R18恋愛官能小説 青山倉庫

びろうどカンヴァス

第9話「密談」


 本宅の西側には池があって、藤棚と柳に囲まれた白壁の蔵が建っている。
 ぼくと三人の娘たちは、夏の暑い夜は、その蔵の二階で一晩中愛し合う。いつもの寝室や床の間と違って、蔵の二階は風通しがよくて、木陰になっているから熱も籠もらない。ぼくは仰向けのほとみを突きながら、蔵の窓から池に映える三日月を眺める。今夜は風もなくて、池の月もそよがない。
「はぁ、はぁ、直央…、なにを、みて、いらっしゃるの?」
 ほとみが訊く。ぼくは視線をほとみに戻す。月明かりに照らされた幼い胸と細い肩に、玉のような汗が流れる。ぼくたちの傍らで、既に汗にまみれた果凛と咲月が浅黄色の褥に横たわり、肌を寄せ合う。
「ほとみ…、月が、とても綺麗なのです」
「美しく…ない、月など、あるの、ですか?」
「あかい月を、みたことがあります」
「あかい…月?」
「そうです、紅に染まる血のように朱い月です」
「それは…、あっあっあっあーっ」
 前触れもなく、ほとみのからだが痙攣を起こす。その小さな腹に収まったぼくの太い肉が、まるで雑巾を固く絞るかのように締めつけられる。人当たりの柔らかいほとみのからだは、そんな内なる激情を秘めていて、それをしっているのはぼくだけではないかという自尊心が芽生える。でも、ぼくは自尊心や虚栄を朝まで維持できるほど、こころが成熟していない。
 ちゅぽっ。
 ほとみから性器を抜き取る。愛液が糸をひいて、暗闇につつと垂れる。ぼくは四つん這いのまま、肌を合わせる果凛と咲月に覆い被さる。手探りで、どちらかの割れ目を探り当て、にゅるりと滑り込む。くふう、と声を引き絞ったのは咲月。軽いスナップをきかせて、腰を振る。無理に力を入れずに、動く範囲でちゅるちゅると滑らせる。そうすれば、娘たちは自然と濡れそぼる。
 仰向けのままのほとみが、床についたぼくの手首を掴む。
「直央は、ときどき不思議なことを仰るのですね…」
「朱い月ですか? 不思議ではありませんよ」
 ほとみは薄目を開いてぼくを見つめる。咲月が唇を噛んで、声を堪える。蔵は本宅から離れているけど、深夜に大声を出しては誰かに気づかれる。その適度な緊張感が、ぼくたちには新鮮なのだ。
「ぼくの父と母が、憲兵に連れて行かれた日のことです。たくさん泣きはらしたぼくは、善福寺川の辺で、川に映る月をみたのです。燃えるように朱い月でした。ぼくはかなしくて、顔を上げて夜空の月をみることは叶わなかった。もし顔をあげてしまうと、父も母ももう戻ってこないとおもったのです」
「ご両親は、どうして憲兵に連れて行かれたのですか?」
「ぼくにはわかりません。ただ、父の仕事は共産主義的だったと、憲兵のひとりが言うのです。三年前のその日、ぼくはまだ八つでしたから、アカ狩りがなんのことだかわかりませんでした」
「それでお父様に引き取られたのですね」
 くふんくふんと指を噛んで泣き声を漏らす咲月から、ぼくは肉を引き抜く。そして果凛に挿し込む。果凛は仰向けで咲月を抱いたまま、ぼくの腰に両脚を巻きつけ、ぐいと引きずり込む。長大な陰茎が、つるりと根元まで沈む。
「はぁぁ、暖かい…」
 ぼくは感嘆の溜息を漏らしながら、ゆっくりと果凛を突き始める。ちゃぷちゃぷと、ひどく濡れた音が響く。ついさっき果凛の胎内に放った精液の残り汁が、ぶりぶりと泡を噴いて溢れる。ぼくは、果凛に覆い被さった咲月のお尻にお腹を密着させて、小刻みに振動する。窓の外を眺める。蔵の二階は天井が低い分、窓も低い。昼間であったら、ぼくたちは外から丸見えになるだろう。
 その低い位置の窓から見える池の中にはいくつか飛び石があって、その石どうしに太鼓橋が渡される。そのひとつに、人影が見えた。
 ぼくは動きを緩めて、人差し指を唇に当てる。
「だれか、います」
 ほとみが窓の外を覗き込む。ぼくも目を凝らす。果凛と咲月は呼吸を落ち着けながら、しっかりと抱き合う。

