞の後で、荒崎先生が挨拶する。二年二組の女子生徒の何人かが泣いている。津田が遅れて体育館に入ってきて、ぼくの斜め後ろの席につく。津田がぼくの制服を引く。ぼくはまだiTunesカードのお金を払ってない。
「持ってきたよ。後で払うね」とぼくが言う。
「やべーよ。後で持ち物検査あるぜ」と津田が言う。
「今日、終業式なのに?」
「わり、俺のせい」
「どうしたの?」
「バレちった」と言って、津田は煙草を吹かす真似をする。
「ほんとに?」
「今、親呼ばれてる。最悪だよ。俺この後面談だから、終わったらダッシュで戻って、俺の鞄の中身隠して」
「わかった」
 転校生の挨拶が終わって、PTAのおばさんがぼくに負けないくらい偏差値の低い挨拶をする。部活動の表彰式がある。ぼくは何も入賞していないけど、津田は駅伝か何かで入賞した。でも最後まで陸上部は呼ばれない。終業式はそのまま終わって、一組から順番に戻る。ぼくは体育館を出て、一人で猛ダッシュする。教室には誰も戻っていなくて、ぼくは津田の鞄から煙草の箱とライターを取り出して、掃除道具箱の上に投げる。
 他の子たちが戻ってきて、章子と麻美も戻ってきて、柴谷先生が教室に入るとぼくらは席につく。先生は持ち物検査しますと言う。みんな一斉にブーイングする。ぼくは津田に目配せしながら、鞄の中身を机の上に並べる。先生が一人づつ持ち物と鞄と制服のポケットを調べていく。お菓子や漫画が没収される。丸山は買ったばかりのゲーム機を没収されたばかりだから、何も持っていない。ぼくもおかしなものは何も持っていない。先生が章子の机の前でとまる。鞄に手をいれる。先生は章子に、後で職員室に来なさいと言う。十徳ナイフやハーブでも見つからない限り呼び出しなんて食らわないし、この学校はそういう種類の生徒が少ない。
 先生が冬休みの過ごし方を説明する。宿題を忘れないように、綾川、お前だ、とぼくを指差す。ぼくは首をすぼめて、下を向く。先生の話を聞き流す。ホームルームが終わって、ぼくは一階の階段の前で章子を待つ。章子は職員室に呼ばれているけど、ぼくは職員室の前で待たない。生徒はみんな帰ってしまって、対校試合が近いサッカー部が練習する声だけが聞こえる。ぼくは待ちくたびれて、階段に腰を下ろす。お父さんに買ってもらったダッフルコートのトグルは滑らかな水牛の角でできていて、ひとつひとつ大きさが違う。
 章子が職員室から出てくる。ぼくに気づいて、待ってたの?と言う。目が真っ赤で、涙を拭った跡がある。ぼくらは下駄箱で靴を履き替えて、並んで校門へのスロープを並んで歩く。いつものように手はつながない。校門を出てから、ぼくが口を開く。
「なんで、呼ばれたの?」
「ごめんね」
「どうして、謝るの?」
「ごめんね。見つかっちゃった」
 ぼくは空を仰いで、呻く。津田の煙草のことで頭がいっぱいだった。ぼくが学校内やその帰りに章子とセックスしたがるから、章子はコンドームを鞄に入れっぱなしにしていた。ポーチには入れてなかった。章子はポーチの中を見られるのを嫌がるから。
「ぼくの、せいだよね」
「そんなことない」
「ごめん。ぼくから、先生に言うよ」
「いいよ。大丈夫、平気だよ」
 ぼくは章子の手袋をはめた手に指先を触れる。手をつなぐ。急な坂道を登るときも、空き地を横切るときも、十字の交差点渡るときもぼくらは何も言葉を交わさなくて、指先に伝わる暖かさだけを感じて、章子の歩みにあわせて歩く。
 ぼくが章子に告白して、章子がぼくにキスしてくれた横断歩道の前で、章子はじゃあねと言う。ぼくは、章子を呼び止める。章子は黙ってぼくを見ている。
「別れてください」とぼくは言う。
 章子はぼくを見ている。
「どうして」
「ごめんなさい」
「あたしのせい? 避妊具がみつかったから?」
「違う、みんなぼくのせい」
「あたしがきらいになったの?」
「そうじゃない」
「すきなひとが、できたの?」
「そうじゃない」
「あたし、めんどくさいの?」
「そんなことない」
「わかんないよ」
「ごめんなさい」
「わかんないよ」
 章子は俯いて、わかんないよと小さく呟く。涙が落ちる。ぼくは章子の爪先に落ちる涙を見つめる。信号が変わる。年末になると、こんな田舎を走る車はいない。近くの公園で、子供が遊ぶ声がする。風が冷たくて、空は鈍色で、でも雪は降っていなくて、信号がまた青になる。章子が顔をあげる。
「さよなら」
 章子は横断歩道を渡る。ぼくは何も言えず、後姿を見送る。
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