R18恋愛官能小説 青山倉庫

びろうどカンヴァス

第5話「武留と朱理」

 ふと目が覚める。
 壁の時計は寅の刻を回る。午前三時。春先とはいえ、はだかで眠るぼくにはまだ肌寒い。
 両脇で眠る果凛とほとみを起こさないように、布団から抜け出す。浴衣を羽織る。帯も締めずに、部屋の外に出る。外廊下に出ると、半月の明かりに青く染まった石灯籠が人影に見えて、ぼくは驚いて身構えてしまう。
 近頃はぼくらの生活する屋敷の西側には人がこない。昨夜、玲庵先生が朱理の絵を見に訪れただけ。初音は食事時と絵の時刻に訪れる。夜は離れで休んでいる。日に日に世俗から遠ざかる。
 厠で用を足し、部屋に戻る途中、朱理の部屋の障子が明るいのに気づく。朱理の部屋はぼくたちの寝室から遠くて、洋館やアトリエの座敷とも方向が違うから、そこへ赴くことはない。ぼくは床板が軋まないように用心しながら、朱理の部屋に近づく。声が聞こえる。おとこの声、おんなの声。
「だめ、だめよ、武留さま、あーっ」
 朱理のよがりなくうつろな声。部屋の前まで来ると、明かり取りの円形の障子窓があちこち綻んでいて、その小さな穴から部屋の様子がうかがえる。
「朱理、俺はそんなに強欲か?」
「ええ、欲張りです。武留さまには、許嫁がいらっしゃるのに」
「言うな。一度も会ったことのないおんなと一緒になるなど、俺にはできん」
 半裸の朱理に、甲斐さんが覆い被さる。ぼくたちが日頃しているように、律動を刻んで前後に揺れる。甲斐さんは細身に見えたけど、上半身には筋肉がたくさんついている。ぼくがするよりも、荒々しい動きで、朱理を突く。やがて呻き声を上げて、硬直する。呼吸を整える。離れる。朱理の隣に寝転ぶ。
「俺は駆け落ちしてもいいとおもっている」
「いけませんわ、そんなこと仰るなんて」
「構うことはないさ、俺には青森につてがいくつかある。お前と一緒なら、どこでだって暮らしていける」
「どうして、わたくしなんかと」
「お前に惚れたからだ」
「どうして…」
「お前の美しさに惚れたのだ」
 いつも丁寧な口調で物腰の柔らかい甲斐さんと面影が違う。おとなの男だ。ぼくは息を潜めて、二人の会話に耳をそばだてる。
「わたくしは、この屋敷を離れることができません」
「何故だ、玲庵先生に恩義があるのか? それにしたって、今の暮らしはきついだろう」
「そんなこと…」
「見たよ、お前が絵を描いている姿。春画を描くのに、どうしてはだかにならなくちゃいけないのだ」
「心を、剥き出しにするのですわ」
「俺には絵のことはわからん。だが、もう盲の老画家を頼らなくとも、お前は独り立ちできるのではないか」
「わかりません。そうだとしても、わたくしは屋敷を出ることなど到底」
「なぜだ」
「弟が…」
「弟?」
「直央は、わたくしの実弟なのです」
 甲斐さんは黙り込む。朱理は着物の前を閉じて、甲斐さんに背を向ける。
「そうか、同じ長友だったな。弟を置いていくわけにはいかないか」
「ええ」
「そんなに弟が大事なのか。直央自身は、しっているのか?」
「直央はしりません。それに、ただの弟ではないのです」
「なんだ」
「言いたくありません」
「教えてくれ、このままでは、俺は部屋に戻れん。眠れなくなる」
「秘密にしてくださいますか?」
「ああ、するとも」
「約束ですよ」
「ああ、約束する」
 朱理は甲斐さんに背を向けたまま、ふと障子窓に目を向ける。ぼくはじっと呼吸を止めて、身動きしない。
「直央は、わたくしの子です」
 鈴虫が鳴く。甲斐さんは黙っている。
