R18恋愛官能小説 青山倉庫

びろうどカンヴァス

第1話「綾川家とぼく」


 にゅるり、にゅるり。
 革張りの柔らかなソファのうえに、目の細かいベルベットの画布がかけられ、ぼくは仰向けの果凛を抱く。畳のうえに座布団を並べ、二人の妹、ほとみと咲月が裸のまま正座する。座敷の奥で、白い髭を生やした玲庵先生が、ぼくと果凛の情愛を凝視する。その手に握られたキャメルブラシが、大きなカンヴァスをぽとぽとと叩く。
 果凛の汗の浮かんだ胸に指を滑らせ、桜色の乳首の周囲を楕円になぞる。乳首に唇をつけ、舌の先でまさぐる。その間も、ぼくはゆるゆると腰を振る。十二歳になったばかりの果凛と、ひとつ年下のぼくは、お互い幼すぎて、この快楽を楽しむだけの知識も余裕もなく、ただ、欲求の赴くままにむさぼりあう。
 廊下をすり足で歩く足音。春先の生温い風が、僅かに開かれた障子の隙間から流れ込む。
「先生、お昼に致しませんか?」
 玲庵先生の筆がとまる。先生はぼくらを凝視したまま言葉を発する。
「朱理、お前だけ先に食べてきなさい」
「わたくしは先ほどいただきました」
「ならなぜそこに立っているのです。入りなさい」
 朱理がそっと入ってくる。地味な薄茶色の着物を羽織って、先生の傍らに正座する。ぼくらをみる。ぼくは動きをとめて、上半身をおこす。腰を引く。果凛の両脚がぼくの腰に巻き付いて、ぐいと引き寄せる。
「もっと…、なお、直央、もっと」
 果凛がぼくのなまえを囁く。朱理が指先を口に当てて、頬を赤くする。玲庵先生がぼくたちに言う。
「もっと、続けなさい」
 ぼくは動けない。
「みられることに、慣れるのです。続けなさい」
 にゅるり、にゅるり、ちゅるり、ちゅるり。
 おとなのおとことおんながするよりも、ずっと淡々とした律動でうごく。それくらい丁寧にしないと、果凛が壊れてしまう。としうえなのに、おんなのからだは細くて柔らかで、ちからも弱い。果凛はぼくをみつめたまま、僅かに微笑んで、ぼくの頬を触る。がんばって、と囁く。囁き声でさえ、静かな座敷によく響く。ぼくたちが愛し合うその音も。
「朱理、お前もデッサンをしなさい」
「わたくしは…」
「毎日、みているだけではつまらないでしょう。今まで静物画のデッサンばかりやってきて、お前にはアカデミックの垢がこびりついている。動くものをとらえるのです。何かを感じているにんげんの姿を描くことです」
「そのようなことが、わたくしにできるのでしょうか?」
「できます。できなければ、お前がこの綾川の敷居を跨いでるわけがありません」
 朱理は立ち上がり、座敷を後にする。
 ぼくは少しずつ動きが激しくなり、果凛とぼくの股間が濡れた音をたててぶつかりあう。稚い仕草でぼくを引き寄せる果凛に「だめ、だめ」と囁く。ほとみと咲月が相槌を打つ。二人とも身を乗り出して、ぼくらの性器を観察する。幼いぼくらには、おとなのような陰毛は生えていない。隠す要素がなにもない。
「お待たせしました」
 俄に障子が開いて、スケッチブックを抱えた朱理が戻ってくる。ぼくはか細い呻きを漏らして、果凛の胎内に精を放つ。溢れた精が、くしゃくしゃの画布にぼたぼたと滴る。ぼくは、その量が異常であることを知っている。
「ほとみ、次はお前の番です。咲月、準備しなさい」
 先生がそう言うと、ほとみは立ち上がってぼくの傍らにしゃがむ。果凛は震えながら起き上がる。二人は交替する。果凛は座布団の上にひざをついて、咲月がその股間を濡れた手ぬぐいで拭き取る。ぼくは仰向けになって、ほとみがぼくを跨ぐ。あまり濡れていない未熟な娘の粘膜が、ぼくの巨根を包み込む。