 太鼓橋に立つ人影は、思いのほか蔵に近い。浴衣を着た髪の長い人物。
 ぼくは最初、琴音か初音だとおもったけれど、やがて橋の反対側から提灯を持った人影が近づいてきて、浴衣の人が朱理だと気づいた。そして提灯を持つ人物は、暗くて顔はみえないけど、この声とアクセントは間違いなく皆藤良一だ。
「朱理、待たしたね」
「お話の続きって、なんですの?」
「お前もわかっとるやろ。あのババアのことたい」
「どなた?」
「湯島なだみ、浩三じいさんに色目つこて近づいた女郎蜘蛛やがな」
「そう…、その女郎蜘蛛が、どうなすったの?」
「ふふふ、俺は今、あのババアの金庫番ばしとるったい。全幅の信頼を受けとるけん、湯島の金庫は俺の思いのまま。なぁ、朱理、あの日のこたぁ、俺とお前の秘密だが、俺は一晩だけの戯れにしたくなかとよ」
 朱理は沈黙する。朱理の両腕が伸びて、皆藤の首筋に巻きつく。なにか囁く。
「なんや、あの爺さんのことが心配か」と皆藤。
「いいえ、それほどでは。ですけど、わたくしはあの方に助けられた身。恩を仇で返すことなど、到底できるはずがありませんわ」
「朱理、なぁ、俺とお前で、巴里か和蘭あたりに飛べば、爺さんかて追ってこれん。一先ずこの死にかけた家から外に飛びださんか。俺は巴里に知り合いの画商が大勢おるけん、お前の絵を紹介してやれる」
「わたくしは、それほど有名になりたいとおもっていません」
「なら、なんで絵を描くとな? そこにカンヴァスがあるから、などと、青臭いことは訊きとうない」
「わたくしの絵は、恩返しですわ」
「恩返し?」
「ええ、色々な方への恩返し。そのうえ、カンヴァスの前で散々苦しんで、散々悦んで、その燃え尽きた滓を湯島のお客様に買って頂けるだけで、わたくしは本望なのです」
「だけど」
 朱理は人差し指を皆藤の唇に当てる。ふたりは辺りをうかがう。そして朱理は皆藤に口づけをする。
 何か囁く。ぼくたちには聞こえない。
「ええっ、そげんこつ…」
「難しいことではありませんわ。わたくしは玲庵先生に信頼されていますから。そして、良一様、あなたはあの女郎蜘蛛のツバメ。簡単なことじゃありません? それとも良一様は、臆病なのかしら?」
 朱理がくすくすと笑う。ぼくたちは、朱理のこういう姿を見たことがない。
「わかったよ。お前のためだ」
 朱理は振り返って、皆藤を抱きしめる。
「うまくいったら、二人で伊豆にでも行きましょう」
 二人はしばらく抱き合う。ぼくたちはじっとみている。やがて二人は離れて、皆藤は池の向こう側へ、朱理は本宅の方へ、それぞれ太鼓橋を渡る。池の辺で振り返り、二人は手を振り合う。提灯の明かりが消える。
 静かになる。

 ぼくが考え込んでいると、果凛がぼくの腰をぐいと引き寄せる。
「直央、直央、なにをみているの?」
「朱理さんがいたんだ」
「今もいるの?」
「もういない」
「じゃあ、して、激しく、今日の写生の時間より、ずっと激しく…。夜は短いのよ」
 ぼくはゆるりとからだを波打たせる。大きな振幅で、果凛の胎内を往復する。
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