「舞台役者だった父は、優しくて朗らかな人柄の自慢の父でした。あるとき舞台から落ちて大けがをして、主役の座から外れたときも、父は気丈に振る舞っていました。ですが、ただでさえ安い役者の給料が、脇役になったことで更に減ってしまい、家計に負担がかかるようになったのです。母は居酒屋の給仕と反物工場を掛け持ちしていましたが、からだを壊して、わたくしが七つの頃に亡くなりました。父は役者を辞め、しばらく運転手として働いていましたが、やがてお金持ちの女性たちを誑かし、貢がせるようになったのです」
「うむ、それで」
「父は大勢の女性たちと床を同じくする生活を送り、しばしば複数の女性たちを自宅に連れ込んで、一晩中楽しんでいるようでした。その頃、おんなたちが貢いだお金で、すこし良い処へ引っ越していたのです。わたくしは自分の部屋をもてたことに喜んでいましたが、父がいつも不在なことが淋しかったのです。父が帰宅するときは、いつもひとりではありませんでしたので…」
「ふむ…」
「わたくしは、九つになった春に、久しぶりに二人きりになった父に、おもいきって言ったのです。わたくしは父に愛される女性たちのひとりになりたいと」
 甲斐さんは黙っている。ぼくも黙っている。きっと、甲斐さんもぼくと同じ物語を期待し、覚悟していたのだけど、様子がおかしくなってきたことに同時に気づいたのだ。
「あれだけ大勢の女性と毎日毎晩、褥を濡らしても、父にとって亡くなった母は忘れ難い存在だったのでしょう。わたくしは父にとって母の忘れ形見に過ぎなかったのですが、そのとき、父は成長するわたくしにかつての母が蘇りつつあることに気づいたのです。いずれにせよ、遅かれ早かれ、気づかれてしまうことだったとおもいます」
 甲斐さんが畳をむしる音が聞こえる。部屋の隅に置かれた行燈の炎に、羽虫が焼かれて煙が上る。
「その夜、以来…」
 ぼくは生まれ育ったと信じていた実家のことをおもいだそうとする。優しかったはずの父と母の顔がどうしてもおもいだせない。
「父は、わたくしを抱くように、なりました」
 抱くようになりました。その言葉が頭の中で何度も反響し、ゲシュタルト崩壊を起こす。ダクヨウニナリマシタ。ダクヨウニナリマシタ。ダクヨウニナリマシタ。
「毎朝毎晩、来る日も来る日も、朝から晩まで床の上で過ごしたのです。父がわたくしを求めただけでなく、わたくしも父を欲しておりました。父はわたくしを抱くとき、わたくしを『ゆかり』と呼びました。死んだ母の名です。母の名を呼ぶことで娘とからだを合わせる罪悪から逃れようとしたのか、ほんとうにわたくしのなかに母を見ていたのか、今ではわかりません。父は女性たちと手を切り、わたくしをつれてこちらへ引っ越してきました。それから三年間、父はわたくしをかつての妻として、恋人として、愛人として、そして娘として愛してくれました。人の愛し方にあれほどの種類があるとは、おもってもみませんでした。それに、父は、おんなのからだを熟知していましたし…、精力も並外れていました。わたくしが床上手なのも…」
 甲斐さんは上半身を起こす。冷たい風が、外廊下に沿って流れる。
「十一の夏、わたくしが身ごもったことを知ると、父は突然、家を出て行きました。未だにどうして父が家を出たのかわかりません。身ごもったことが、それほど悪いことのようにはおもえませんでしたし、父は喜んでいましたから。わたくしは、叔父を頼って直央を産み、わたくし自身は赤子を抱き上げることなく、赤塚家に引き取られ、教育を受けたのです。それが、そのときは、玲庵先生の口添えだったことを知りませんでした」
「何故、玲庵先生が…」
「綾川と、赤塚と、わたくしたち長友は、本条家の分家なのです」
「貴族か」
 甲斐さんが吐き捨てるように言う。日頃、プロレタリア文学をぼくたちに説く甲斐さんは、特権階級に並ならぬ嫌悪感を抱いている。