 その屋敷に引き取られたのは三年前、ぼくは八歳だった。
 多くの生徒が実業学校へ進む優秀な小学校のなかでも、ぼくは凡庸な学徒だった。ぼくの両親は、ぼくが学校に行っている間に憲兵隊に連れて行かれた。ぼくは憲兵隊の詰め所を尋ねてまわったけれど、両親の行方をしっているひとはいなかった。マルクス主義の疑いをかけられた、赤狩りだ。堺利彦や山川均も捕まった。憲兵のひとりがそう教えてくれた。
 ぼくは近所に住む運転手を頼って、引き取り手を探して貰った。運転手は両親と、特に母親と懇意にしていたのをしっている。
「綾川という画家の先生がいる。身寄りのない男子を捜していてね」
 運転手は赤銅色の自動車にぼくを乗せて、山を三つ越えた林道の中にあるこのお屋敷に連れてきた。どこからどこまでが敷地かわからない広大な土地の真ん中に、表は洋館造り、裏手は日本家屋のおおきな屋敷が、鬱蒼と茂るケヤキとカヤにかこまれている。
 二人の女中と三人の娘が挨拶に出てきた。女中も小学校を出たばかりで若く、娘たちも幼い。主人の玲庵と初めて会ったのは、屋敷に到着してから一週間が過ぎた頃だった。
「服を脱ぎなさい」
 ヨレた学ラン姿のぼくを座敷に連れてきて、玲庵先生はそう命令した。娘たちが躊躇いなく裸になるのをみて、ぼくも同じように肌を晒した。洋画家の玲庵先生は、ぼくらのからだをカンバスの上に複写する。写生をする学徒や似顔絵師をみたことがあるけれど、先生はそういうひとたちと違って、描いている最中にどんなに動いてもなにも言わなかった。むしろ、じっとしているとあれこれ命令されるのだ。
「咲月と抱き合いなさい。両脚を拡げて、天井を見上げて、下を向いて。そうだ、何か喋りなさい。直央、硬くなってはいけない。おんなのからだは初めてか?」
 ぼくは幼い娘たちが、ふわりと寄り添う感触に、わけもわからず顔を真っ赤にしていた。耳鳴りがするほど鼓動が激しくなり、早く終わって欲しいといつも願っていた。だけど、娘たちはぼくと同じ部屋で生活し、年下の咲月はぼくの布団に潜り込んできては、硬く反り返った男根に自らの股間をおしつけていた。肌が触れあっても、娘たちはぼくの身の上を聞こうとはしない。あまり深く立ち入った話をすることがない。ぼくも、娘たちも、無口だ。
 ある日、玲庵先生は朱理という若いおんなの徒弟を連れてきた。画家になるのはおとこばかりだと思っていたから、ぼくは少し驚いた。
 朱理はぼくらを写生する玲庵先生の傍らで、筆を洗ったり道具を取り替えたり、小間使いをしていた。朱理は和装の先生と違って、白いシャツや赤いセエタアを着て、腕まくりをする。黒い巾着を持ち歩き、先生に言われるがままスケッチをする。女中の琴音から、朱理のとしは十九歳になったばかりときいたけど、とてもそうはみえない。ぼくたちより、すこしだけ年上の姉のようにみえる。
 そういう日々が一年ほど続き、ぼくたちは学校に通わなくなった。その代わり、離れに住み込んでいる書生の甲斐武留が、ぼくたちに勉強を教えに来てくれた。甲斐さんと会うとき、来客があるとき、ぼくらは嬉しかった。学校に通わないぼくらにとって、外の情報を伝えてくれるのは古びたラヂヲと、時折訪れる来客だけだ。だけどそれ以外の時間、ぼくと娘たちは同じ部屋に住んでいるから、お手玉や折り紙やあやとりに飽きたぼくたちは、お互いのからだに興味をもつようになった。みられることに慣れるどころか、ますます恥ずかしくなる。
 そしてとうとう、先生はぼくに命じた。
「果凛を抱きなさい。どうすればいいか、わかるね?」
 ぼくにはなんのことだかわからなくて、果凛にすべてを任せた。はじめてのおんなのからだは、想像よりもずっときつくぼくを締めつける。早く終わって欲しいと願っていたその時間が、やがて待ち焦がれる時間になった。いびつな筈の秘め事を、玲庵先生は美しくとらえる。ぼくはほとみと咲月の二人も抱く。幼い娘たちの麗らかなからだを、ぼくは隅々まで愛でる。そしてその胎内に精を放つ。毎日まいにち繰り返す。その甘さが消えることはなく、求めても求めても乾きは癒されない。