「貴族などではありませんわ」
「いや、貴族だね。貴族の血はそう易々と薄れはしない。直央の顔立ちを見ろ。美しく気品があるが、人を見下すことに慣れた容貌だ」
「そんなこと…」
 甲斐さんが立ち上がる。ぼくも慌てて腰を浮かし、速やかにその場を離れる。

「はぁはぁ、はぁはぁ、あっあっでっ」
 仰向けのぼくは、三人の娘に口で愛撫される。溜まらず噴水のように精を吹き上げる。易々と天井まで届き、間をおいてボタボタと滴る。
 いままでぼくたちを凝視していた朱理は、筆をとって描き始める。玲庵先生と違って、朱理は描くものを決めると、仕上がるまでが早い。絵の具が乾いていなくても構わない。色が混ざり合うことも計算し尽くされている。だけど、朱理はぼくたちが大きく体勢を変えると筆を止めてしまうから、描き始めたときの格好で、あまり動かずに愛し合う。
「直央、ここをおさえると、イキやすいのですね」
 ほとみがぼくの股間を指で圧迫する。陰嚢の裏側、蕾の少し上、ほとみはぼくのツボをみつけるのが得意だ。
「ここはどうですか?」
 ほとみは自分の指を咥えて濡らす。ぼくの蕾にあてがう。ずるりと指がなかに這入ってくる。
「はぁああっ、ひっ」
「苦しくありませんか?」
「うっ、あっ、うっ、ほろみ、きも…いひ、ふううっ」
 果凛がぼくの巨根を飲み込む。少し唇を開いたまま、扁桃腺で刺激するから、とても卑猥な音が響く。ぼくは前も後ろも刺激されて、呂律も回らない。咲月がぼくと唇を摺り合わせる。
 屋敷の近くを馬車が通り過ぎる。綾川家よりも高台に住む伯爵家の馬車で、朝と夕方に屋敷の裏手を通過する。いつもの朝方、ぼくたちは甲斐さんに勉強を教わる時間だけど、今日は朝から写生の時間になった。
「いく…、いくっ、いくっ」
 ぼくは再び射精する。果凛は頬を膨らませて精液を含み、ごくりごくりと喉を鳴らす。
 三人がぼくを交替で飲み込む。ぼくは上体を起こして、愛撫を見つめる。鼻を啜る朱理に視線を移す。朱理の目が赤い。
「朱理さん、どうしたのですか?」
 朱理は首を横に振る。
「なんでもありません」
「心配です」
「切符をなくしたのです」
「切符?」
「青森行きの切符を、なくしてしまったのです。だから、悲しくてないているのです」
 ぼくはそれ以上、詮索するのを諦める。
 暖かくなってきた五月の朝、快楽に耽るぼくたちのからだはもう汗ばんで、はだかで絵を描く朱理も、寒さに震えることがなくなった。
「失礼致します」
 初音と琴音が障子を開ける。二人は盆に載った朝食を運ぶ。琴音は朱理の脇に朝食を置く。初音を置いて出て行く。初音はぼくたちの近くに、四人分の朝食を並べる。ほとみがぼくたちから離れて、座布団の上で朝食を食べ始める。初音はぼくの傍らで、小鉢を持ち、ぼくの口に朝食を運ぶ。
 写生の時間は、いつ休憩するかもわからないから、少なくとも自分の意志で離れることができないぼくは、そうやって食事を摂るように玲庵先生から言われている。ぼくは朝と晩にしか厠に立たないから、食事さえできれば、一日中こうしていられる。
「わたくしを気にせず、自由になさってください」
 朱理が言う。ぼくは首を傾げる。
「同じポオズに拘らなくても、わたくしはもう大丈夫ですよ」
 ぼくたちは顔を見合わせる。果凛が聞く。
「わたし、直央とつながっても、いいのですか?」
「ええ、存分に」
 果凛はぼくを跨ぐ。ぼくは傍らの咲月を抱く。果凛の濡れた膣ヒダが、ぼくを柔らかく包みこむ。
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