「今日はこのくらいにしましょう」
 玲庵先生が筆を置く。油絵の具は乾くのに時間がかかるから、少し塗ったら翌日まで休む。完全に乾くまで、二日かかることもある。
 先生は朱理を連れ立って座敷を出る。入れ違いに女中の初音が入ってくる。ぼくらの前に跪いて、囁く。
「直央様、お食事はお部屋になさいますか? 食堂になさいますか?」
「食堂で…」
「かしこまりました」
 ぼくはほとみとつながったまま、初音が座敷を出て行く姿を眺める。先生の興がのれば、夜更けまで描き続けるけど、そうでない日は、こうやってやにわにコトが中断されてしまう。ほとみがゆっくり腰をうかす。つるりと抜ける。咲月がぼくたちの股間を拭く。ぼくらは着物を羽織る。裸になる時間が長いから、下着はつけない。
「直央、今日は楽しそうじゃないわ」
 果凛がぼくの腕を取って言う。
「そんなことありません」
「私は楽しかったわ」
「そうですか、よかった」
「心配事?」
「いいえ」
「どうしてそんなお顔をするの?」
「どんな顔です?」
「怒ってらっしゃるわ」
「怒っていません」
「じゃあ、どうして?」
 咲月が着物の帯をとめるのを手伝ってくれる。ぼくは言う。
「中途半端なのです」
「あら、直央がそんなこと言うなんて…」
「いけませんか?」
「いいえ、ちっとも」
 ぼくらは座敷を出て、中庭に面した外廊下を歩く。明け方に降った雨露に濡れた椿の葉の陰に、動かないししおどしが覗く。六段の階段をのぼるとそこは洋館のなかで、ぼくたちは厨房の傍にある食堂へはいる。来客用の食堂みたいに大きくて長いテーブルは無く、紅藤色のテーブルクロスがかかった円卓を取り囲む。ぼくは上座も下座もない円卓がすきだ。だけどぼくが座るのはいつも窓の外が見える位置。
 ぼくらはテーブルナプキンを襟にかける。女中の琴音が料理を運ぶ。初音が厨房で山崎りんと喋っている。りんは年配の女中で、腰を悪くしてからあまりぼくらの前に姿をみせない。りんは料理と洗濯しかしていないから、ぼくらの住む屋敷には足を踏み入れない。
「咲月はつまらなくない?」
 ぼくは隣に座る咲月に聞く。咲月は銀のフォオクで前菜をつつく。
「ううん、あたしは後で…、お部屋に戻ってからでいいの」
「そうか」
「直央はいやなの? もっとみられたいの?」
「途中でやめなくちゃならないのが、焦れるんだ」
「本気になるからよ、演技しないと」
「演技なんて、できないよ」
「どうして? お姉様が、きもちいいから?」
「う…うん」
 咲月は肩をすくめて、ふふ、と笑う。焼きたての黒パンが運ばれる。ぼくはそれを千切って、前菜にかかったバジルソオスを拭う。初めて綾川家の料理を目にしたとき、主菜の周囲にソースがまかれていて、なんと無駄で気取った料理だとおもったのだけど、それは間違っていた。山崎りんの作る料理は、駅前にできたばかりの洋食屋とは違う。
 静かに食事を続ける果凛を見つめる。ほとみに視線を移す。二人とも陶然とした眼差しで、外の濡れた景色を眺める。まいにちまいにち、からだを重ね合っても、気楽に声をかけることができない瞬間が、おんなにはある。
<< 前のページ 戻る